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32話

 ありがちな表現だが、空は青く晴れ渡っていた。


 もはや日課となりつつあるバルコニーでの深呼吸。爽やかな空気をたっぷりと吸い込み、さて今日は何をしようかと考える。王宮へ行った日から一週間。特に大きな事件も何もなく、私は平穏に日々を過ごしていた。


 ……だがしかし。私は忘れていたのだ。日本には、こんなことわざがあることを。


 『嵐の前の静けさ』


 今思えば、平和すぎるくらい平和な一週間は、今日という日の前触れだったのかもしれない。


♢ ♢ ♢


 事件は、例によって兄様の付き添いで『天使の家』に行ったときに起こった。


 「のっ、ノノノノ、ノア君!」

 「あっ、フィリアちゃん!」


 あああああああぁ天使だ天使がいるぞ天使がいます天使はここにいます!!


 この世の全てに感謝しながら手を振り返す。すると、ニコッと微笑んでこっちへ来てくれる。


 「先週ぶりだね、こんにちは」

 「えっ!?あ、あぁ、そうね、先週ぶり!こんにちは」


 聞いてください皆さん。なんと、なんとですね。宣言通り毎週必ず行っている天使の家。そしてそこに住んでいる推しに、なんとなんと!!「フィリアちゃん」と呼んでもらえることになったんですよいやっふうううううとうとおおおおおおい!!!


 はじめて呼んでもらった時には鼻血を押さえるのに必死だった。死ぬかと思った本当に。何だ、私、もう……死んでもいいわ(混乱)


 「今日はね、月に一回のパンケーキの日なんだ!皆楽しみにしてるよ」

 「パンケーキ!?いいわね、美味しそう」

 「フィリアちゃんも手伝ってくれる?」

 「そっ!それはもちろん!!」


 はい、推しのエプロンフラグ立ちましたわキタコレ!!と、心の中でガッツポーズを決めていると、「あー!ちんちくりん!!」と叫んでテトルがやってきた。出たな、悪ガキ。


 「おい!今日こそ俺はお前との勝負に勝つ!」

 「ほほう、まだ懲りていないのね?ふふふ、いいでしょう。勝負よ!」


 テトルのいう勝負とは、無論暴力……ではなく、ロセオというゲームのことだ。お察しいただけるかもしれないが、ゲーム盤を白に、二つのコマの色を赤と青に変えただけのオセロのこと。トータル20年以上生きている人間が5歳の子相手に何を大人げないことを、と言われるかもしれないが、私は結構な負けず嫌いだ。流石に全身全霊ではないが、負けるのはどうも悔しい。前々から思っていたけど、基本勝負って追う方より追われる方が緊張感あると思う。


 「ふふ、二人とも頑張って」

 「おう!……あっ、ノア兄、今日パンケーキの日だよな!?俺が勝ったらこいつの分の

パンケーキオレ様にくれ!」

 「なあっ!?……ふっ、相当な自信があるようね。いいわ、あなたが勝ったらパンケーキはあげる」

 「言ったな!?男同士の約束だぞ!」

 「私は女よ!?」


 笑顔のノア君に見送られながら、孤児院の中にある遊戯室へ向かう。今日は天気がいいからか、さほどの人数はいなかった。

 

 「ところで、テトルは外では遊ばないの?」

 「これが終わったら遊びに行く!」

 「そう、じゃあ……あら?」


 遊戯室には文字通り室内で遊べるようなゲームやおもちゃが置いてある。その一角、たくさんの絵本がつまった子供向けの背の低い本棚の前に、見慣れない子がいた。


 綺麗な薄い金色の髪にサファイアのようなブルーの瞳。遠目から見てもすごく綺麗な子だなと思った。女の子は、ぺたんと座って何やら絵本を読んでいる。


 「こんにちは!」


 見慣れない顔が新鮮で、テトルがあっ、と静止する前に近づいていって声をかける。すると、女の子はびくりとこちらを見た。


「初めまして、私はフィリア!時々遊びに来させてもらっているの。はじめましてよね?ええと、あなたの名前は?」


 何の気なしに尋ねる。すると、少女はひっとおびえたように息を吸い込んで、からわらにあったウサギのぬいぐるみを抱えると、パタパタと走っていってしまった。


 取り残された私はなにか気に障ることをしてしまったのかと呆然とする。


「はっ!ま、まさか、私の顔が怖かった!?」

 

 なんてこった!と頭を抱える。さすがは悪役、まさか初対面の人をおびえさせてしまったのだろうか。うおお、と一人百面相をしていると、ひょい、と横からテトルがのぞき込んできて「お前すげーな」と言った。


 「すごい?顔が?」

 「顔?ちげーよ、あいつに話しかけたことだよ」

 「うん?」

 「あいつ。アリス」

 「アリス?あの女の子は、アリスっていうの?」

 「あぁ。嘘かほんとかわからないけどな」


 テトルの話だと、アリスというあの子がやってきたのは4日前。事情はわからないが、院長さんに連れられて突然やってきたらしい。


 「あいつさ、全然しゃべらないんだよ。というか、声聞いたことない。ノア兄やチビどもが話しかけても反応しないし、同い年の俺らでもダメだった。院長は見守ってるみたいだけど、どうも納得いかないんだ」

 

 言葉通りにむすっとしながらテトルが言う。


 「ふーん?テトルはあの子とお話したいんだ?」

 「なっ、は、はぁ!?べっ、別にそんなんじゃねえし!……ただ、なんだ、あいつ、いつも一人だから……一人は、寂しいかなって思うだけだ」

 「なるほどねぇ。……よろしい、テトル。ロセオ勝負は次回に持ち越しましょう」

 「あ?は、はぁ!?まさかお前、逃げるのか!?はっ、わかったぞ!パンケーキが惜しくなったんだろ!!食いしん坊!」

 「ふふふ、そうよ、ノア君が焼いたパンケーキは私が……じゃなっくって!行くわよ!」

 「行くって……どこにだよ?」

 「決まってるでしょ?アリスちゃんのところ!」


 少年。聞いて驚け。我が国にはこんなことわざがある。


 『押してダメならもっと押せ!』ということわざがね!



 「聞いたことねぇぞそんなの!?」


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