31話
久しぶりのレオン兄様視点です
「……それで。一体何が起こったんだ?レオン」
時刻は夜の10時。夕食も終わり、フィリアはもう眠りについている。案の定呼び出された俺は、いつかと同じように父上の書斎へやってきていた。
「端的に言います。王太子からの悪意は感じられませんでした。別れ際にフィリアをエスコートしながら馬車まで来たときには大変驚きましたが、別に怪しい動きはなく、本心からフィリアと友達になりたいと望んだのかと」
「そうか。まぁ、それなら問題はないだろう。……こういうのもどうかと思うが、いくら聡明で思慮深いとは言え殿下もまだ幼い。友がほしいと思うのは自然なことだ。なにか重大な問題が起こらない限り、見守ることにしよう。……で、だ。子供達のことはそれでいい。問題は大人達だ。何をした?」
「サバラン大臣が、フィリアを殴ろうとしたそうです。……父上、落ち着いてください。当たり前のように机の引き出しからはさみを取り出さないでください」
「む。失礼。……それで、どうなった」
ことん、と父上がはさみを机の上に置いたのを確認してから語り出す。フィリアと別れてからの俺の話を。
♢ ♢ ♢
「申し訳ございません、レオン様。サバラン大臣は今少し席を外しておりまして……」
フィリアと別れ、大臣の下に書類を渡しにいった俺を出迎えたのは、そんな謝罪の言葉だった。
「いいえ、かまいませんよ。今日は父の代理で書類を渡しにきただけですので」
そう言って書類だけ渡してフィリアの元へ戻ろうとしたのだが、
「お待ちくださいレオン様」
それを遮ったのは、出ようとした扉から入ってきた一人の男だった。やたらと背の高い男で、黒と金に彩られたローブを身にまとっている。一瞬その男が誰だかわからずに困惑したが、深くかぶったローブの隙間から見えた暗い緑の瞳には見覚えがあった。
「ゲオルグ魔道士長殿。……お久しぶりです」
そう、ゲオルグだ。ゲオルグ=アスタ=セレメンティール。
代々宮廷魔道士を輩出するセレメンティール家の当代で今の宮廷魔道士長。アレスフィア王太子殿下の婚約の予言をした張本人であり、そして、あの時サバラン大臣と共にうちへやってきた。
……何だ。何が目的だ、と思いを巡らせつつ挨拶をする。最期にあったのはしばらく前だが、対面したときに感じる蛇のような視線は何も変わらない。品定めされているようで不快だし、絡みつく視線は苦手以外の何者でもなかった。
「そう構えないでください、レオン様。大臣が戻ってくるまで、少し私とお話でもどうです?」
「お話?」
「えぇ。もちろん、あなた様がよろしければ、の話ですが」
「……わかりました」
そう言われてしまえば断るという選択肢は自ずと消える。……こうなったら腹をくくろう。そう思って引き換えそうとしていた体の向きを元に戻した。
♢ ♢ ♢
「なんと、魔導士長か。……大丈夫だったか」
「ええ。話自体は至って普通の内容でした。向こうの学校のことや、近年における魔法のこと。特に不審な会話はなかったと思います。……ただ、そのせいで俺はフィリアの元へ行くのが遅れた」
「……ふむ。おそらくは計画されたことだったのだろう」
父上がうなずく。俺を動けない状態にし、フィリアの方にちょっとした“問題”を発生させようとした。そういうことだろう。
「ですが、目的に疑問が残ります。一体何のためにそんなことを?そもそも、フィリアを殿下の婚約者に据えたのは向こうだというのに」
「お前の疑問はもっともだ。……いくつか考えられることはあるが……ふむ。確証がないことを詮索しても意味がない。少し泳がせよう。そして好機を待つ。……さて、レオン。疲れているところすまなかったな。今日はもう休め」
「わかりました。おやすみなさい、父上」
「ああ」
挨拶をして、書斎を後にする。父はあえて口にだしはしなかったが、今日の訪問でわかったことがもう一つ。
「……快くは思われていないな。フィリアは」
誰の差し金かは知らないが、普通、仮にも王太子の婚約者とその家族のもてなしを新人の召使いに任せたりはしない。
申し込んで来たのは向こうだと言うのに、大人はとことん勝手だ。
「……フィリアは俺が守る」
少なくとも、いつか彼女が巣立つ、それまでは。
 




