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22話


 「2人とも、本当に久しぶり!2ヶ月見ない間にレオンはすっかり男前になったわねぇ。フィリアは勿論今日も可愛いわ!」



 いやに晴れやかな笑顔のお母様が我が子2人を抱きしめ、頭を撫でる。幸せな午後のお茶の風景だ。……『私はいけないことをしました』と書かれた看板を首から下げながら項垂れて仕事をしているお父様を見ていなければ。



 「お母様、お仕事は終わったんですか?」


 「ええ、もう、バッチリよ。これでまたしばらくこの家にいられるわ」



 パチリ、とウインク。貴族でありながら、お母様はとある仕事を行なっていた。それは、一部商業施設の相談役の仕事である。なぜ相談役なのかと言うと、それにはもちろん理由がある。


 お母様の魔法の属性は風なのだが、彼女は若い頃、その風の力を使ってとある物を発明した。それは、"誰でも簡単に会計時にお金の計算ができる機械"。(所謂、レジスターである。ただし、動力は魔法だ)


 面倒くさい、と言うのでその作り方をお母様から聞いたことはないが、とにかく、彼女が作ったその機械は大いに注目を集めた。


 あちこちから売ってくれ売ってくれと言われまくったらしい。当然だろう。この世界は、教育の普及が完全ではないため、自分で計算ができる人間は極端に少ない。その機械さえあれば計算ができるのなら、その分のコストの削減や、作業の効率が良くなることは自明の理である。



 しかし、そこであっさりとその機械を売らなかったのがお母様だ。



 ケチだ横暴だと当時は散々言われたらしいが、お母様はそういうことを言う連中は一切相手にしなかった。


 彼女は、その機械の価値を正しく理解し、誠心誠意彼女にそれを売って欲しい、と頼みにきた人間だけに、とある条件と引き換えにそれを渡したのだ。


 その条件とは、『これから先、毎年この国にある孤児院全てに一定の額のお金を寄付すること』と、『機械を使う以上、身分に関係なく信頼できると思った人間、優秀な人間を雇うこと』


 その条件を呑み、その機械を得た店は、忠実にその約束を守った。


 人の縁は、時に強い力を持つ。お母様との約束の通り、信頼できる人間を雇った店はその後、貴族も平民も関係なく愛され、大繁盛したのだ。


 自分の子供が働いている、知り合いがいいものばかりだと言っていた______そんな具合に話が広がっていったのである。


 お母様が生み出したのは単なる便利な機械だ。けれど、その使い方は、それまで貴族と平民、といった具合にきっちり別れていた商工業界に、新たな風穴をあけたのだ。


 もちろん、様々な批判は出たし、今でも言われ続けている。しかし、機械がもらえず憤慨した店の中でも、一部の店は時代の流れを加味して扱う商品の幅を大衆から貴族まで、と増やしていった。そのおかげで商業界は大きく発展しているのは、紛れもない事実なのである。


 「女が出しゃばって」とか、「はしたない」「これだから守銭奴は」などと言われることもあるらしいが、お母様はそんな小さなことには全く拘らない人だった。その魅力が通じる人にはきちんと通じていて、今でも経営不振の店の立て直しの相談を受けたり、実際に行動したりしている。忙しくて家に中々いないお母様なので、寂しくもあるが、同時にとても誇らしいとも思う。


 ちなみに、お母様がいわれのない悪口を言われている時、それを鎮静化しているのがお父様だ。普段は明らかにお母様の方が強いが、かつて大恋愛を経て結婚した2人とあって、その絆と愛情は確かなものだ。傍目に見ても、2人はとても仲がいいと思う。……多分。


 いや、一般的な公爵夫人はフライパンを武器に夫を叱ったりはしないと思うが、まぁ、それはそれだ。



 「さ、2人とも座って!今日は、お茶菓子にルチア堂のケーキを用意しましたからね!」


 「まぁ、あのケーキですか!?嬉しいわ、丁度食べたかったんです!」


 「今朝仕事してきた場所と近いから、寄ってきたのよ。さ、レオンも座って座って!あなたの大好きなチョコレートケーキもあるわよ」


 「チョコレートケーキ……!!」


 「お母様、私はこのラズベリータルトが食べたいです!」


 「じゃあ私はこのオレンジのムースケーキにしましょうか。エラ、このイチゴのケーキは取っておいてくれる?」


 「かしこまりました、旦那様にお茶と一緒にお出しいたしますね」


 「エーラー?」


 「はいはい、わかりましたよ奥様」


 このお茶会の準備をしてくれたメイドのエラさんは、お母様がまだ伯爵令嬢だったころからの付き合いであるそうで、お互いに言葉に遠慮がない。楽しそうに話している2人は、まるで仲のいい姉妹のようだ。


 ふとセシルを思い出す。私も、伝えきれないほどセシルにはお世話になっている。いつか、お母様とエラのような、素敵な関係になりたいものだ。


 それに、しっかりとお父様が好きなイチゴのケーキを買っているお母様に少し笑ってしまった。ケンカするほど仲がいい、ということわざはあながち間違ってもいないのだろう。


 美味しいケーキに舌鼓を打ちながらも会話を楽しむ。その最中、お母様がふと優しい視線になって私に問いかけてきた。



 「フィリア。ちゃんと聞いたことがなかったけど、今聞いてもいいかしら。あなたは、本当に殿下のことが好きなの?」


 「へっ?」


 「レオンはケーキに夢中で聞いていないわ。そして、私は今、あなたの母としてじゃあなく、1人の女として聞いているの。あなた、殿下のことは好き?」



 物腰は穏やかだが、真剣な問い。チラッと横を見ると、兄様は耳を塞いでそっぽを向き、聞いてませんアピールをしている。


 お母様が真剣に聞いているのなら、こちらも真剣に答えなくてはならないだろう。だから、私はこう答えた。



 「わかりません」


 「あら。わからないとは?あなたは、自分で殿下と結婚したい、と言って婚約をしたのよね?」


 「はい。確かに私は、そう言って自らそこに飛び込みました。ですが、私はある日冷静になったのです。……私は本当に殿下のことが好きでそう言ったのかしら?と」



 そもそも。フィリアは当時、直接殿下と会ったことすらなかったのだ。ただ、漠然と王子様と結婚したい、という思いが生まれ、気がついたらその通りになっていた。……逆に言うと、それだけなのだ。


 王子様と結婚したいとは言ったが、その王子様というのはアレスフィア王太子殿下でなくてもよかったはずなのだ。


 女の子が誰しも一度は考えるような夢。そんなたわいない夢が叶う状況にフィリアはいた。ただそれだけのこと。



 「私は、アレスフィア王太子殿下のことをほとんど知りません。何が好きで、何が嫌いで、どのような世界を見ているのかも、何も知りません。それなのに、今この場で好きか嫌いかと尋ねられると……良い人なんだろいたな、とは思っていますが、やはり、まだわからない、というのが本心です」



 そう答えを出した私に、お母様は優しく微笑んだ。



 「フィリア。あなたの言うことは、全面的に正しいわ。おかしな質問をしてごめんなさいね。ただ、これだけは覚えていてほしいの。もし、これから先、誰か本当に好きな人ができて、殿下のことが枷になったら……遠慮なく、私たちに相談して」


 「!」


 「誰しもが一度は口にするような、幼いころの夢物語を現実にして、まだ誰とも出会っていないあなたを縛り付けてしまったのは、他でもない私とお父様の責任よ。もちろん、あなたがやっぱり殿下を好きだと言うのなら応援するわ。でも、家の事を心配して、本心を隠すような事を、私はあなたにして欲しくないの」



 聡いお母様のことだ。私が変わってから、あまり婚約に乗り気でなかったことなどお見通しなのだろう。そうでなければ、王子との神聖な婚約を破棄していいなどと親の口から言うわけがない。


 あぁ、守られている。私は、フィリアは、こんなにも愛されている。






 「ありがとうございます、お母様」





 その思いを無駄にしないためにも。



 私は、絶対に、やり遂げなくてはいけない。



 王太子殿下との婚約破棄____それも、こちら側には一切傷をつけない形での婚約破棄を。

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