20話
再びレオン兄様視点です。
この世界において、婚約というのは、正当な儀式だ。
本来であれば、婚約をしたが最後、絶対に逃れることができない神聖なもの。
本来の婚約は、国で1番大きな教会で行われる。いわゆる血の儀式のようなものだ。血の儀式、というのは、この国で、養子縁組をする際に行われる儀式である。
婚約、結婚、養子縁組。
これらの儀式は、一度行えば決して破ってはいけないとされている。破って仕舞えば、その人間に災いがふりかかるそうだ。
しかし、そんな神聖な儀式の一つである婚約は、今代の王太子には決して行ってはいけない行為だった。
それは、アレスフィア王太子殿下が生まれた時、国の最高位の魔道士である宮廷魔道士長が、とある予言をしたことに起因する。
曰く___『この王子が正当に婚約をしたが最後、この国は崩壊する』。
そんな予言を何を馬鹿な、と笑ってはいられない事情が王家にはあった。それは、その予言をした魔道士長が、かつて何度も国の危機を救ったセレメンティール家の人間だったからである。
王宮において絶対の権力を誇るセレメンティールの人間が言ったことだ。
この王子に婚約をさせてはならない______。
それが、当時王宮で出された結論である。
さらに言うと、このことは決して知られてはいけない極秘のことだ。一国の王太子に、そんな"欠陥"があることなど、周りの国に知られたが最後、何をされるかわかったものではない。武力を盾に、わが姫と婚約しろ、などと言われる可能性だって十二分にある。
そんなわけで、このことは王宮でも一部の人間しか知らない話として秘匿されるはずだったのだが……。
時がたち、王太子殿下が見るも麗しく成長していくと______そういうわけにもいかなくなってしまった。
王太子が、ではなく、事情を知らない周りの貴族たちが王太子を放っておかなかったのだ。
聡明で、美しく、なおかつ最高権力を持つ王太子。そんな人間を周りが放っておくはずもなく、それ私の娘を嫁に、やれ私の姉を妹を嫁に、と、国王陛下は夜会や会議を開くたびに貴族に言い寄られることになったのである。
矢のような催促に、いつ王太子が婚約できない身であるということを知られるか、と怯えた王宮の人間が目をつけたのが、クラネリア家である。
既に十分な力を持っている公爵家。誰もが納得する家柄で、おまけにあの家には王太子と同じ歳の令嬢がいるではないか!殿下の偽りの婚約相手にこれほど相応しい人材はいない!
少し前、いきなり王宮呼び出された父上が言われたのはざっとそんな意味の言葉だったらしい。
そんなことを言われた家族思いの父上は、烈火の如く怒り狂った。
何故可愛い娘を、いくら王太子だとはいえ正式な婚約もしないで、"献上"しなくてはならないのか、と。第一、婚約が駄目だと言うのなら虚偽であれしてはならぬ行為なのではないかと。
ざっとこんなことを父上は話をした国王に言ったらしい。
それは、娘を想う父親として、当然の言葉だろう。愛もなく、全く意味のない、大人の勝手な事情で行われる婚約とすら呼べない婚約に娘を巻き込むことになるのだ。
残酷すぎることだし、それに、もしもこれから成長していく過程でそんなことが周囲に露呈したら、娘はもう二度と社交界に出られないような傷を負うことになる。
父上にはわかっていた。この話を受けたが最後、どう転んでも最終的に槍玉にあげられるのはフィリアだと。
何より、それではまだ幼いフィリアがあまりにも不憫だ。
そこまで考えて断った父に、あろうことが国王の側近の大臣はこう言ったのだそうだ。
正式な婚約でなければ何も問題はない。それに、フィリア嬢に関しては、王子に適切な結婚相手が出来た後、適当な貴族を用意して婚姻させることを約束しよう、と。
父上は大臣を殴りつける寸前だったそうだ。(そのまま殴ればよかったのに)
とにかく、それは流石に失言だったと気づいたらしい大臣のこともあって、その話は保留される……はずだった。
その話を舞い戻したのは、他でもない。
_____渦中のフィリア本人である。
ある日、何の前触れもなく、突然に彼女は「私、王子様と結婚したい」と無邪気に言ったのだ。
それが、再びそのことについて父上に意見を求めに来ていた大臣と宮廷魔道士長の前での発言だったのがいけなかった。
あとはもう、トントン拍子で話が決まった。周りの意見など何一つとして受け入れられなかった。
……けど、俺は知っている。あの時、俺と一緒に遊んでいたはずのフィリアが、突然何かに取り憑かれたかのように大事な話をしているから入ってはダメだよ、と言い聞かせていた応接間に入っていって、それまでつゆほども言っていなかった想いを吐露したことを。
魔道士長と大臣が、薄らと下卑た笑みを浮かべたことを。
……しかし、いくらそれが真相だったのだとしても、結局はその話は決まってしまい、フィリアはあっという間に王子様のニセモノの婚約者となってしまった。もちろん、自分が偽物の婚約者だなんてことは、フィリアは知らない。その方が王家にとってより都合がいいし、俺たち家族はフィリアを積極的に傷つけたくはなかったから。
フィリアを守るため、父上が必死で頼んだから、フィリアと殿下の婚約はまだ一部の貴族にしか知られてはいない。しかし、人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったもので、実際には貴族の人間は殆どがその話を知ってしまっている。
ともかく______そんなわけで婚約者となった2人だったし、おまけに殿下の方はフィリアが偽の婚約者であることを知っている。だからなのか、特に殿下の方から何かアプローチがあるわけでもなかった……のだが。
手にした手紙を読む。そこには、一度ゆっくり話がしたいので、ぜひ我が家にお越し下さい、という丁寧な文が記されていた。
手紙を戻し、ため息をつく。
「……なぜ、こうも突然にこんな手紙が来たのです?殿下はご自身を守るために遣わされた偽の婚約者にはに全くご興味がなかったのではないかと記憶しているのですが?」
怒ると丁寧な口調になるのが兄様よね、と笑った妹が言っていたように、皮肉たっぷりに言う。
「私にも事情はよくわからんのだ。だが、どうも、先日開かれた王家主催のお茶会でフィリアが何か殿下に言ったらしい」
「お茶会、ですか。今までは一言も声をかけなかったくせに、関係を知られたら慌てて呼ぶわけですか。なるほどなるほど?」
「レオン。怒りはわかるが今は堪えてくれ。あまり大声を出すとサリアにも聞こえてしまう」
母上は、件のお茶会の招待状が来た時も、父上以上に怒り狂ったらしい。今回の手紙がバレてしまいでもしたが最後、本気で王宮に殴り込みに行きかねない。
そう言われて少し落ち着いた俺は、父上に尋ねる。
「それで、その日取りとやらは一体いつなんですか?」
「……1週間後、だそうだ」
「その時には私がいます。そういうことで今回は呼んだのでしょう?」
「頼まれてくれるか?」
「勿論」
そう言って、俺は笑う。
「王家の連中に、これ以上フィリア弄ばさせてなるものですか」
結局のところ。
どのような形であれ、この家の人間は等しく家族思いなのである。
 




