16話
まってまってまってまってまってください、どうか時間よカムバック!!などと願っても、時既に遅く。
べたっと地面に陣取りながら、まるでおっさんのようにぷはー、などと言ってしまっては嫌われて然り。
や、や、やらかしたー!と(心の中で)叫んでも、もう一度言おう、時既に遅し。
「な、ぜ、ここに……?」
結局口をついたのは、そんな間の抜けた問い。
「え?あ、僕は、ここに住んでるんです。あなたこそどうしてここに?」
小首をかしげる仕草すら愛らしく、直視できない……!けど、どさくさに紛れて重要なことを言われた気がする……!!
「わ、私!?私は、えー……」
とにかく、質問に答えねばと回らない頭を回していると、
「あ、いたいた、フィリアー」
黙ってろバカ兄貴ぃ!!
後にも先にも、私が兄様に対してそう思ったのはこの時だけだろう。
しかし、そんな思いが通じるはずもなく、「探したんだぞ」なんてのほほんと笑いながら近づいてくる兄様。
「兄様……」
「ん?フィ、フィリア?どうしたんだ急にそんな獲物を前にしたヘビみたいな顔して……って、あれ、ノア?」
「あっ、レオンお兄ちゃん!」
兄様を見て、ノア君の顔がぱあっと輝く。お兄ちゃん!?お兄ちゃんだと!?
「兄様そこ代わって!!」
「は?」
「はっ!そ、そうではなく!ふ、2人はお知り合いなのですか?」
い、いかん!つい、本音が……!いやでも、お兄ちゃんだよ!?天使がお兄ちゃんだよ!?あぁ、神様ありがとうございます……!
頭の中がいっぱいいっぱいの私は、そんな私を見ながら
「……ど、どうしたんだフィリアは……?1人で百面相し始めたぞ……ノア、一体何があったんだ?」
「さ、さぁ……?えと、お兄ちゃんとフィリア?さんは、知り合いなんですか?」
「あぁ。彼女は俺の妹だよ。今回、俺は院長と大切な話があったから、代わりに皆んなと遊んでてほしくて連れてきてみたんだけど……おーい?」
なんて会話を2人がしていることに気づかない。
神に祈るように跪いている私に、兄様が恐る恐るといったように声をかける。その言葉でとうとう我に返った私は、慌てて2人に向き直った。
「す、すみません、はじめての鬼ごっこ6連戦に思考回路がショート寸前でしたわ。ごめんあそばせ。おほほほほ!そっ、それで、その、お2人は知り合いなのですか?」
「ほ、本当に大丈夫なのか……?なんかどこかで聞いたことあるようなないような台詞が聞こえたが……えぇと、そうだな。俺とノアは知り合いだよ。彼は、ここの孤児院の管理をしている院長さんのお孫さんなんだ」
兄様の言葉に、ペコリと頭を下げるノア君。ま、眩しい……。この天使は、孤児院の教会に裏付けられたモノホンだったんや……。
「そうだったのですか。改めまして、ノアさん。私は、レオン兄様の妹のフィリアです。その、よっ、よよよろろしっ」
「お、落ち着けフィリア、まだ苦しいのか?ほら、息を整えろ、ひっひっふー、」
「兄様、それ一歩間違えたらセクハラですわ!?」
私はノア君に、兄様は私に、それぞれ混乱しているポンコツ兄妹。そんな私たちを、ぽかんと見ていた天使は
「ふ、ふふっ、」
少し俯き、必死に何かを堪えているようだった。そして、
「あははははっ!」
明るい笑い声が響いた。兄妹でぎょっとしてノア君の方を見ると、
「ご、ごめんなさい、あまりに2人が楽しそうで、つい……」
彼本人が1番楽しそうなのではないか、という勢いで笑っているノア君に、なんだかこっちまで楽しくなってきて。
孤児院の運動場の片隅に、3人分の笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
「そうか!いやー、まさか、2人が知り合いだったとはなぁ!」
嬉しそうに笑う兄様に、少し照れたように「一度会っただけですが……」と笑うノア君。
「本当にびっくりしました……まさかまたお会いできるなんて……」
ほんっとうに!偶然って恐ろしい!グッジョブ兄様!!……という本音は隠す。
「僕も本当に驚きました……えと、フィリアさん」
さん、だなんて勿体ない、ありがたき幸せ!もっと気楽に呼んでいいのよ!!……という本音は隠す。
「えっと、その……の、の、」
「ノア、でいいですよ?」
「のあ……君……」
いーえー呼び捨てなんて無理です恐れ多いですーー!!……という本音は隠す。
ちなみに。兄様や私が侯爵家の人間であると知っているのは院長や他の大人たちだけだそうだ。子供達に余計な気を使わせないためにあえてそうしている、というのは、後から兄様に聞いた話だ。
と、いうことで、ノア君は私たちのことを貴族だなんてつゆほども思っていないそうだ。グッジョブ兄様!(2回目)
そんなわけで、身分なんて関係なく私は色々なことをノア君と話すことができた。
名残も尽きなかったが、あっという間に夕暮れになり、私たちは孤児院からお暇することにした。
「またね、レオンお兄ちゃん!」
「あばよ、ちんちくりん!!」
「また来いよーー!」
などなど、歓迎しているんだかしていないんだかわからない挨拶も、ノア君が笑顔で手を振ってくれたから全部100点満点だ。むしろ1兆点でもたりないくらいだ。
ほくほくとしながら少し離れたところに迎えにきてくれた馬車に乗り込み、屋敷への帰り道。
「フィリア。騙したみたいに孤児院に連れて行ってごめんな。……どうだった?あそこは」
「兄様。私、決めましたわ」
「うん?」
「週に1度、あの場所に行こうと思います」
毎日でも行きたい!というのが本心である。
◇ ◇ ◇
帰宅後。今日は両親とも仕事でいなかったため、朝食に倣って兄様と2人で夕食を食べ、久しぶりにトランプで遊んでからおやすみなさいの挨拶をし、私は自室へと戻ってきた。
「では、おやすみなさいませお嬢様。本日は、よく眠れるようラベンダーのサシェを枕元に入れておきました。何かあれば、すぐにおっしゃってくださいね」
そんな挨拶と笑顔と共にセシルもいなくなり、部屋には私だけになった。
「……さて……」
1人になった私が向かったのは、ベッド……ではなく、これまたピンクの書き物机。
引き出しに入ったインク壺と羽ペン、そして真新しい鍵付きのノートを取り出し……
「緊急情報整理よ!!」
そして私は、怒涛の勢いでノートに情報を書き始める。
 




