11話
お茶を飲みすぎた。
端的に今の状況を説明すると、そんなところだ。王家主催のお茶会とあって、出てくるお茶はどれもこれもとても美味しい。そう、つい飲む量を間違えてしまうくらい。
(お、お手洗いに行かなければ……)
そう思って会場を抜け出したのが数分前。なんとか間に合って、お手洗いは済ませた。(ちなみに、元がゲームだからかちゃんと水洗トイレがある。19世期ヨーロッパとは違うのはとてもありがたい)……が、今私の前には、別の大問題が立ちはだかっていた。
「……こ、ここは……一体……」
私がいるのは広い広い廊下。そう、王宮は大きいのである。とてもとても。迷うほど。道がわからない。この状況を世間一般では何というか。
「迷子だ……」
ぽつりと呟いた声は、誰に拾われることもなく静寂の中に吸い込まれて消えた。
◇ ◇ ◇
(こ、これは……もしや、ものすごくまずい状況なのでは?)
いや、もしやなくてもまずい状況だ。何故なら、フィリアはものすごい方向音痴なのである。実際にフィリアになってみてわかった新事実なのだが、もしかしたらどこに行っても彼女が出現するゲームシステムにはその辺が影響しているのかもしれない。がむしゃらに歩いていたらたまたまぶつかってしまったとかそういう……
「って、そんなこと言ってる場合じゃなくて……!」
そろそろお茶会も終了に近い時間だ。早く戻らないと、騒ぎになってしまうかもしれない。そうすると、きっと捜索される。流石に捜索が入れば見つけてもらえるだろう。だがしかし、捜索された場合には、見つかった時に何故迷子になったのかを言わなければならない。今回迷子になったのはお手洗いに行ったことがきっかけだ。何故、お手洗いに行かなければならなかったか?お茶を飲みすぎたからだ。それは、当然だがセシルにも報告されるだろう。そうなると……
『お嬢様……?』
いーやーだー!!!
全く目が笑っていない素晴らしい笑顔のセシルのイメージが頭に浮かぶ。セシルは優しくて素晴らしい侍女だが、礼儀作法に関しては鬼の用に厳しいのだ。わがまま放題だったフィリアの時でさえ、セシルがぶち切れた時のあの笑顔には逆らえなかったのだ。セシルが『対フィリア様最終兵器』と呼ばれているのもそのせいだ。
「だ、ダメよ、それだけはダメよ……!正座いたい正座イヤ正座コワイ」
前世から苦手なことを2時間もする恐怖に怯えながら、なんとか活路を考える。とはいえ、フィリアほどではないが方向音痴だった私にはいいアイディアがない。結局、考えるだけ考えて絞り出したのは『左手の法則』。あれだ、迷路に迷い込んだ時には左手を壁に当てて進めばいつかはゴールにたどり着く、というやつだ。
そうと決まれば!と、私は左手を壁に当て、進み始めた。そこの曲がり角を左ね……
モフッ。
モフッ?あら、ここの壁はずいぶん柔らかい素材で出来てるのね。毛皮かしら?
「……ちょっと」
「あら、最近の毛皮は喋るのね、高性能だわ……それとも、王家の秘術か何かなのかしら?」
「ねぇ、何なの君」
……あら?
明らかに不機嫌そうな声に、手を当てていたものを見る……と、ふたつの瞳目がこちらを見つめていた。
「……きゃあぁぁあっっ⁉︎⁉︎」
「うるさ……」
「あ、あ、あなた、誰⁉︎ま、まさか、城に巣くうという伝説の幽霊……!な、南無阿弥陀仏!!」
「はぁ?君、馬鹿なの?目ついてる?」
「は……?」
酷く呆れたような声に少し冷静になり、そっと声のした方を伺う。
すると、そこにいたのは、しっかりとした人間だった。絹糸のようなプラチナ色の髪と、髪よりも少し暗い色の瞳……を、絵に描いたようなジト目にしながら、こちらを見つめている美少女。
「な、なんだぁ、よかった……女の子かぁ」
ほっと胸を撫で下ろす。と、額に鋭い一撃。
「痛っ⁉︎ちょ_____初対面の人間にチョップをかますとは、綺麗な顔して何て攻撃的な女の子______ぎゃっ」
再びの一撃。思わず額を抑えて美少女を睨みつけると、彼女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「___は」
「え?」
「ボクはっ!男だ______!!」
___そういえば、ラビファンの攻略対象の中に、綺麗な白銀の髪と瞳を持った、まるで女の子のような美少年がいたな、と。
そして、彼に対して"かわいい"とか"女の子みたい"という選択肢を選んでしまった場合、一気にバッドエンドに行ったなぁ、と。
その難易度の高さから、『初見殺しの白銀の花』と呼ばれていたなぁ、と。
思い出したのは、彼が怒り狂ってしまいに泣き出した後のことだった。




