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蜂とお母さん

作者: 木村アヤ

僕のお母さんは群馬県の田舎の村で育った。遊ぶのは山の中で、だから一度くらい蜂に刺されたことがあっても、それは普通といえば普通のことだった。

僕は東京都八王子市で生まれた。そこは夏になるとどこかしらに必ず蜂の巣ができて、しかしすぐに発見されて駆除されるので、そこまで大きくはならないようなところだった。

僕が12歳の時だった。家か、庭のどこかにアシナガバチの巣ができたとみえて、おちおち窓も開けていられないことになった。父親は単身赴任で、母親も平日は働いているので、気付いた時には、巣はかなり成長したとみえて、そこら中に絶えず1匹ないしは2匹、アシナガバチが飛んでいた。

それで土曜日の午前中にお母さんはアシナガバチの気をひかないように注意しながら、巣を探した。お母さんはすでに一度刺されているので、もう一度刺されたら、死んでしまう。命がけの捜索だった。僕は興味本位でお母さんの後ろからついて行った。

一番怪しいブナの木の中頃、葉である程度雨がしのげるところに、その巣はあった。大きさは大人の拳くらいだった。蜂が5匹ほど巣の上を歩いていた。

「ほら、つっくん、見てごらん。アシナガバチの巣だよ」

そう言われて僕はお母さんの左まで進み出てつくづく眺めた。結構大きくて、蜂がその上を歩いていて、灰色で、穴がたくさん下向きについていた。それ以外には特にその頃の僕の注意を引くものはなかった。

「へっくしょん」

僕はつい大きな音を立ててくしゃみをしてしまった。

巣にくっついていた蜂がぶうんと飛び上がった。そしてあたりを飛び回り始めた。どこが音源なのか、とっさに判断し損ねたらしい。僕らのいたところは、木から3歩くらい離れたところだったので、すぐには来なかった。しかし、それもつかの間のこと。今にもどれか1匹がやって来るのではないかと思われた。

果たしてその1匹はやってきた。木の向こう側を回って左からその蜂はやってきた。お母さんが持っていた殺虫剤はスプレー缶に細いプラスチックの管を刺して使うものだったが、まだ管は刺していなかった。当たり前だ。誰がスプレーを準備する前に、蜂の巣の側であんなに大きな音を立ててくしゃみをすると思うだろう?その音の大きさたるや、車のクラクションも顔負けだった。

お母さんは僕を後ろに押しのけた。僕は地面の上に倒れた。まだ管を刺していない殺虫剤のスプレー缶を蜂に向けて噴霧した。

蜂はその霧の中に突っ込むと、途端に勢いを失ってよろよろと地面へ落下した。もう飛び立つ力は残っていないようだった。

すぐに他の蜂がやってきた。今度は右と左、両方からである。お母さんは右と左に素早くシュッシュッと噴霧した。その霧の中へ入った2匹はやはり地面に落ちて動かなくなった。

しばらく待ったが、蜂は飛ぶのをやめたらしく、もう来なかった。お母さんはスプレー缶を地面に置き、まだ腰を抜かしていた僕を助け起こそうとした。

その時だ。葉っぱの陰から現れた大きな蜂がすごいスピードでお母さんに後ろから迫ってきた。

「お母さん!」

お母さんは振り向いた。しかし蜂はすぐそこにまで来ていた。殺虫剤を取っている時間はなかった。

お母さんの両手が動いた。素早く動いたそれは、次の瞬間には顔めがけて飛んでくる蜂を挟み潰していた。

お母さんは両手に挟み込まれてぐしゃぐしゃになったそれをまじまじと見た。それからその両手を僕に見せた。

「見て、潰しちゃった」

 僕は何と言ったらいいかわからなかったので黙って頷いた。

 お母さんはそんな僕を見て面白くなさそうにした。だけど、すぐに手を洗いに行った。僕は急いで木から離れた。

戻ってきたお母さんはちゃっちゃと蜂の巣を駆除すると何事もなかったかのように僕を連れて家の中に戻り、昼食の支度を始めた。

 これが僕の小学校時代の一番鮮やかな夏の思い出である。



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― 新着の感想 ―
[一言] とても、ハラハラして読めました。ありがとうございます。
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