4 ファーストバトル
「何を言い出すかと思えば……お前、けっこう鬼畜だな。相棒の恋路を邪魔するなんて」
「ち、違うから! まだバトルしたことなかったから、単純にバトルしてみたかったの! 町のみんなは誰もあたしとしてくれないから……」
そりゃあ、誰もドラゴンとなんかやり合いたくねーだろうよ。
「でもよ、チビは誰ともコンタラクトしてないんだぞ? おれがするわけにもいかないし」
コンタラクトとは、名の通り人と魔物が契約をすることだ。
それをせずに魔物を飼うこと、そしてバトルさせることは禁止されている。
じゃあ今の状態は犯罪じゃないのかって?
チビフェンリルは保護って名目だからグレーゾーンだ。たぶんな。
「んー……じゃあ、野生のチビフェンリルちゃんが現れたことにするのはどう? これなら問題ないでしょ?」
それは……どうなんですかね。ギリギリセーフな気もするし、ダメな気もする。
「第一、なんでそんなにバトルがしたいんだ?」
バトル――魔物同士を戦わせることなど、日常生活でそうありはしない。
おれが訊ねると、ソフィアは言いにくそうに答えた。
「実はね……あたし、王立エムレム学院に推薦で通うことになったの。だから、今のうちから力をつけなきゃ、って」
「ま、まじで!?」
エムレム学院といえば、世界でも屈指の魔物使い育成の名門だ。
ソフィアはSランクだから当然と言っちゃ当然だが、それでも驚きだ。
「マジで凄いな。あ、もしかして、今日はそれを報告しに来たのか?」
「うん、そうなんだ」
少し控えめに、だが嬉しそうに微笑むソフィア。
おれは肩を竦めた。
「おれのことは気にしなくていいよ。とにかくおめでとう、ソフィア」
「クラウド……うん、ありがとう!」
「よし、だったら話は別だ。鍛えないわけにはいかないな!」
おれもバトルは一度はしてみたかったし、やってみるか。
◇
家の裏手にある庭。
ここはバトルをするのに十分なスペースがある。
おれの家は町の中でも郊外に位置するし、誰かに見付かることもないだろう。
「じゃあ、早速バトルしよ! ――レックス!」
「がうー!」
うお。さすがにドラゴンとなると、幼体でも迫力があるな。
「だがこっちだって負けちゃいねーぜ。行くぞ、チビ!」
「…………zzz」
「寝るなっ!」
くそ、あくびとかしてやがる。これじゃあバトル以前の問題だ。
「えっと……どうしよう。はじめてもいい?」
たしかに、このままじゃ埒が明かないしな。
チビにやる気を出させる方が早いか。
「ああ、頼む」
呆れ気味に言うと、ソフィアはおれの意図を察したのか、小さく頷いた。
「いくよレックス、【ファング】!」
「がうっ!」
レックスが嬉しそうにチビに飛び掛かる。
「来るぞ、チビ!」
「きゅう……? きゅ!?」
迫り来るレックスに気付き、紙一重で回避するチビフェンリル。
「いいぞ、チビ! よし――あれ?」
そういえば、おれ……あいつがどんな技を使えるか知らなかった。
「レックス、もう一回【ファング】!」
「がうっ!」
「きゃん!」
噛みつかれ、悲鳴を上げるチビフェンリル。
くそ、どうすれば……!
「! そうだ、火だ! 火を吐け!」
おれの言葉が通じたか、チビは苦し紛れに火を吐いた。
「がうぅっ!」
すると火を嫌がったレックスが噛みつくのをやめる。
「もう一度、火だ!」
おれが命令する。しかし、
「違う、チビ! 距離を取れ! 火を吐くんだ!」
チビフェンリルはおれの言うことを全くと言って良いほど聞こうとしなかった。
自分のやりたいようにレックスに立ち向かい、返り討ちにされている。
「くそ、このままじゃ……」
負ける。
嫌だ。
おれは負けるのが嫌いなんだ。
誰だってそうじゃねえのか。
「お前だってそうだろ――ルビィ!」
思わずはっとした。
口にするまいと思っていた。
前々から考えていた、あいつの名前。
紅い宝石のような瞳のあいつが、こちらを見ている。
「レックス、【ファング】!」
「躱せッ、ルビィ!」
「きゅう!」
おれの叫びに応えるように、レックスの噛みつき攻撃を――避けた。
ルビィ。
そう、お前の名は――
「ルビィ!」
「きゅうっ!」
――なんだ、この感覚。
分かる。
あいつの……ルビィの考えていることが手に取るように分かる。
気を抜けば壊れてしまいそうな感覚。
だが、今はぴったりと一致している。
まだおれを完全に信頼したわけじゃない。
だが、今だけは任せてもいいと思っている。
それが分かる。
生意気だ。だが。
おれの考えも……通じてるんだろ?
「きゅう!」
やはりか。
「呉越同舟、か。お前も大概、負けず嫌いだな。――行くぞ、ルビィ!」
【ファイア・ブレス】!
「きゃう!」
ルビィが火の球を吐く。
なぜだか、さっきよりも高威力だ。
「ぐわ!?」
火の球は、見事レックスに直撃。
「レックス!?」
吹き飛ばされ、仰向けに横たわったレックスは――もう立ち上がれないようだった。
「勝った……のか?」
レックスを介抱するソフィアを眺めながら、おれは少しの間呆然としていた。
「きゅう」
「チビ……」
いや、ルビィ。
「……やったな。初勝利だ」
握手をするように右手を向けると、ルビィもちょこんと片足を差し出してきたので、優しく握る。柔らかい。
握手をするということ。
それすなわち、対等であるということ。
なんとなくだが……魔物との接し方が分かった気がして嬉しいぜ。
おれはFランクだから、こいつとコンタラクトできないのが寂しいところだけどな。
「ソフィア」
「っ!」
声を掛けると、ソフィアがきっと睨み付けてきたので、動揺して思わず、
「お、おい、怒ってんのか? バトルなんだから仕方ないだろ」
「……黙れっ!」
そう叫ぶと、ソフィアはレックスを抱えて走り去ってしまった。
「ど……どうしちまったんだ?」
普段はあんな風に怒ったりはしないので不思議に思いつつも、家に戻ったおれは――
少しだけ仲良くなったルビィとともに、いつもと同じような一日を送るのだった。
◇
そして、翌日の夜のこと。
トントン。
「お?」
こんな夜に誰か来たのか。
おそらく仕事が終わった母さん、もしくはソフィアだろう。
そう思い扉を開けると、小綺麗な恰好の男が立っていた。
そして――
「クラウディオ・バレーロ。貴様を国家叛逆罪の容疑で逮捕する」
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