1 召喚の儀
「それじゃ、行ってくる」
「ちょっと待ちなさい。戸籍証はちゃんと持った?」
「持ってるよ。さっきも確認しただろ」
「何度確認しても損はないのよ。ソフィアちゃん家寄っていくんでしょ? しっかりね」
「……余計なお世話だ、ババア」
「はい? 何か言った?」
「何も言ってねーよ」
「あ、待ちなさい!」
おれはさっさと家の外に出ようとするが、腕を掴まれた。
「クラウド、今日まで育ててきてくれたお母さんに感謝のハグはないの?」
そんなことをのたまうのは、赤茶色の髪を後ろで雑にくくっている女性。おれの母親だ。
「はぁ? そんなの十五歳にもなってするわけないだろ」
「ぐすん……息子が反抗期になってしまったわ……」
「何がぐすんだよ。……まったく」
一応周りを確認してから、仕方なしに母さんと抱擁を交わす。
すると、ふわりと懐かしい香りがした。
「クラウディオ、あなたは私の宝物よ。こんなに大きくなって……よくここまで育ってくれたわね」
「母さん……」
「今日は記念すべき”召喚の儀”。どんな子があなたのパートナーになるかは分からないけど、どんな魔物が選ばれても必ず大切になさい」
「そんなの当然だろ。おれは絶対に魔物をいじめたりしない」
「うん、あなたが魔物を好きなのはよく知ってるわ。それならいいの。でもね……」
ん? 急にしめつけがきつく……!
「お母さんに反抗的な態度を取る子にはおしおきよ! マザー・ホールド!」
「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
どでかい胸のせいで……息ができねぇ……!
「ぷはぁっ! はぁはぁ……!」
し、死ぬかと思った……。
「今度お母さんに口答えしたらどうなるか、分かるわね?」
「はい……」
「ならよし。あ、そうだ! 忘れるところだったわ」
母さんはエプロンのポケットから立方体の箱を取り出すと、差し出してきた。
これは……!
「そう、モンスターリング。魔物を使役するために必須のアイテムよ。今日のために買っておいたの」
「母さん……ありがとう。大切に使うよ」
「そうしてくれると嬉しいわ。それじゃ、行ってらっしゃい」
優しく微笑む母さん。
…………やっぱいくつになっても、母さんには敵わないな。
◇
自宅から一ブロック離れたところにある小奇麗な家の前に立つと、上の方から声が聞こえてきた。
「クラウド、もう来たの!? えっと、あと五分待って!」
おれが見上げるよりも早くばたん、と二階の窓が閉まり、中から騒がしい音が聞こえてくる。
そして五分後、勢いよく扉が開き、おれにとっては見慣れた少女が現れた。
栗色のミディアムヘア。ネコっぽい瞳。つんと高い鼻。ぷっくりとした唇。均整なスタイル。
有体に言えば、美少女。
だがおれにとってはただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない。
彼女はソフィア・モンタナ。幼い頃からの友達だ。
「待たせてごめん、クラウド。おはよ」
「ああ、おはよう。ソフィア、戸籍証は持ったか?」
「持ってる、大丈夫! クラウドこそ忘れてない?」
「もちろん――」
とその時、ソフィアの家から大きな影が飛び出してきて、おれに飛び掛かってきた。
「うおっと! マロンか!」
「はっ、はっ、はっ、はっ」
ぺろぺろと顔を舐めてくるのは、三つの顔を持つ犬の魔物――ケルベロスのマロンだ。
マロンは昔からソフィアの家にいる魔物で、よくおれとソフィアとマロンで遊んだりしたものだ。
「おい、よせって! はははっ!」
「クラウドってほんとに昔から魔物に好かれるよね。たぶん今日の”召喚の儀”もクラウドは凄い魔物と契約するんだろうなー」
「どうだろうな。けど、ソフィアだって魔物が好きなのは変わらないだろ」
「自分だけが好きでもダメなんだよ。いい魔物使いの条件は魔物に好かれることなんだから」
「なるほど。魔物協会のお偉いさんの娘が言うと説得力があるな。……っと、そろそろ神殿に行かないと間に合わないな。悪いマロン、また今度遊ぼう」
「くーん」
寂しそうに頬ずりしてくるマロンに別れを告げ、おれはソフィアとともに”召喚の儀”へと出発した。
◇
町外れにある神殿の前にはすでに同年代の人達が大勢集まっていた。
「なんだ、随分人がいるんだな」
「他の町や村からも来てるんだよ。神殿はこのガビの町にしかないからね」
「そういうことか」
と、そこで横合いから声を掛けられた。
「よう、遅かったな」
「げ、アラン……」
アラン・ダック。ここの神殿の神官の息子で、見た目は小太り。
どうやらソフィアに気があるらしい。
だがソフィアはアランが苦手なようだ。どんまい。
少し意地悪な所もあるが、そこまで悪いヤツじゃないと思うんだけどな。
「どうだソフィア、このあと今日というめでたい日をともに祝う気はないか?」
「嫌。どっか行ってよ」
うん……まあ、がんばれ。
少しの間アラン他、同い年の知り合いたちと話していると時間になり、”召喚の儀”が始まった。いよいよだな。
壇上に上がってきたのはダック神官。
アランの父親だが、心優しい人だ。町のみんなからも好かれている。
「みなさん、本日は”召喚の儀”。十五歳となり成人を迎えた者たちがはじめて魔物と契約をする神聖な日です。はやる気持ちも理解していますが、どうかリラックスして順番に受付をしてくださいね。では、これより”召喚の儀”をはじめます」
パチパチと拍手が起き、それから大勢の人間がぞろぞろと神殿に入っていく。
彼らの顔は総じて期待と不安に満ちている。
かくいうおれもその気持ちでいっぱいだ。
どんな魔物がパートナーになるか……楽しみでしょうがない。
「クラウド、あたしたちも並ぼう?」
「おう!」
そして三十分ほど経ち……とうとうおれの番がきた。
召喚した魔物と仲良さそうに神殿を出て行く者たちを尻目に見つつ、受付に戸籍証を見せる。
「ガビの町のクラウディオ・バレーロさんですね? ……はい、では進んでください」
「クラウド、ふぁいとだよ!」
ソフィアの声援を受けつつ、前に出る。
神殿というだけあって荘厳な雰囲気のある空間。
その中央にある魔法陣。あれが……。
「やあ、クラウドくん。君も息子と同い年だったね」
「ダック神官。はい、成人を迎えました」
「そうか、ほんとうにおめでとう。ではここに右手を置いて」
ダック神官が水晶を差し出してくる。
この水晶は魔物使いとしての適正を明らかにするもので、適正が高くなればなるほど輝きは強さを増す。それを測った後、いよいよ”召喚の儀”に移るのだ。
ちなみに水晶で測る適正はランクと定義され、Sランクが最高、Eランクが最低、まったく光らないのはFランク――魔物使いの素質がない失格者だ。
Fランクになると、これから一生自分の魔物を得ることはできない。魔物を使役するには危険と判断されるためだ。
その可能性があるからこそ、みんな期待と不安に満ちているのだ。
まあ……Fランクが出ることはごく稀らしいが。
「……ごくり」
意を決して右手を乗せる。
水晶は――光らない。
「……!」
力を籠める。
光らない。
「…………残念だけどクラウドくん、君には魔物使いとしての素質がないようだ」
……嘘だろ?
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