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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
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(8) 新米皇女は商売繁昌

 アルダールは考えた。このまま砦に陣を構えているだけではらちがあかないので、単身、敵地である旧アストベール城に突入しようと。ひとりで行くつもりだったようだが、ファナールがおもしろがって一緒に行こうと言い出した。もちろん、ファナールのことだから、親切心ではなく、アルダールを利用しようと思っているのだが。

 少数精鋭で敵地に飛びこむ。「少数精鋭」という甘美な響きは、非常に都合がいい。このような世界では、数人の力が数千人の力に勝ることも珍しくない。「お約束」である。「お約束」は、どんな理屈よりも強い。だいたい、主人公パーティが数千人もいたら、作者は大変じゃないか。

 ちなみに、アルダールは、「炎の剣」という先祖伝来の剣を持っている。彼女、じゃなくて彼は、実を言うと、かなりの剣の使い手らしい。それにしても、剣士2人と魔法使い1人とは、ちょっとパーティとしては片寄っている。そう。やはり、ここは回復系の仲間がひとり、加わって欲しい。

「なによ。あたしだって、クレアぐらい、使えるわよ」

 ファナールは文句を言うが、クレアというのは、初級の回復魔法だ。ちょっとした病気やケガを直せる。

「大ケガには、あまり効かないからなぁ」

 厳しい戦いが続くだろうから、回復魔法はいくらあっても足りない。ファナールは、攻撃魔法で魔導力を使い切ってしまうだろう。回復魔法を使っている余裕はないはずだ。

「やっぱり、神官が欲しいわ。できれば、美しい女性がいいわねぇ」

 アルダールが、うっとりとした顔で、そんなことを言っている。勝手にイメージを思い描いているらしい。女装していてもに、やっぱり美しい女性が好きなのだろうか。ちょっと安心した。

「ああ! ミルバお姉様~」

 アルダールは、どうやら、具体的な人物のイメージを思い描いていたらしい。でも、「お姉様」って、なに?

 閑話休題。砦には、回復魔法を使える神官も何人かいるにはいたが、彼らと一緒に旅をしたくはない、とアルダールは言う。重大な隠し事をしている以上、気が休まらないからだ。そこにいた神官がおっさんばっかりだったから、というのが本音かもしれないが。

 そこで彼らは、砦から出て、各地の神殿などにいるはずの神官を探すことにした。条件としては、せめて、中級の回復魔法であるクレアードが使えることと……

「美しいお姉様がいいわ」

「美形の青年以外は認めないっ!」

 アルダールとファナールの声が合唱していた。

「なるほど。よくわかった。2人の意見を総合すると、女装した美しい青年か」

 クオンがマジメくさった顔で、そういうことを言う。

「違うっ」

 アルダールとファナールの声が、きれいに重なっていた。

 ともかく、ふつうの男性がいないのは、RPGふうのパーティとしては、やっぱり寂しい。4人めが、そうであることを、作者としても祈ってやまない。


 翌朝。砦内に設けられているアルダールの私室。部屋の中には、クオン、ファナールとアルダール、それに加えてアルダールの影武者の少女が呼ばれていた。

 アルダールの影武者を演じる少女は、影武者だけあって、アルダール本人によく似ている。アルダールと同じ栗色の髪が美しいが、これは染めているらしい。それ以外、背格好はほとんど同じ。本人と違うところといえば、ちょっと目が大きいぐらいか。それも、並んで見比べない限り、ほとんど見分けはつかないだろう。少女の名はユイリ。なんと、元は盗賊だったという。リトアイザンの城に忍び込んだところをアルダールに取り押さえられ、直接雇われることになったらしい。影武者といっても、存在を知っているのはアルダール本人のみ。必要な時以外は、別人のような目立たない侍女に化けている。

「というわけで、ユイリ。ちょっと長期間になるんだけど、頼まれてくれるかしら?」

 そう言うアルダールは、髪をポニーテールにしているのが、なんとも似合う。まったく、男にしておくのはもったいない。

 何の話かと言えば。

「あのねぇ、アル様。あたしはアル様に雇われてるんだから、命令をすればいいのよ」

 とても雇われてるとは思えないような、ぞんざいな口をきくユイリ。「アル」というのはアルダールの愛称か。

 クオンは、なんとなく、自分とメアレインの関係に似てるかもと、思った。おそらく、アルダールから見れば、ユイリは同年代の、そして唯一気の許せる、友だちのようなものなのだろう。

「ユイリ、頼まれてくれない?」

 両手を合わせたアルダール。目がうるうるしている。男の子だったら、こんな表情で頼まれたら、イヤとは言えないかもしれない。だが、頼まれているユイリは女の子だった。さらに言うなら、頼んでいるアルダールは男だった。

「わかった。わかりました。留守番でもなんでも、しましょ」

 ユイリはそう言って、アルダールの背中を、ばんばん叩いた。王族にそんなことをしていいのか、と思うのだが、アルダールはなんだかうれしそうだ。ヘンなやつ。


 パパラパパラパパラパー!

 突然、ラッパの音が響きわたった。すぐに、複数の方向から呼応するように、同じようなラッパの音が聞こえて来る。

 パパラパパラパー!

 緊迫した音からして、非常事態が起きたとしか思えない。おそらく、モンスターの襲来だろう。

「敵襲かっ!?」

 ラッパの音を聞いた瞬間に、アルダールの表情が、厳しく変わった。こういう表情をすると、男っぽく見えるんだなと思いながら、クオンは、

「手助けしようか?」

 と、申し出る。もちろん、アルダールは即座に応じた。

「助かるわ。ユイリ、偵察を」

「了解!」

 アルダールの指示に、ひとことで答えて、ユイリは飛び出していった。

「ボクたちは、集団戦はやったことないから、先に外に出て勝手にやらせてもらうよ。ファナール、いいかい?」

 クオンは、ファナールを誘う。

「うん。兵隊さんたちがいたら、好き放題ぶっぱなせないもんね」

 ファナールは、なんだか物騒なことを言っている。



「コレはなんとも……」

「すごいわね」

 押し寄せて来るモンスターの群れ。それを見てクオンとファナールは、そういう感想を口にした。

 とにかく、とんでもない数のモンスターがこちらに向かって来る。100匹や200匹ではない。地平線がモンスターで埋まっているかのようだ。

 砦からは、火矢が発射されはじめた。

 しかし、モンスターに当たる前に、矢の火は消えてしまっている。モンスターたちは、あらかじめ、防御魔法をかけてもらっているのだろう。魔法による遠距離攻撃を行わないところを見ると、砦にはそのようなことができる魔法使いは、いないのだろう。

「それにしても、これだけの数のモンスターが一斉に襲いかかって来るなんて」

「アストベールの魔王軍よ。たぶんね」

 それにしては、2人の会話は切羽詰まっていない。しかし、それも当然だろう。2人とも、経験を重ねて、かなり強くなっているのだ。もはや、スライムの100匹や200匹、ものの数ではない。

 そう。砦に襲いかかって来たのは、すべてスライムだったのである。

 しかも、色は地味な茶色一色、スライム属の中でも最下級の、ふつうのスライムばかりなのだ。見渡す限り、同じ色のスライム。壮観だった。

「これは、かなりの預金が集まりそうだな」

 こんな時にも仕事を忘れないクオンは銀行員の鑑だった。スライムだから1匹が持っているお金はたいしたことはないが、これだけいれば、バカにできない。

 ちなみに、ファナールも、クオンと一緒にたくさんの預金を集めた成績が評価されて、いつのまにか銀行に採用されていた。したがって、現在では、必要経費なども2人ぶん送金されてきている。

 という余談はさておき。クオンは迫り来るスライムの群れに向かって、大声で名乗った。

「タンバート銀行のクオンです! 負けたら預金していただきますので、心してかかってきてください!」

 そんな声にひるみもせず、スライムたちは近付いて来る。

「かわいくないわねぇ」

 ファナールが、にやっと笑って右手を上にあげる。

「まずは、ピカード10連発!」

 「ピカード」は、電撃の中級魔法。現在のファナールの主力攻撃魔法である。比較的強力な電撃が、広範囲に広がる。今回のようなケースでは効果的だ。

 クオンと2人だけで旅している時は、魔導力切れを懸念して、10連発などという無茶はしないのだが、今回は、たらふくおいしいものを食べて、魔導力の補給は充分、加えて背後に砦があるから、万一の心配をあまりしなくてもいい。

 ほとんど間を置かないで、電撃が10発、少しずつ方向を変えて放たれた。

 たちまち、100匹ほどのスライムが黒コゲになる。

 クオンは、剣をかまえると、その中に向かって駆け出していった。ファナールが防御魔法「ボナップ」で援護していることは言うまでもない。

 疾風のように、クオンは突き進む。黒コゲになった前衛のスライムたちを飛び越え、電撃を食らわなかったスライムを次々に攻撃する。ひと薙ぎで数匹のスライムが、宙に飛ぶ。もちろん、攻撃力を無くすことだけを主眼においているので、一匹あたり一撃までに押さえている。モンスターは簡単に死んだりはしないが、クオンの攻撃力がかなり上がってしまっているので、念のためだ。

 喊声が聞こえて来る。クオンとファナールが戦っているところは、ふたりが暴れまわっているために、砦からの攻撃は最初の火矢以外控えられていたが、他の方面では、兵士たちが出撃していたし、弓矢による攻撃も続いていた。それもどうやら、優勢なようだ。

「ぜんぶ任せてくれてもよかったのに」

 クオンは、余裕を見せてそんなことを言ったが、

「スラスラ!」

 翻訳してみよう。たぶん、こう言っているのだ。

「あたしの魔導力が持たないでしょ!」

 というか、ピンク色のスライムになってしまっているからには、すでに、ファナールの魔導力は底をついていたということだ。


 こうして、スライム軍団は撃退された。そうわけで、今、クオンの前には、スライムの行列ができている。律儀な彼らは、勝負に負けたからにはちゃんと預金をしようとしているのだ。

 さすがに砦の中でこれをやるわけにもいかないので、テントを張ってもらって、その中で受付をしている。

 メイジスライムの姿になってしまったファナールは、といえば、そのテントの中に作った寝床の中で、熟睡中だった。その姿のままで砦の中に入るわけにもいかなかったから、やむを得ない。しばらく寝ていれば、魔導力が回復するとともに、自然に元に戻るだろう。

 魔導力を回復させるためには、食事をするという手段もあったが、ファナールは、できればそれは避けたかった。前にスライム牧場に捕まっていた時に、やむにやまれずスライム用の食事を食べたのだが、それはもう、思い出すのも嫌だったのだ。

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