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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
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(5) 新米皇女は話を聞く

 そんなこんなで、クオンは旅の途中である。

 ニルゼン王子は、「大変なごり惜しいのですが、私にはしなければならないことがあります。またどこかでお会いしましょう」などというセリフを残して、あっさり去ってしまった。たぶん、またタンバート城に戻ったのだろう。戻ってもクオンはもういないのに。クオンのほうは、当然、なごり惜しいどころかホッとしていた。ちなみに、別れた時の王子の背中からは、赤・青・黄の3つのアドバルーンが上がっていた。それぞれに「クオン姫様捜索隊」と書いてあったらしい。

 ニルゼンと別れてすぐ、クオンは、すでにいつもの男装、というより戦闘スタイルに着替えていた。あいかわらず、モンスターと勝負しては預金を集めて、タンバート銀行の支店や出張所に持っていっては出張費をもらっているようだ。この辺が、クオンの世間なれしていないところだろう。これで足がつくとは思っていないのだから。当然のことながら、支店から本店へ、クオンの所在は逐一報告されている。もちろん、皇帝陛下の耳にも、その報告は届いている。

 皇帝の私室の壁には、大きな地図が貼ってある。赤いピンがひとつ刺さっているところが、クオンの現在地である。

 それはさておき、クオンは、ヴァルスという街に来ていた。タンバート王国の隣の、エリムダンクという小さな王国の南の端にある街である。つまり国境を越えて、少し行ったところになる。


「スラ?」

 お供に連れているピンク色のスライムが、何か言いたげだ。メイジスライムは、荷物から出て、クオンの横を歩いている。もとい、のたくっている。

「なんだ?」

「スラスラ」と言いながら、メイジスライムは、クオンの前を歩き出す。もとい、のたくりだす。でも、いちいち言い直すのめんどくさいので、歩いてることにしていいですか?

 どうやら、どこかにクオンを連れていきたいようだ。この街を知っているのだろうか?

 どこに行くあてがあるわけでもないので、クオンはその後についていく。

「スラ」

 メイジスライムは、とある路地を自信ありげにずんずん入っていく。どうみても行き止まりの路地なのだが、よく考えれば行き止まりの路地というのも変な話だ。

(なんだろう、ここ?)とクオンが考えていると、

「スラスラ~っ」

 そう叫ぶや、つきあたりの石の塀に向かって、メイジスライムは電撃を食らわせた!

「おい! なにするんだよ!」

 しかし、ぼろぼろになると思っていた石の塀は、なんともない。そのかわりに、そこには扉が出現していた。

「なるほど。隠し扉か」

 おそらく、魔法によって現われるようになっているのだ。考えようによっては、ずいぶん無用心な話だ。魔法使いなら、空き巣に入れるぞ。

 クオンがそう思っていると、扉は中から勝手に開いた。

「勝手に入って来い」

 老人と思しき声が、中から聞こえる。メイジスライムは、のたのたと、中に入っていった。クオンも恐る恐るながら、それについていく。


 真っ暗だったのだが、だんだん目が慣れてきた。どうやら、魔法使いの棲み家らしい。魔法の道具らしいものが雑然と散らばっているし、魔法書の類も見て取れる。王宮にも魔法使いは何人かいたから、クオンも、そういうのは知っている。

 そして、古びた木のいすに、明らかに魔法使いとわかるじいさんが座っていた。年齢不詳。相当年を食っているようにも見える。

 老人は、ひとりと1匹を見てから、いきなり笑い出した。

「ぶわっはっはっはっ!」

 机を叩いて、涙を流しながら笑っている。何がそんなにおかしいのか?

「スラ!」

 メイジスライムが、抗議するように声をあげた。

 老魔法使いは、笑いつづけながら、

「メ、メイジスライムかっ。あ、あほか、お前は! くっくくくっ」

 まだ笑いが止まらないらしい。横にあった机をばんばん叩きながら笑っている。

 どうも、このじいさん、メイジスライムのことを知っているようだ。

「どういうことなんですか? 話が見えないんですけど」

 クオンが抗議する。

「いや、悪かった。くっくっくっ。失礼、お嬢さん、わしはセガルス。ご覧のとおり、しがない魔法使いの老人じゃ」

 「お嬢さん」と呼ばれたクオンはムッとして、

「ボクはクオンです。お嬢さんじゃありません」

「おうおう、そうじゃ。クオン・フォルセラ・アストベールさんじゃな」

 いきなりフルネーム。ということは、正体を知っているわけだ。しかし、最近むりやり付けられた女名前の方のフルネームなので、クオンはなおも不機嫌に、

「クオン・フォルシード・アストベールです。お間違えのないように」

 男名前のフルネームに訂正する。ミドルネームの後半が違うのだ。

「おお、そうか。しかし、いかんな。そんなかりそめの名を名乗っては、いかんぞ」

「スラスラ」

 メイジスライムが、無視されていらだっている。

「いかんなぁ。近頃の若いもんは、気が短い」

 不機嫌なひとりと一匹を前に、セガルスは、のんびりと言い放った。

 メイジスライムの全身から、ぱちぱちと放電が始まる。どうやら我慢の限界らしい。

「スラ~っ」

 お得意の電撃魔法だ。

 ところがびっくり。セガルスが「むんっ」と杖をひと払いしただけで、メイジスライムの放った電撃は消えてしまった。対抗呪文を唱えたわけでもないのに。とすると、このじいさん、かなりの高レベルの魔法使いだ。

「では、反撃させてもらおうかの。クオンさん、どれが見たいかのぉ。ピカドラスなんかどうじゃ?あんまりお目にかかったことないじゃろ?」

 ピカドラスというのは、電撃の攻撃魔法の上級。あたり一面に特大の雷を落とす恐怖の攻撃魔法である。

「こ、ここでやるんですか?」

 クオンが恐る恐る聞く。

「だいじょうぶ。この家は、結界が張ってあるからの。電撃の被害を食らうのは、このメイジスライムとお前さんだけじゃ。なかなか見ごたえがあるぞ?」

「だけじゃ、って、ボクも食らうんじゃないですか!」

「そうか、いやか。ならば、ピカードでどうじゃ?これなら・・・」

 ピカードというのは、中級魔法。それでも攻撃力はかなりあるはず。

「冗談じゃ。ともかく、こいつの魔法を解いてやるのが先じゃな」

 セガルスは、ニヤニヤ笑いながら、メイジスライムを見た。


「昔々、この世界は魔導帝国が支配しておった。強大な魔法を操る魔導皇帝と貴族たちには、普通の人々は逆らうこともできんかった。それでも、まぁ、皇帝がマシな政治をしとるうちはまだよかった。

 無能な皇帝と、タチの悪い貴族どもが増えてきて、さすがに民衆も不満を表に出し始めた。反乱が起きはじめたのじゃな。しかし、いかんせん、魔法の力にはかなわない。多くの民衆が殺されたと聞く。

 ところが、今から数百年前のことじゃ、悪政に苦しむ人々の前に、英雄があらわれた」

「あの~、今って、昔話をしてる場合なんですか?」

「まぁ、待て。ここからいいところなんじゃから」

 いつのまにか始まったセガルスの昔話は、どうやらずいぶん長い話になりそうだ。

 メイジスライムは、抗議するように、のた打ち回ってる。

「英雄。それは、炎帝と呼ばれるシュペー様じゃった。水の女神である姉君とともに地上に降り立ったシュペー様は、魔法の力で動く巨大な鉄人形などを率いて、魔導帝国に、真正面から堂々と戦いを挑んだのじゃ!

 そして、8年と8ヶ月と8日、戦いは続いた」

「水の女神って、あの、ヘンな姉ちゃんのことかな」

「現在の水の女神ナイベル様の、母君じゃ。もちろん、ナイベル様と同じ水の女神であらせられた」

「そっか、娘の教育をまちがえた人なんだ」

「さっきから聞いとると、ナイベル様にえらく失礼ではないか。お会いしたことでもあるのか?」

「え~と」

 あるのだが、これ以上話が長くなっても困るので、黙っていることにした。

「戦いが終わる時が来た。王宮に攻め込んだシュペー様は、魔導皇帝と直接対峙したのじゃ。そして、シュペー様の持つ『炎帝の剣』が、魔導皇帝を刺し貫いた、と言われておる。というのも、その瞬間を見た者は誰もあらんかったからな。

 ともかく、魔導帝国は、魔導皇帝を失った。そうなると、もろかった。その後、あっという間に滅びてしまったのじゃ。そして、シュペー様が初代皇帝として、アストベール帝国を築いたのじゃ」

「シュペー様……シュペー様……う~ん」

「シュペー1世陛下は、お主の祖先じゃよ。お主、歴史の授業で寝てばかりじゃったな?」

 図星だった。クオンは、歴史が苦手だったのである。さすがにシュペー1世の名前ぐらいは聞いたことがあったのだが。

「それはわかったんだけど、その話が、どうして今、必要なんです?」

 クオンが、当然の疑問を口にする。

「一応な、このメイジスライムの魔法を解く前に、この話をしとかんと、納得のいかんこともあるかと思ってな」

「話聞いても、全然納得いきませんけど」

「このメイジスライムの正体が、魔導帝国の最後の皇帝の直系の子孫でも、か?」

「え? 魔導皇帝ってスライムだったんですか!」

 メイジスライムが、また、のたのたとのた打ち回っている。怒っているらしい。

「違うわい。こいつも人間じゃよ。ちょっとふつうとは違うがの」

「そ、そうなんだ」

「そして、魔導帝国を滅ぼしたシュペー様とその子孫を、先祖代々、ひたすら恨みつづけているとしても、か?」

「あの、ひょっとして、ボクも、恨みの対象?」

 セガルスは、「うむ」と肯いた。

「『うむ』とか言われましても」


「さて」

 セガルスは、椅子から腰をあげた。いよいよ、メイジスライムの魔法を解くのか?

 クオンは、そのメイジスライムが自分を恨んでいるはずと聞いて、ちょっと不安になっている。すごく、ではなく、ちょっと、というところが、クオンの根本的にお人よしな性格をあらわしている。

 緊張。クオンは、ぐっと身構えた。

「さて、いくぞ!」

 ピンク色のメイジスライムも、ぐっと息を止めて次の一瞬を待っている。

「……そういえば、腹が減ったな」

 セガルスの、気の抜けたような声。

 メイジスライムの周囲に、稲妻が走った。怒っているらしい。

 クオンは、目が点になっている。

「あの、怒ってるみたいですよ?」

 なんか、気まずい。

「う、うむ。そうじゃな。まず魔法を解いてやるか。シチューを作るのは、そのあとにしようかの」

 セガルスは、そう言ってから、目を閉じて、口の中でぶつぶつ何か言い始めた。

「……やっぱり、お茶ぐらいは飲んでからにしようかの」

 メイジスライムの周囲には、すさまじい放電が走っている。怒りが増しているようだ。

「さらに怒ってるみたいですけど?」

「せっかちなやつじゃのう。まったく」

 やれやれと言いながら、セガルスは、こんどこそ、何かの呪文を唱え始めた。

 すると、メイジスライムが、明るく光り始めたではないかっ!

「こ、これはっ!」

 ぴかーっ!!!

 クオンは思わず目を閉じる。

 ばしゅぅぅぅぅぅぅ!という音に続いて、直後、甲高い声が響いた。

「ああああああーっ!!! 戻ったぁ!!!」

 目を開けたクオンの前に、クオンより少し小さい女の子が立っていた。

 11~12歳ぐらいか?ピンク色の裾の長い服の上に、濃い緑色のマントをつけている。頭には服と同じピンク色の帽子が乗っていた。髪は珍しい緑色。クオンより少し長いが、同じようにクセっ毛だ。

 女の子は、にっ、と笑ってから、手を両側に開いて、頭を下げた。今時見かけない、古風な挨拶だ。

「このカッコじゃ、はじめましてだね。あたしはファナール・ゲルターゼ。よろしくね!」

 ボクを恨んでるんじゃなかったのか? クオンは、そう思って、その疑問を直接ぶつけてみた。

「恨んでるよ。もちろん」

 ニコニコしながら、あっけらかんと、ファナールは答えた。

「でもさ。もっと大きな目的の前では、敵どうしが団結するのも、ありだと思うんだ。うん。ほら、クオンって頼り甲斐あるし、いちおう女の子だし、一緒に旅するにはもってこいだなぁってね」

「もっと、大きな目的?」

 「いちおう女の子」にいろいろとひっかかりを感じながらも、そう聞くと、ファナールは肯いて、びしっと指を右方向に向けた。

「旧都の奪回よ!」

 そう。クオンの祖先である皇帝シュペー1世は、ファナールの祖先である魔導皇帝を滅ぼして、同じ場所に都を置いた。したがって、ファナールの言う旧都は、クオンにとっても旧都になる。

 しかし、今の旧都アストベールは、モンスターの巣窟と化していた。北の魔王が、アストベール城に居を移したからだ。とてもふつうの人間が近づける場所ではない。

「アストベールは、そっちじゃなくて、あっちじゃな」

 セガルスにそう指摘されても、ファナールは指の向きを変えない。

「これは雰囲気っ!こっちにアストベールがあるって言ったわけじゃないのっ!」

「そうか。それならいいんじゃがな。どうも、お前のそそっかしいのが気になっておったからなぁ」

「あたしのどこがそそっかしいのよっ」

「姿変えの魔法を覚えたからって、うれしがって、メイジスライムに化けたりしたな?」

「う……」

 ファナールは、ぐっと詰まってしまった。クオンは、気になっていたので、ここで質問する。

「どうして、メイジスライムだとダメなんですか? 魔法使えるスライムなんだから、いいでしょうに」

「スライムは言葉がしゃべれるから、元に戻る魔法も使えるんじゃがな、メイジスライムは言葉がしゃべれん。メイジスライムが元々使える電撃魔法しか、使えないんじゃよ。ちゃんと、そう教えたはずなんじゃがなぁ」

 ファナールは、真っ赤になってうつむいている。思い当たることがあったらしい。


 ふたりは、連れ立ってセガルスの家を出た。

 姿形は違っても、ファナールは今まで一緒に旅してきたのだから、クオンとしても、ここで別行動にする必要は感じなかった。まぁ、いいや。いっしょに旅をしようか、という感じだ。

「さぁ、行こうよ。アストベール城へ!」

 クオンの腕を、ファナールが引っ張る。

「う~ん。ムチャだと思うんだけどなぁ」

 悩むクオンの顔を覗きこみながら、

「あそこに行けば、クオンの呪いを解く方法も、あると思うけど?」

 クオンは、そのネタに弱い。

「たしかに、その可能性もあるんだよな。でも、どう考えても、無謀な気がする」

「あのね、あんたの先祖は、思いっきり無謀だったのよ。でも、最後には勝っちゃったの。無謀は無敵なのっ!」

 無茶苦茶な論理だったが、クオンは苦笑して受け入れた。取りあえず、やれるだけでもやってみようか、と。

 ただ、これだけは今、指摘しておく必要があると思ったので、クオンは言うことにした。

「でも、そっちはアストベールとは方向が逆だぞ」

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