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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
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(4) 新米皇女は変装する

「ふう」

 鏡を見てため息をついているのは、皇女付きの侍女、メアレイン。彼女の名誉のためにひとこと断っておくが、別に、自分の美しさに見とれていたわけではない。

 肩よりかなり下まで伸びた赤い髪。栗色の大きな瞳。なかなかの美人さんである。

「どう見ても、似てるわよねぇ」

 鏡に映っている赤い髪を、メアレインはそっと触ってみる。この国では、赤い髪の毛は珍しい。メアレインの母親の髪も、黒い。王宮内で赤い髪をしているのは、皇帝と皇女を含めて、数人ぐらいしかいない。

「やっぱり『お約束』の魔法が働いてるのかしら?」

 「お約束」の魔法って何だろう?

「ふう」

 もう一度ため息をついて、メアレインは鏡を閉じた。

 メアレインの母親は、皇帝付きの侍女。父親は不明。メアレインが小さい頃、父親のことを聞いたとき、母フェアレインは、「それは聞かない約束でしょ?」と言ってごまかしてしまった。


「あれ? メアレイン、髪型変えたんだ」

 クオンの寝室の隣にある自分の寝室から出てきたメアレインを見つけて、クオンが声をかけた。クオン、こういうのは結構敏感なのだ。

「あ、姫様。ちょっと気分転換に」

「う~ん。いいなぁ。女のコの特権だよね」

 クオンは、そう言って笑っている。

「あの、姫様も女のコなんですけど」

 苦笑してメアレインが言うと、

「冗談じゃない。これは呪いで変えられた仮の姿なんだ。元の姿に戻るため、ボクは旅に出ることにしたのさっ!」

「はいはい……、え?」

 メアレインは、最初はナマ返事していたが、後半でクオンの言っていることの意味がわかったらしく、驚いてクオンの顔を見つめた。

「た、旅に、ですか?」

「そうさ。遥か西の国に、どんな呪いでも解けるという魔法があるんだって」

「どこから仕入れた情報です? それ」

 怪訝な顔で聞く。

「ニルゼンの野郎が持ってきた本に書いてあった」

 一国の王子様をつかまえて野郎もないもんだが、被害者としては、そう言いたくもなるのだろう。実際に身体的被害を受けているのがどちらかはともかく。

「ニルゼン王子様が?」

 露骨に怪しい。

(ニルゼンの国ビフォレスは、西の方にある。姫様をだまして連れこもうっていうんじゃないかしら。)

 クオンはお坊ちゃま育ちなので、簡単にうさんくさい話に引っかかってしまうことがある。まぁ、お人よしともいうのだろうけど。

「で、さ。考えたんだけど、皇子が国を長い間空けるのはまずいよな。メア、代わりやってくれない?」

「は?」

「だから、身代わり。メアって、ボクくとそっくりじゃないか」

 たしかに、小さい頃は、実際、しょっちゅう身代わりをやっていた。

「はぁ。で、陛下のお許しは?」

「そんなもん、くれるわけないだろう? 黙って出ていくのさ」

 自信たっぷりに言いきるが、あの皇帝陛下に黙って出ていくことなんてできるのだろうか? 陛下はクオンにはメチャ甘だが、バレたら国境を全面封鎖したり、責任者を牢にぶち込むぐらい、やりかねない。当然、お付きの侍女である自分も無事ではすまない。

「そんなぁ。私が怒られますぅ!」

「怒るわけないさ。親父は、メアを怒れないんだって」

 意味がよくわからない。

「私を、怒れない……んですか?」

 クオンは、ふふっと笑って、

「そう言ってたんだ。親父がね。理由は教えてくれなかったけど」

 ひょっとしたら、ひょっとしたら……

 ま、いいか。メアレインは、それ以上考えるのをやめた。

「わかりました。引きうけましょう。どうせ、呪いを解いても無駄だとは思いますけど、それで姫様があきらめられるのなら」

「ありがとう、メア!」

 クオンは、いきなりメアレインを抱きしめた。クオンは例によって男装しているので、ちょっと見るとラブシーンのようにも見えなくもない。ただ、身長が若干クオンのほうが低いのが残念だ。


 クオンとメアレインの「ラブシーン」を覗いていた男がいる。

「う、うらやましい……」

 その男、ニルゼンは、いつになくまじめな顔で、つぶやいた。豪奢な金髪にふちどられた、きりっとした顔は、美形キャラの面目充分だった。ただ、よだれが垂れていなければ、の話だが。

 突然、ニルゼンの後ろで声がした。

「不審なやつ!」

 ニルゼンは、繁みの中に隠れていたのだが、衛兵に見つかってしまったようだ。

「いや、私はっ!」

 ニルゼンに槍を突きつけているのは、クオン付きの衛兵、ジェイドだった。

「問答無用! 姫様の寝室を覗こうとするとは! 不届きなやつ!」

 自分も覗いていたことなど気にせず、ジェイドは攻撃態勢に入った。

「この場で殺すっ!」

 槍を繰り出すジェイド。

「わぁ! 話を聞け~」


 というわけで、クオンは旅立った。

 どういうわけかは、この際、置いておいて欲しい。そういうものなのだ。RPGっぽい物語であるからには、旅立たなければならないのだ。そして、クオンにはクオンなりの「わけ」はあるのだから。「男に戻るという」とても大切な目的が。

 さて、当然のことだったが、クオンが城から脱出したことは、すぐにバレた。いちおう、メアレインは替え玉をしようとはしたのだが、まったく役に立たなかった。そして、国中に厳戒態勢がひかれ、国境はすべて封鎖された。休暇中の兵士も非番の衛兵も、全て駆り出され、大捜索が始まったのである。

「ここまでやるか? あのオヤジ!」

 クオンは今、自分の見とおしの甘さを痛感していた。

 目の前にある立て看板には、クオンの似顔絵とともに、「発見されたらお城まで。御礼は10万バイル。かくまったら死刑」などというお触れ書きが書いてある。

 ここまでされて、なぜ発見されないか。それは、メアレインがとっさに授けたアイデアのおかげである。

「いいですか?姫様が、姫様だってわからないようにすればいいんです」

 メアレインはそう言って、変装の準備を整えてくれた。

「盲点を突くんです。姫様がこんなカッコするとは、誰も思いません。絶対に気が付かれません」

 メアレインは自信を持ってそう断言したのだが、その言葉に偽りはなかった。本当に誰も気づかない。


 タンバート王国内の、とある村。ふたりの少年兵が、村の巡回をしている。もちろん、これも姫様大捜索網の一部。

「なんだかなぁ。こういう仕事、やめて欲しいよなぁ」

「おれたち、まだ訓練中だってのにな」

 15~6歳というところか。そろそろ正規の軍役につこうかという年齢だ。クオンの衛兵のジェイドはもっと若くて仕事についているが、あれは例外だ。このふたり、なんとなく似ているから、おそらく兄弟だろう。

「おい、ベック。あれ」

 ベックと呼ばれた少年が、相棒の指さすほうを見ると、見なれない少女がいた。道端の石に腰掛けている。

 黒くてサラサラのロングヘアー。着ているのは、ワンピース風の、ごく普通の村娘が着ているような服だった。少し裾が短いが。靴だけは、旅行用とおぼしき頑丈そうなものをはいている。

 なんだか疲れたような顔をしているが、文句なしの美少女だった。

 その前には、少女の体格に不似合いなぐらい大きな旅行用の荷物が置かれている。見たところ、どうやら、無理な旅で疲れきっている・・・というところらしい。

「ふぅ……」

 少女が小さくため息をつく。

 か、かわいい!

 自分たちよりちょっと年下か? ともかく、村には、こんなかわいい女の子はいないぞ!

「ベック。仕事だ!声をかけるぞ!」

「お、おう! 兄ちゃん! 仕事だよな!」

 やはり兄弟だったようだ。ふたりは、仕事の一環だと自分に言い聞かせて、少女に近づいた。

「お嬢さん、なにかお困りですか?」

 少年兵たちに声をかけられて、少女は驚いたように顔をあげた。彼らが近づいてきたのに気がつかなかったらしい。

「ひとり旅?」

 どう答えていいものか、少女はちょっと迷っていたが、

「はい。ちょっと道に迷ってしまって」

 ちょっと涙目になりながら、か細い声で答えるのが、またなんとも、保護欲をそそる。

「それなら、おれの家で休んでいきませんか?地図もありますよ」

 おいおい。いきなり初対面の女の子を家に誘うか?


 ふたりの兄弟は、有無を言わせない迫力で、少女を家に連れ帰ってしまった。

 家にはふたりの母親がいて、少女のために食事まで用意してくれた。そして、ベッドまで用意してくれたのだ。

 本気で疲れきっていた少女は、その好意に甘えることにした。

 そして、その夜。

「兄ちゃん、見える?」

「まっくらで何も見えないな」

 ふたりの兄弟は、暗がりでヒソヒソ声で話している。どこかというと、クオンが寝ている部屋である。

 こいつらは、いったい何をしようとしているのか? ひょっとして、いわゆる「夜這い」ではないのか?

 同じ年頃の女の子が珍しいのはわかるし、興味津々なのも理解できる。しかし、していいことと悪いことの区別もつかないのか? 君たちは!

 そんな心配をよそに、暗がりの中、兄が先、弟が後で、そろりそろりとベッドに近づいていく。

 かすかにさしこんで来る月の光に、ベッドの上の毛布がふくらんでいるのが、わずかに見えた。

 ゴクリ。つばを飲みこむ音。

 そっと近づいた兄が、毛布に手をかける。

 その兄の手に、なにかぷにぷにした感触のものが触った。

 次の瞬間。

 ぴかっ!

 暗闇の中に、光が爆発した。

 ばりばりばりばり……どかーーーーーーーん!!

 光と音が消えた後、兄弟は、何が起きたかわからないまま、黒コゲになっていた。

 その原因は、と見ると、ベッドの上では、ピンク色のスライムが、キラキラと残光を放っている。

 そう。メイジスライムの放った電撃だったのだ。

 少女が持っていた大きな荷物の中には、このメイジスライムが入っていたわけだ。

 そして、被害者になるのをまぬがれた少女は、部屋の反対側の床で、別の毛布にくるまって、スヤスヤ寝息を立てている。のんきなもので、まったく起きる気配もない。

「まったく、あんたたちときたら」

 黒コゲの兄弟の後ろに、怒りのオーラをまとった、母親が立っていた。

「情けない! こんな子たちに育てた覚えはないんだがねぇ」

 そう言いながら、息子たちを引きずっていく。母は強い。


 少女はもちろん昨夜のことは知らないし、寝ぼけていたメイジスライムも、自分が電撃を放ったことは覚えていないだろう。

 ともかく、少女は、朝ご飯をご馳走になってから、ふたたび出発した。

 兄弟が名残惜しそうに見送っている姿が涙を誘う。

 さて、ここで念のために説明しておこう。黒い髪の毛はもちろんカツラだ。つまり、クオンが女の子でありながら女の格好をするのを徹底的にいやがっていることを最大限に利用した変装なのである。クオンがこんな姿で道を歩いているなど、誰も想像しない。そういう意味で完璧な変装だった。

「こ、これも、目的のため!」

 クオンは、自分にそう言い聞かせて、くじけそうになる心を奮い立たせていた。それでも、その格好に着替えている間、メアレインが用意した鏡だけは絶対に見ないようにしていたようだが。

 しかし、盲点は、クオンとメアレインの側にもあった。ひとつ大きなことを見落としていたのである。女の子の姿をしたクオンは、とびきりかわいかったのだ。かわいい、年頃の女の子が一人旅をしていて、目立たないわけがあるだろうか?

 おかげで、行く先々の村や街で、ナンパ少年たちに取り囲まれたりする。暴れると正体がばれるので、クオンはひたすら逃げ回るようにしていたが、自分がどうして男の子たちに追いかけ回されるのか、わからない。正体がばれたわけでもないらしいのに、と、ひたすら首をひねる。

 今回もなんとか、兄弟の魔の手(笑)をのがれたクオンだったが、またしても新たな障害に出会った。……いや、新しくはないな、障害としては。

「お嬢さん」

 その声に、ぞくっとして、クオンは振り向いた。

「げ」

 思わずそう漏らしたのも無理はない。おなじみのニルゼン王子だった。今日は、背中に大きな金色ののぼりを立てていた。赤い文字で「クオン姫様捜索隊」と書いてある。のぼりのてっぺんには、色とりどりの吹流しがついていて、風にたなびいている。この男は、限界というものを知らないらしい。

「お嬢さん、お困りの様子ですね。私は美しい女性がお困りなのを見ては、放ってはおけないたちなのです」

「う」

 クオンは絶句している。うかつにいつものように蹴り飛ばすわけにもいかない。そんなことをしたら正体がばれてしまう。

「私が思いますには、観光旅行に行こうと思っていたら、国境封鎖で足止めされてしまった。というところでしょうか?」

「は、はい」

「それならば、私がお連れしましょう。美しいお嬢さんのためなら、国境のひとつやふたつ、越えて見せますとも」

 クオンは、必死に嫌悪感と戦いながら、それでも目的のために耐えた。ニルゼン王子といっしょなら、国境を越えられる可能性が高いからだ。

「はい……お願いできますでしょうか?」

 心の中で(げろげろ)と言っていたことは言うまでもない。でも、がまんがまん。


 さて、ニルゼンに伴われたクオンは、国境の関所にやってきていた。

 広い川にかかる橋のたもとという、いかにも関所にふさわしい場所である。この橋を渡れば、隣国に入る。もちろん、隣国とはニルゼンの国ビフォレスではない。ビフォレスはずっと遠いところにある。

「おや、ニルゼン王子様、国にお帰りですか?」

 すっかりおなじみらしく、関所の兵士が気軽に声をかけてくる。そりゃそうだろう。ニルゼンは、少なくとも、月に一度はここを通っている。ちなみに、自分の国にいる期間よりも、タンバートに来てクオンを追いかけ回している期間の方が長いらしい。

「今回はお連れの方がいらっしゃるんですね? クオン皇女殿下に言いつけちゃいますよ?」

 後ろについてきているクオンを見て、兵士がニヤニヤ笑いながら、からかった。

「はははは。こんなことで、私のクオン姫への愛が、疑われるわけはない。心配は無用だ」

(心配だよ。……あんたの頭の中が。)クオンは、つくづくそう思ったが、口に出すわけにも行かないので、おとなしく黙っていた。

 ともかく、こうして、国境は、あっさり突破できたのだった。


 クオンたちが去った後、関所の兵士は、奥に座っていた上官らしき兵士に声をかけた。

「いいんですか?」

「まあ、いいさ。愛娘の可愛い姿を見れたことでよしとしよう」

 目深にかぶっていた兜を取ると、満面に笑みを浮かべているヒゲ面は、なんと皇帝陛下エリオン3世その人だった。

「やっぱりかわいいよなぁ。男のカッコするなんてもったいないよなぁ。な? そう思うよな?」

 どう答えていいものか迷ったが、兵士は答える。

「はあ。恐れ多いことではありますが」

「可愛い子には旅をさせなきゃならんのだよ。うん」

 満足感に浸っている皇帝を見ながら、兵士はふと思った。

(全国で皇女様捜索に大動員された兵士たちは、すごい無駄だったんではなかろうか? いや。それとも、このおっさん、姫様が女の子の格好をするのまで予測して、それを見たいだけのために、ここまでやったのだろうか?)

 兵士は、これ以上考えるとヤバそうなので、考えるのは打ちきって、仕事に戻ることにした。

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