(2) 新米皇女は勇者様
朝、ベッドから出てきたクオンは、着替えをしようとして、クローゼットを開けた。ここまでは、いつも通り、日常の光景だった。しかし今朝は……
「な、なんだ! こいつはっ!」
中を見ながら憮然としているクオン。いちおう皇女様(自称皇子様)なので、着る物は、そこそこぜいたくに揃えているはず。実際、なかなかぜいたくなものが揃っている。なのに。
「どうしたんですか?」
固まっているクオンを心配して、侍女のメアレインが、とことこと近づいてきて後ろから覗きこんだ。メアレインの寝室は隣だ。侍女として当然のように、クオンが起きるよりも前に、着替えまで済ませている。年が若くても、プロというのはこういうものだ。
メアレインは、ワードローブの中身を見て、思わず、ぷっ、と吹き出した。……いうまでもないことだが、プロは、こういうことをしてはいけない。
「その様子だと、メアじゃないんだな。犯人は」
「あら、わたしなら、もっとうまくやりますわ」
しれっとして言うメアレインに、
「よく言うよ」
クオンはそう言ってため息をつく。
クローゼットの中には、色とりどりのドレスが並んでいた。残念ながら、どれも決して趣味がいいとはいえなかった。赤、白、黄色。とにかくキラキラ、フリフリだらけのすごいものばかり。どっちかというと、ロリっぽい。(笑)
「とりあえず、今日、着て行くものがありませんわねぇ~」
言っている内容とは違って全く困っていないような声で、メアレインが言うと、クオンは憮然として、
「犯人のとこに行って取り返してくる」
クオンは、父親である皇帝を、城の中庭で見つけた。
諸国の王の頂点に立つ王の中の王、帝都を終われた流浪の帝国の皇帝、エリオン3世は、侍女のフェアレインを従えて、焚き火をしていた。
いかに滅びた国とはいえ、皇帝は皇帝。その皇帝陛下が、なぜにみずから焚き火?
クオンは気付いた。
「オヤジ、その焚き火、何を燃やしてるんだ?」
「おお。かわいい我が娘ではないか」
エリオン3世は、ひげ面をほころばせてクオンを迎えた。皇帝はクオン同様の赤毛で、もちろん立派なひげも赤い。
クオンはジロッとにらんだまま、
「質問に答えろ」
「いかんな。仮にも、おまえのようにかわいい女の子が、お父さんに『オヤジ』とは」
ピントがずれているような気がする。
フェアレインが、クオンの後ろについているメアレインを見つけて、声をかけた。
「メア、だめじゃないの。姫様にちゃんとした言葉遣いを教えてさしあげるのも、あなたのお仕事でしょう?」
「お母さんのお仕事は陛下のお世話でしょ? よけいなことはしないでください」
皇帝陛下お付きの侍女フェアレインは、皇女殿下お付きの侍女メアレインの母親である。
メアレインの容姿がクオンによく似ているせいもあって、メアレインの父親は、エリオン3世ではないかという噂もあるが、本当のところはわからない。
それはそうと、肝心の親子の会話が全然進んでいない。クオンは、もう一度聞いた。
「その焚き火の中で燃えてるのはなんだ?」
クオンの問いに、エリオン3世にかわって、フェアレインが答える。
「あらあらなにごとかと思ったら、姫様。それはね、女の子の部屋に男物の服があったもので、きっとなにかの間違いでしょう、と」
まったく悪びれるところもなくそう言うフェアレインの言葉を受けて、やっぱりという顔で、クオンが首を振る。
「クソオヤジ、今日来ていく服がない。貸せ」
「たくさん、あるではないか。よりどりみどりだぞ?」
「趣味の悪いドレスのことじゃない。普通の服だ」
「趣味の点はね、わたしもちょっと、ひとこと申し上げたんですけどね」と、フェアレイン。
「フェア~、裏切るなよぉ」
皇帝が情けない声を出す。
「裏切るとか、そういうレベルの問題ではないような気もしますけど」
フェアレインは素っ気ない。
結局、クオンは、今日来ていく服を、まだ見つけられない。
「こうなったら、最後の手段だ!」
「まさか、その夜着のまま外に行くとおっしゃるのでは?」
メアレインが釘をさす。
「その手もあったな」
「違うんですか?」
「ジェイドの服を借りる」
ジェイドはクオンの護衛役の少年兵である。年齢はちょっと下だが、体格はクオンに近い。今も近くで、ひっそりと見守っているはずだ。
「ジェイド!服を貸せ!」
クオンが呼びかけると、びゅん、と風が舞った。と思うと、槍を抱えた少年が目の前にひざまずいていた。
「姫様! そのようなもったいないことは出来かねます! これにてご免!」
それだけ言うと、ジェイドは、びゅん、と消えてしまった。
「お、おい、もったいないもなにも」
「姫様、ジェイドも困っていますわ。それ以上いじめないでくださいな」
メアレインは笑いながらとりなす。
「困ってるのは、ボクのほうなんだけどな」
そう愚痴っていると、突然、赤いバラの花びらが何枚も舞い落ちてきた。
「おお、愛しのわが姫よ! なにかお困りの様子ですが」
キザなセリフとともに唐突にあらわれたのは、またもやニルゼン王子。この王子様、自分の国に帰ってないのか?
今日の王子様のお召し物は、上から下まで金色で固めていた。さらに、頭の上には1メートルぐらいの高さの金色の羽が3本立っている。で、手には1本の赤いバラ。
「姫のお役に立てるなら、なんでもいたしますよ! さあ、おっしゃってください!」
すう、と息を吸い込んで、クオンは言い放つ。
「用があるのは、普通の男だ」
ニルゼンは愕然とする。
「姫! いったいどうなさったのです! 姫が普通の男に用があるなどとは」
「いや、言い方が悪かったな。普通の男の服が欲しいだけだ」
ニルゼンは、にっこりと微笑んで、
「わかりました。私でよろしければ、服だけとは言わず、中身も差し上げましょう!」
クオンは、一瞬きょとんとしてから、すぐにその言葉の意味に気がついて、一言。
「帰れ」
ちなみに、そう言って後ろを向いたクオンの顔がちょっと赤くなっていたのは、メアレインしか見ていない。
植え込みのかげで、ジェイドが鼻血を出して倒れていた。
「お、おれの服を、ひ、姫さまがっっっ」
どうやら、妙な妄想をしていたらしい。
どしゅっ!
黄色いラージスライムが、洞窟の壁に叩きつけられた。
ラージスライムというのは、スライムの一種で、スライムより一回り大きい。そして、戦闘力も高い。
色は、黄色が多いが、緑や青いのもいる。ふつうのスライムより派手な色をしていると思えばいいだろう。
クオンは、結局、メアレインに頼んで男モノのように見える服を入手していた。今は、それの上に皮のよろいを付けている。
「つ、強くなったスラ」
ラージスライムは、のろりと壁から床に滑り降りながら、クオンに言う。クオンは以前、このラージスライムに負けているらしい。
「預金することにするスラ」
「あ、ありがとう……ございます……ふぅ」
勝ったとはいえ、すっかり息があがっているクオン。
「どうせなら、もうちょっと奥に行ってみるスラ」
10バイル貨を3枚、ちゃりんと落としながら、ラージスライムがそんなアドバイスをする。
「何があるんだ?」
「それは言わないお約束スラ」
「誰との約束なんだよ?」
「『お約束』スラ。『約束』とは違うスラ」
意味不明のラージスライムの台詞は無視して、クオンは30バイルを拾い上げる。
「金持ちなんだなぁ」
「まだまだこんなものじゃないスラ。ここの一番奥に、金持ちがいるスラ」
「そいつ、強いのか?」
クオンは、預り証を書きながら、興味津々といった顔で聞く。
「強いスラ。HPが30もあるスラ。魔法も使うスラ」
「HPってなんだ? はじめて聞くぞ?」
「生命力の強さを数値化したものスラ。大きいほど、なかなかやっつけられないスラ」
クオンは、ふぅんと頷いてから確認する。
「おまえはいくつなんだ?」
「たぶん10ぐらいだスラ」
いいかげん、この「スラ」言葉も飽きてきたな。
スライム属との付き合いが長くなってきたクオンは、ふとそう思った。というか、今までスライム属しか倒したことがなかったりする。(笑)
ラージスライムに言われた通り、クオンは洞窟を少しだけ奥に入ってみた。
もちろん、一番奥まで行ってHP30のモンスターとやり合う気はない。
「?」
光が奥のほうからこぼれている。
クオンは手に持っていたたいまつの火を消してみた。
暗くならない。少し進むと、明るい光源の中心に祭壇らしきものがあった。光っていたのは、そこにある神像だった。
神像は、水の女神ナイベルのようだ。長い髪が水のように波打っているオーソドックスな石像だ。泉や池などの近くでよく見かける。
「あいつが言ってたの、これのことかな?」
祭壇の石像の顔を見上げて、クオンは首を傾げた。ほぼ等身大。クオンよりも背は高いが、人間ならば少女といっていい姿だった。
次の瞬間。石像が激しく光り輝いた。
そして、石像だったはずのものが、水色の長い髪をもつ少女の姿に変わっていく。
石の色だった肌も、だんだん鮮やかな人の肌に変わる。そして、蒼い瞳が開いた。
そして、唖然としたままのクオンに、その女性は声をかけてきた。
「ああ! 勇者よ! よく来てくれました!」
「め、女神さま?」
「わたくしは、水の女神ナイベル。あなたを!、そう、あなたという勇者を導くものです!」
「勇者だって? ボクが?」
「もちろんですわ」
クオンは一呼吸おいて、
「ここを通るやつ全員にそう言ってんだろ?」
女神は、一瞬ぎくっとするが、すぐに、にこやかな笑みを取り戻す。
「そ、そ、そんなことは、あ、ありませんわ。ほほほほほ」
あからさまに、あやしい。
「まぁ、いいや。で、ここで何かくれるのか?」
ナイベルは気を取りなおしたらしい。ごほんとせき払いして、
「ここでセーブしますか?」
「セーブ? なんだそりゃ」
「あなたが不幸にして戦いに倒れても、直前にセーブしたところで復活するのです」
「よけいなお世話だ」
「え?」
ナイベルは、クオンの言ったことが、一瞬理解できなかったらしい。
「あの、もう一度」
クオンは、いやそうな顔をして、同じ台詞を繰り返した。
「よけいなお世話だって言ったんだ」
「がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
ナイベルが、両手で頭を押さえながら、よろよろっと倒れかける。
「そんな、そんなひどい……。わたくしの立場は? わたくしの出番は?」
「神様の力など、頼っちゃいけないんだよ。ボクら人間は」
「ゆ、勇者さま!」
ナイベルは、今度は感動しているらしい。
がしっとクオンの手を取ると、
「すっ、すばらしいですわっ! やっぱり! あなたこそ本当の勇者さまなんですわっ!」
「だから、勇者ってのは」
「このナイベル、かげながら、あなたの大冒険を見守っていきますわっ!」
「はぁ?」
「少女勇者の大冒険を!」
クオンは、最初の2文字に反応しかけたが、さすがに女神様をしばき倒す勇気はなかったのでがまんする。
その一瞬のスキをついて、女神様は洞窟の奥のほうに走り去っていった。
「なんだったんだ……?」
ある日、クオンは別の洞窟でスライムたちと戦った後、やはり洞窟の奥で、例の神像と同じモノを見つけてしまった。
石像のナイベルに向かって、クオンは声をかける。
「かげながら見守るんじゃなかったのか?」
「ああっ!わたくしなんていらないのねーーーっ!」
女神様は、石像から人の姿に瞬時に変化すると、わぁ~ん、と泣きながら走り去ってしまった。
「だから、いらないって言ってるじゃないか。聞けよ。人の話を」
クオンは、ぼそっとつぶやいた。そして、祭壇を振り返る。
「この祭壇どうするんだ?石像がなくなっちまって」