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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
27/28

(特別編)新米支店長は読書する

オマケ編です。

「う~ん」

 机の上に開いた本をにらみながら、クオンがうなっている。

 アストベール城下、タンバート銀行アストベール支店の支店長室。クオンは十五歳の若さで支店長を勤めているわけだが、父が頭取だからという七光りによるものでもなく、元皇女様という血筋によるものでもなく、実力で勝ち取った地位だった。アストベール支店の存在そのものが、クオンとその仲間たちの力がなければ、できなかったはずのもの。誰もがその地位を当然と認めていた。ただ、実際のところ銀行は常に人手不足なので、支店長だからといって支店の奥でふんぞり返っていることはできない。ほとんど毎日、一日中営業回りをしていた。しかし、この二~三日は違う。クオンは、ある本を持って閉じこもってしまったのだ。

 数日前、「水の魔女」ビスマがやって来て、クオンに本を置いていった。それがきっかけだった。

 どうやら、かなり難しい本のようで、クオンは悪戦苦闘しているのだ。いったい、どんな本なのだろう?


 ちょうどお客さんがいない隙を狙って、クオンはカウンターに座っていたメアレインに声をかけた。

「わからない単語を教えて欲しいんだ」

 メアレインは首をかしげた。クオンの学業成績は決して優秀とは言えないが、読書好きなこともあって、国語は得意だったはず。どうして自分などに質問するのだろう?

「辞書にも載ってないんだ。う~んと。正確に言うと、載ってる単語もあるんだけど、どうも意味が違うみたいってことなんだ」

 なるほど。俗語のたぐいね、とメアレインは気が付いた。

「はい。わたしでわかる言葉なら」

 メアレインだってお城の中で育ったので、俗語はちょっと自信がない。

「じゃあ、まずコレ。俺様の猛り狂う怒張を突……っ」

 メアレインは、クオンに最後まで言わせなかった。顔を真っ赤にしながら右腕でヘッドロックを食らわして、そのまま応接室に引きずっていったのだった。しょうがないですわねぇ、という顔で、隣のカウンターのナイベルはふたりを見送った。

 応接に入ってドアを閉め、クオンをソファに座らせると、メアレインはその向かい側に座った。その上で両手を、ばんっとテーブルに叩きつける。

「お姉様っ! いったい! 何のご本を読んでらっしゃるんですか!」

 姉妹であることが明らかになって、メアレインはクオンを「お姉様」と呼んでいる。あいかわらずていねいな口調は、姫様と呼んでいたころと変わっていないが。

「え~と~」

 しぶっていたクオンだったが、メアレインは容赦しない。

「出してください!」

 しぶしぶという顔で、問題の本をメアレインの前に差し出す。

 メアレインは、かかっていたカバーを外してみた。

 やっぱり。メアレインは顔をしかめる。その本のタイトルは「煽情ロマンス(一)喘ぐ人妻の滴り」となっていた。

 メアレインも「煽情ロマンス」というシリーズ名は聞いたことがある。この街に新しくできた出版社が始めた、大人向け小説のシリーズだ。ぶっちゃけた話、18禁小説である。作者は不明だが、かなりの人気らしい。

 本をよく見ると、付箋がたくさん付けてある。わからないところをチェックしてあるのだろう。パラパラとめくると、あちこちにペンでラインが引いてあった。それもたいてい赤面するような単語や言いまわしばかり。勉強熱心なのはいいが、コレが教材というのはちょっと困る。

 本をパタンと閉じて、メアレインは宣言する。

「没収します」

 それが結論だった。

「せっかくビスマがくれたのにぃ~」

 残念そうなクオン。内容がよくわからないなりに、おもしろかったらしい。


 鍋の中で、ごとごととシチューが煮えている。その前に、クオンが難しそうな顔をして立っていた。クオンはピンク色のエプロンを付けている。長くなった真っ赤な髪の毛は、じゃまにならないように白いリボンで結んでいた。これはクオンが料理に挑む時のいつもの格好だ。

 タンバート銀行アストベール支店に住み込みで働いているのは、支店長のクオンの他、副支店長のニルゼン、カウンター係のメアレイン、守衛のジェイドの四人だ。ジェイドはタンバート城でクオン専属の衛兵だった少年だが、戦いの後アストベールにやって来て、当然のように同じ仕事に復帰した。守る対象が皇子だろうと皇女だろうと支店長だろうと、ジェイドには関係ないらしい。

 住み込み組の中では、食事はほとんどメアレインが担当しているのだが、今日のようにメアレインが仕事から手が離せない時などはクオンが作っている。師匠であるメアレインの教え方がいいのか、料理の腕はかなり上がってきていた。

 今、クオンの表情がすぐれないのにはわけがある。ダイコンが手に入らなかったのだ。シチューにダイコンが入っていないのは普通だと思うのだが、クオンにしてみればそうではないらしい。どうしてもダイコンは入れたかった。

 ダイコンが入っていないシチューなんて、クオン風シチューじゃない。やっぱりもう少し遠くの八百屋まで探すべきだったか?しかし、支店長という役職についている以上、そんなことをしているわけにはいかなかった。

 悩むクオンは、気が付かないうちにステップを踏んでいた。最近ずっと練習させられているダンスのステップを。

 国王になったアルダールから、お城の舞踏会に招くから練習しておいてね、と言われて練習しているのだ。クオンはもちろんイヤだったが、支店長という立場もあり、断るわけにはいかなかった。しかも、そういう場所での出会いが商売に結びつかないとも限らないから、出ないわけにいかない。

 クオンはよくわからないメロディを口ずさみながら、足をちょっとずつ動かしている。そんなところを誰かに見られたらバカ丸出し。しかし、そんな後姿を、仕事が一区切りついて様子をうかがいに来たメアレインが見ていた。

 最初は足だけでちょこちょこ動いているだけだったが、手も動き出し、だんだん本格的になって来る。いつのまにか、そこに相手がいるかのような動きになっていた。旅芸人の踊り子をやった時もそうだったが、運動神経とリズム感がいいから、こういうのは飲みこみが早いのだろう。

 架空のダンスの相手は、どうやら、長身の男性のようだった。

 こんな状況で声をかけるようなことなど、できない。メアレインは声も立てずにくすっと笑うと、足音をさせないように店の方に戻った。


「戻りました。姫」

 営業から戻ってきたニルゼンが、キッチンにまで報告に来た。あいかわらず「姫」と呼んでいるところが律儀というか。

 ちなみに今回は真っ赤な鎧を着ている。魔獣たちを相手に戦って預金集めをしていたのだ。クオンが外に出ないときは、それはニルゼンの役割だった。それにしても真っ赤な鎧、目立ちすぎ。頭にはツノがついてるし。街の中もその格好で歩いて来たんかい。…というようなツッコミをしても時間のムダなのはよくわかっているので、クオンは簡潔にねぎらうことにした。

「お疲れ様」

「ああっ! 姫っ! そのひとことで私の疲れなど全て吹き飛びます!」

 なんだか感激しているらしい。

 そしていきなり、鎧のまま、クオンに抱きついた。

「ぐえっ! く、くるしいっ!」

 鎧を着たまま思いっきり抱きしめたものだから、クオンはたまらない。手足をじたばたして、もがいている。

 ぶんぶん暴れているうちに、ニルゼンの両手がクオンの胸をまともにつかむような体勢になってしまった。

「き」

 一瞬で真っ赤になるクオン。

「きゃぁあーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 絶叫の直後、ニルゼンが吹っ飛んだ。叫び声にひるんだニルゼンを、力の限り蹴飛ばしたのだ。

 クオンは、胸を自分の手で押さえながら、ぜーぜーと息をしている。真っ赤な顔をしたまま、ニルゼンをにらんでいる。

 と、倒れているニルゼンの横に落ちているものに気付いた。

 ニルゼンが持っていた皮の袋からはみ出ていたのは、白い物体。ダイコンだった。どうやら、営業活動の帰りに買って来たらしい。

 クオンが何も言わずとも、欲しいものを察して買って来てくれたのだ。そうと気付いたクオンの顔が、ぱあっと明るくなった。現金なものである。

 そして、ニルゼンの側に駆け寄ってしゃがみこむ。

「だいじょうぶか?」

「はい。……今日は水色なのですね」

 起きあがりかけたニルゼンの言葉に、しばし、なんのことだろうと考えこむクオンだったが、やがて気付いた。クオンはスカート。しかも今日のはけっこう短い。うかつにしゃがんだら、中が見える。今日の下着は……水色。

 直後、めきっ、とニルゼンの顔にクオンの足型がめりこんでいた。これは効いたかもしれない。合掌。


「う~ん」

 クオンが真剣な顔で本を読んでいる。タイトルを見ると、「煽情ロマンス(二)私を濡らして」となっている。

 どうやらビスマが置いていったのは、一冊ではなかったらしい。

 でもやっぱり、内容はよくわからないようだ。

 ニルゼンに教えてもらおうとしたこともあるのだが、

「わかりました。手とり足とり、実地で教えてさしあげましょう」

 と言われたので、やめた。手とり足とりというのがどういうものなのか、興味がないこともなかったのだが。

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