(23) 新米皇女は決戦へ
「確かな情報じゃないけど」
そう前置きして、ファナールが報告する。
「ヘルセフトのお城が陥ちたらしいわ。今朝」
ヘルセフト王国は、ビフォレス王国の東隣の国。ビフォレスのような強力な軍を持たないため、国境での防衛を断念し、全軍で城に立てこもって応戦したのだが、一日しか持ちこたえられなかったらしい。
クオンたちは、いにしえよりの都、アストベール城を望む高台に馬車を止めていた。意外に警備が手薄で、城が見えるところまで簡単に来れたのだが、そのわけがファナールの話でわかった。魔王軍は大部分が出払ってしまったのだ。人間の国々を侵略するために。
「わがビフォレスとリトアイザンは充分な戦力を持ってますから、まずだいじょうぶでしょうが、他の国々は……」
ニルゼンは、後ろを振り返りながら、後半の言葉をにごした。ナーゲル王国もエリムダンク王国も、魔王軍にとっては鎧袖一触だろう。もはや、一刻の猶予もない。
今、彼らが見おろしているアストベール城は、小さな盆地の中央にあった。リトアイザン城やビフォレス城など比較にならない巨大な城だ。かつては城の周りに人々が住む街が広がっていたのだが、今はそのあたりはすべて廃墟となっている。長い年月がたってはいるが、廃墟の中心にある巨城の威容はいささかも衰えていない。高い城壁、各所に林立する塔。石と金属で作られた、天然の大要塞である。ここに大軍が配置されていれば、それこそネコの子一匹入ることはできないだろう。
しかし今、防御のために配置されているモンスターは、かなり減っている。突入のチャンスだ。そして、魔王さえ倒してしまえば。
「行こう。ぼくたちの戦いが、この大陸の将来を決めるんだ」
クオンが、なんだかカッコイイことを言っている。しかし、クオンの本音は別のところにあった。
「ぼくを女にしやがった元凶はきっと魔王だ! 魔王を倒せば、ぼくは男に戻れる!」
「そういう本音は、声に出さないでください」
と、すかさずメアレインがツッコミを入れた。
「え? ぼく、今、口に出してた?」
「出してました」
「あははは」
「というような、うっかり姫様だけを行かせるわけにはいきません。今回はわたしも行きます」
メアレインが決意を口にした。メイドの衣装のままなんだけど、その格好で魔王と戦うの?
「うっかり姫様……」
クオンがちょっとショックを受けていた。事実なだけに、よけいに。
「うわあっ! 上っ!」
ファナールが声をあげた。上空から、全長一メートルぐらいありそうな巨大なコウモリの群が襲いかかってきた。
空の敵に対しては、弓が有効だ。「風傑の弓」を上に向けるニルゼン。ファナールの魔法も有効なのだが、こんなところで無駄に使うわけにはいかないから、城に入るまでは使わないという約束になっている。「大地の鈴」も、困ったことに持ち主の魔導力を消費してしまうことが判明しており、こんなところでは使えない。ニルゼンも、防御力強化の魔法など、いつもなら補助的に利用している魔法を使っていない。後で必要になることがわかりきっているからだ。
風の矢を次々に射るニルゼン。
「敵が多すぎます! これでは追いつきません!」
クオンもアルダールも、襲いかかってくる大コウモリを剣で防いでいるが、これは厳しい。
クオンがメアレインを、アルダールがファナールをかばいながら戦っているが、「炎帝の剣」を持つアルダールはともかく、ふつうの剣で戦うクオンは苦しかった。大コウモリのツメが、クオンの腕を切り裂き、血が飛んだ。
「くっ!」
「姫ぇーっ!」
ニルゼンが叫ぶが、どうしようもない。
その時、十数本の矢が、ほぼ同時に飛んできた。
しゅしゅしゅしゅしゅ!
そして、それぞれが大コウモリ1匹ずつに突き刺さる。1本も外れていない。見事なものだ。
ぐえーっ!
すさまじい声をあげて大コウモリたち。
わずかに間をおいて、もう一回、十数本の矢。
大コウモリたちはあわてた。クオンたちへの攻撃をやめ、新しい敵に向おうとする。
いったい、だれが……?
クオンたちが矢の飛んできた方を見ると、そこには、弓をかまえた十数人の弓兵が並んでいた。そして、その中央には……
「リトアイザンのジャド! 非力ながら援護つかまつる!」
そう叫んだのは、東エレカルの砦を守っているはずの、ジャド将軍だった。彼は、旅芸人一座としてのクオンたちに会っているが、その正体は知らないはず。なぜ、ここに?
「ユイリ殿から話は聞きましたぞ。存分になされませい! ここは、わしらが引き受け申す! アルダール姫様! そしてクオン姫様!」
矢を放つ手を緩めることなく、ジャド将軍は大声でそう呼びかけた。
「ユイリが……」
アルダールは、ユイリが無事なことにホッとした。やはり心配だったのだ。
「ありがとう! 将軍!」
クオンは、礼を言うと仲間たちに向って、
「この隙に突っ切ろう!」
「オッケー!」
「行きましょう!」
走り出した彼らの背後で、ジャド将軍の声が聞こえた。
「あの子には指一本触れさせんぞ!魔族どもめ!」
ユイリから事情を聞いた彼は、クオンを守りたい一心で、直属の弓兵だけを率いてここにやって来たのだ。クオンが本当に娘のように思えたのだろう。
押し寄せる炎をまとった馬のようなモンスター。
走る速度が人よりもはるかに早い上に、火の粉をまきちらすので、始末が悪い。まわりを走りまわるだけなのだが、クオンたちは動きが取れなくなってきていた。
しかし、困りきったクオンたちの耳に、火の馬たちとは異なる馬蹄の響きが聞こえてきた。
ドドドドドド!
「ふはははは! 弟よ! 苦戦しているようだな!」
駆けて来たのは、十数騎の騎士たちだった。全員、手に大きな槍をかかえ、重厚な装甲に身をかためている。これこそビフォレス王国の最終兵器。「ビフォレスの盾」とも言われる重装騎兵軍団だ。
重装騎兵とは言っても、指揮官であるタウゼン王子だけは、いつも通りの「超軽装」だったが。
「兄上。なぜ?」
クオンたちの側に駆け寄ったタウゼンは、ニルゼンの問いに、手に抱えた大槍で火の馬をけちらしながら答える。
「ユイリとやらいう盗賊娘に聞いた。まぁ、あんまり手伝ってはやれんが、好きなようにしろ」
ユイリは、リトアイザンだけでなく、ビフォレスにまで連絡をつけていたのだ。すごい活躍ぶり。
「さぁ、こいつらは引き受けた。その可愛い婚約者殿をちゃんと守るんだぞ!」
「兄上……」
ふんどし一丁の筋肉男は、くるりと背を向け、大槍をかまえて火の馬たちの群を蹴散らして行く。
「ニルゼンって、婚約してたんだ。でも、可愛い婚約者って誰?」
クオンのボケが、緊迫感をちょっとだけ削いだことを付け加えておかなくてはなるまい。
また、ニルゼンがその後数分間、脱力して使い物にならなかったことも追記しておく。
今度はアンデッドたちの大群が、地面から湧いて出てきた。ゾンビやスケルトンといった連中だ。
「じゅるじゅる」
「カタカタ」
口々に意味不明なことをつぶやきながら、不気味に迫るアンデッドたち。
定石通り、アンデッドには炎が有効だ。アルダールは「炎帝の剣」を振り回しているが、キリがない。どんどん、どんどん地面から湧いて出てくる。
「このあたりって、昔たくさんの人が死んでるらしいから」
アストベール城は、過去二回、激戦を経て陥落している。当然、戦死者も多かっただろう。
「もう、しょうがない。魔法使っていい?」
ファナールがメアレインに聞く。なぜ聞く相手がクオンやアルダールではなく、メアレインなのか。ファナールに言わせれば、こういう場合、もっとも適確な判断をするから、だそうな。たしかに、後方で全員を見ているから、指示が出しやすい立場なのだ。
「まだです。まだがまんしてください」
いちおう、ファナールもメアレインも剣を持って戦ってはいるが、気休め程度。ニルゼンの「風傑の弓」とアルダールの「炎帝の剣」がなければ、とっくに全滅していただろう。
しかし、それも限界だ。
メアレインが、ファナールに魔法を使ってもいいと指示しようと思った次の瞬間。
ゴワーーーーーッ!!
クオンたちの回りに赤い炎が立ちのぼった。
「うあっち」
クオンなどは、火の粉でちょっとヤケドしたらしい。 しわがれ声の呪文詠唱が聞こえる。
「タリスドラス!」
今度は、上から白く輝く炎が降り注いだ。
アンデッドたちは、その炎を浴びて、次々に地面に消えていく。
「今のは、まぼろしの呪文……最上級の神聖炎魔法ではないですか!」
本来は神官であるニルゼンは、その呪文を知っていた。残念ながら自分では使えないが。
赤い炎と白い炎がおさまった後に、魔法使いの服装の老人と神官の装束の女性が並んで立っていた。ふたりとも、にこにこ笑いながら。
炎の二段階攻撃は、このふたりによるものだったのだ。
「神官長!」
「お師匠!」
ニルゼンとファナールが同時に声をあげた。それは、ニルゼンが修行していた神殿の神官長、ミルバと、ファナールの師である大魔法使い、セガルスだったのだ。
「お元気そうでなによりです。ニルゼンさん」
と笑顔で挨拶するミルバ。
「おう、ファナール。久しぶりじゃのう。がんばっておるか?」
セガルスは、そう言いながらファナールの手をつかんで握り締めた。
「ほっほう! ずいぶん鍛えたようじゃな。安心安心」
「でも、お師匠、どうして、ここに」
「わしは何でも知っとるよ。で、こっちに来る途中で、ミルバのところに寄って連れてきたんじゃ」
「あれ? お知り合いなんですか?」
「おや? 言わなかったか? ミルバはわしの娘じゃが」
ミルバはうんうんとうなずいている。それを確認したファナールは、
「え?てことは、お師匠、結婚してたんですかっ?」
そう言って、父娘の顔を交互に見比べる。
弟子入りして相当の年数がたつのに……。ファナール、気が付かなかったのか?
そんなファナールの頭を、セガルスはぽんっと叩いた。
「さぁ、またアンデッドどもが出てこないうちに、行くがよい」
ファナールはわからなかったが、この時セガルスから流れ込んだ魔導力で、彼女の手持ちの魔導力は倍増していたのである。
そして、ミルバの手が、ニルゼンの手をやさしく包み込んだ。ミルバからニルゼンに魔導力が流し込まれる。
「ありがとう……ございます」
ニルゼンの声が少しうわずっているようだ。
「がんばってね。ニルゼンさん」
ミルバがニルゼンの手を握った瞬間、クオンはくるっと後を向いていた。なぜそんなことをしたのかは、クオン自身にもわからなかったが。
ドラゴン。モンスターの中でも最強の部類に属する巨大な魔獣。数が少ないため、めったにお目にかかることはない。それが、五匹も、目の前に立ちふさがっている。
「まいりましたね」
そうこぼしながらも、ニルゼンは次々と「風傑の弓」を射るが、ドラゴンたちは涼しい顔をしている。
「どうしよう。「大地の鈴」を使おうか?」
と、ファナール。それしか逃げ道はなさそうだ。しかし……
迷っているうちに、今度は背後に巨大な足音が聞こえてきた。
ずしん。ずしん。ずしん。
「は、挟み撃ちか?」
しかし、背後の影をちらっと見たファナールは、大きく目を見開いた後、大声で叫んだ。
「やっておしまいっ!」
「了解ぃーっ!」
ドォーーーーーン!
恐ろしい咆哮とともに、巨体を踊りこませてきたのは、あのファイアーキマイラだった。ファナールのしもべの。
ドラゴンも大きいが、ファイアーキマイラは、それよりもでかい。しかも、迫力が違う。ドラゴンたちは、じりっじりっと後退していく。
「嬢ちゃん。いや、マスター」
自分の背後のファナールに、ファイアーキマイラは声をかけた。
「見直したぜ。あの時のハッタリもよかったが、この城に攻め込むとはな。やることがデカイぜ。昔の皇帝たちよりも大物かもしれん」
ファナールは驚いていた。この巨大な魔獣は、あの時のセリフをハッタリだとわかっていて、なお、自分を「マスター」と呼んだのだ。
「さぁ行け! マスター!」
「ありがとう。……アルラム」
ファナールは、ファイアーキマイラの名を呼んだ。アルラム、と。
「やはり俺の名を知っていたな。その通り! 俺様の名はアルラム! 最強の魔獣だぁっ!」
うれしそうにとどろく咆哮。ドラゴンたちは、もはや一歩も動けなくなっていた。
ついに城門に達したクオンたち。しかし、きわめて硬い金属でできた城門は、内側からがっちり閉じられている。横幅5メートル、高さは十メートルというところか。もちろん、外側から開けられるような構造にはなっていない。
しかも。
「この模様……対魔法防御陣」
門を調べていたニルゼンがうめく。つまり魔法攻撃も受け付けないようになっているということだ。
まごついている間に、背後からモンスターが集まってきた。小さな鬼のような姿で頭にはツノがはえている。手にはそれぞれ斧を持っていた。
「まずいな」
「開錠の呪文は知ってるんだけど……カギがどこにあるかわかんないよ」
ファナールが、左右の扉の境目を調べながら、困ったように言う。
「デタラメに開錠呪文をかけていったら?」
クオンが提案するが、ファナールは首を振る。
「ダメ。あれって猛烈に魔導力を使うんだ。一回が限界」
「こんな時、彼女がいてくれたら……」
「どうしたん? アル?」
「いや。ちょっと」
アルダールは影武者のユイリのことを思い出していた。彼女は元盗賊。警戒の厳しいリトアイザン城にやすやすと入りこんでいた。彼女なら。
彼女なら、どうするだろうか? この門を避けて、どこか侵入しやすいところを見つけるのではないか? そう思って、アルダールはぐるりとまわりを見回した。そして、アルダールは見つけた。門の横の繁みにちらっとのぞいていた、よく知っている顔を。今、もっともここにいてほしい人の顔を。
「ユイリ!」
「は~い! アル様!」
それは、まぎれもなくユイリだった。繁みの中から、ちょいちょいと手招きしている。そこにアルダールは駆け寄った。クオンたちも集まってくる。
「この繁みの奥に、入り口を確保してるの。早く行って。みんなで守ってるけど、そんなに長くは持たないから」
「みんな?」
「砦の生き残りよ。さぁ、早く!」
ところが、そちらに気を取られているのをチャンスと見たか、斧を振りかざした小鬼たちが、いっせいに襲いかかってきた。
ぐあっ! ぐあっ! ぐあああああ!
妙なわめき声をあげて、斧を振り回してくる。
「アル様! はやくっ!」
ユイリが叫ぶ。戦闘力のないメアレイン、ファナールの順に繁みの奥に入っていく。アルダールやクオンはそこに小鬼たちを近づけないように剣をふるうが、なにしろ敵の数があまりにも多い。
ついに、クオンの両方の腕に小鬼にしがみつかれてしまった。そこに飛びかかってくる小鬼が五匹。
「姫ーっ!」
ニルゼンが絶叫する。風の矢が1匹の小鬼を射ぬいた。
だが、残りは防げなかった。クオンに斧を叩きつける小鬼たち。
と思った瞬間。
ぶぅんっ!
風を切る音とともに、小鬼たちは吹っ飛んでいた。クオンの腕を押さえていた小鬼も吹き飛ばされていた。
びゅんびゅんびゅん。空気を引き裂きながら、赤い柄の戦斧がふたつ、宙を回転していた。
それはやがて、ひとりの巨漢の両手に戻る。
ばしぃっと戦斧をつかんで、真っ赤な鎧を着た戦士はニヤリと笑った。
「うちの看板娘に、こんなところでくたばられちゃ、困るからな! がっはっはっは」
「赤い疾風」バウク。久々の現役復帰であった。
アストベール城の大広間には、四人の人物が集まっていた。人物と言っても、四人とも「人」ではないが。
「なんですって? 自分はシャイで無口だから、かわりにやつらと話をして欲しい?」
「水の魔女」ビスマは、あきれて相手を見返した。
ビスマは青いドレスをまとい、彼女にしては割と地味な格好をしている。
「ぐふふ。オレも無口ダけど、オマエには負けるゾ」
「地の巨人」ゴウラも、ごふごふと笑っている。巨体が天井につかえるので、居心地が悪そうにしゃがんでいた。
「まったくあなたは、もう少し自覚を持ってはいかがですか」
「風の使者」ウェイルンのセリフは、ちょっと説教じみていた。
無理もない。魔王四天王も、三人までが勇者一行に敗れ、残るはひとりだけなのだ。
四天王三人に取り囲まれるようにして立っているのは、もちろん、四天王最後のひとり、「火の魔人」フラーファ。
髪の毛が燃える炎であること以外は、ふつうの少年に見える。見かけ上は、クオンたちと同じぐらいの年齢だ。
フラーファは、うらめしそうな目つきでウェイルンを見た。ちょっと上目づかい。
ふぅ、とウェイルンはため息をついた。
「ぼくたちはすでに彼らに負けてますから、戦いのサポートはできません。話をするだけならいいでしょう」
「あの娘に会えるのがうれしいんでしょ?」
そう言ってウェイルンをからかうビスマ。
ぐふぐふとゴウラも口の中で笑っていた。
「間に合わなかったか」
置き去られた馬車の横に馬を並べ、そうつぶやいたのは、皇帝陛下エリオン三世そのひとだった。どうやら、供も連れずに単騎駆けつけたらしい。
「あらかじめ謝っておこうと思ったんだがなぁ」
そう言って、頭をぽりぽり掻く。
「やっぱり、こういう手抜きはダメなんだな」
ぽっくぽっくと馬を進めていく皇帝陛下。その背後に、音もなく立つ影があったが、皇帝陛下、気が付いたかどうか。
長い水色の髪をなびかせたその人物は、しばらくそこにたたずんでいたが、やがて何か決心したように、歩き出す。アストベール城に向って。




