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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
23/28

(22) 新米皇女は一泊二日

 自分を巻きこんだつむじ風がおさまった時、クオンは思わずへたり込んでしまっていた。

 目の前には、あの青年がいる。取り巻きの女性たちもあいかわらず。

「ようこそ、この館へ。ぼくはウェイルン。この館の主です」

 にこやかにそう言って、ウェイルンは手を差し出す。クオンはその手の意味に気がつかず、自分だけで立ちあがってしまった。ウェイルンは苦笑しながら手を引っ込める。

「ここは……?」

 きょろきょろと見まわしてみてから、クオンはそんな質問を投げかけた。

 さっきまでいた「赤い疾風」の店内とは明らかに違う。知らない家の中の一室だ。部屋の広さや豪華な家具などを見る限り、かなりの資産家だと思えた。

「ですから、ぼくの館です。キミを借りたんですよ。一泊二日、一万バイルで」

 クオンは職業柄、お金の部分に反応する。

「一万バイルって……ひょっとして、お金持ちなんですか?」

 普通は、そんなストレートな聞き方は失礼だ。しかし、ウェイルンはかまわず答える。

「そうですね。まぁ、お金はたくさん持ってます。特に使い道もないのですが」

 クオンの目がきらりと光った。この人は、本業のお客さんだ。

 しかし、銀行員であるという身分を明かすのはまずい。このウェイルンとやらいう青年、ただものではない。「水の魔女」ビスマや「地の巨人」ゴウラといった大物からも預金を預けてもらっているので、もしこの青年が魔王軍側だとしたら、自分の正体がばれてしまうおそれがある。

 それにしても、ウェイルンってどこかで聞いたような。

 う~ん……。

 ともかく、お客さんだ。まず信頼を得るところから始めよう。クオンは「女の子版営業スマイル」を浮かべながら質問する。この「女の子版営業スマイル」という武器、意外に有効だというのが最近の経験でわかってきたのだ。ちなみに、時々鏡を見ながら練習しているレベルなので、完成度は低い。

「一泊二日ということですが、わたしは何をすればいいのでしょうか?」

「これはものわかりがいい。一晩、ぼくに奉仕してくれるだけでいいんですよ」

「給仕ではないんですか?」

「そのようなものです。楽しみですねぇ」

 クオンは不思議そうな顔をしている。普通なら「一晩」と「奉仕」で意味がわかりそうなものだが、そういうことには、うといクオンなのだった。


「こ、こんな格好するんですか?」

 もじもじしながらも、用意されていた衣装に着替えてしまったクオン。まぁ、これが衣装と言えるならだが。

「おお。これはかわいい!」

 ソファーに腰掛けたウェイルンの前に、クオンは立っている。なんと、ハダカに真っ白いエプロンを付けただけだ。エプロンの下からは、すらっとした素足がのぞいている。そして裸足にスリッパ。

「なんだかすっごい恥ずかしいんですけど、お給仕って、ホントにこんな格好でするものなんですか?」

 クオンは真っ赤になりながら、再度質問する。

「そうですとも。キミの国ではそうではなかったのでしょうけど、ここでは、給仕といえばそういう格好なのです」

 堂々とデタラメを言ってのけるウェイルン。

「はぁ」

 そうあいまいに答えながらもクオンは、エプロンの裾をひっぱったり、背中の結び目を確認したり、いろいろ手を動かしていた。正面からは意外に見えないものなのだが、気になるものは気になるらしい。

「さて、それではまず、酒をいただきましょうか」


「交替の時間よ」

 アルダールは、部屋の前に立つ女性警備員に声をかけた。制服らしく、その警備員もアルダールと同じような格好をしている。スカートが短いのは館の主人の趣味だろう。腰には短い剣が下げられていた。

「はぁ。やっと時間かぁ」

 アルダールよりちょっと年上らしいその警備員は、ため息をついて、アルダールの右手を、自分の右手でパンと叩いた。交替の合図である。

「あんた、アルって言ったっけ?」

 部屋の中に聞こえないよう、小声の会話だ。

「はい。まだ不慣れですが、よろしくお願いします」

 アルダールは、いつもの偽名を使っている。気に入っているらしい。

「あたしはプルス。よろしくな」

「ええと。なにか引き継ぎ事項はありますか?」

 教わった通りに確認するアルダール。

「そうだねぇ。特にないけど、今夜は徹夜だよ。ご主人様、おもちゃを手に入れちゃったから」

「おもちゃ、ですか?」

「ウブな小娘をさらってきて、遊んでるのさ。ちょっと若すぎると思うんだけど、うちのご主人様は守備範囲が広いからねぇ。上も下も」

 プルスはそう言うと、手をひらひら振ってから、廊下を歩いて行ってしまった。

 アルダールは、ふぅと息を吐いてから、扉の横に立つ。

 楽、といえば楽な仕事かな。そう思いながら立っていると、中の会話が洩れ聞こえてきた。

『もう少しこっちに来たまえ。そんなに緊張しなくてもいいから』

 これはウェイルンの声だ。

 相手の声は小さくて聞き取れないが、どうやら若い女の子の声のようだ。

 中で何をやっているのだか。つい、聞き耳を立ててしまうアルダール。

 その直後、その耳に聞こえたのは、ウェイルンの声ではなかった。

 パリンッ!

 それは、ガラスが割れるような音だった。

 アルダールは危険を感じて、とっさにドアを開けようとしたが、中からカギがかかっていて開かない。やむを得ず、体当たりでドアを突き破る。あまり頑丈ではない構造だったらしく、カギの部分が吹っ飛んだ。

 バァーーーーーン!

 半壊したドアを押し破って、アルダールは短剣を抜いて部屋の中に進む。

「ウェイルン様っ! だいじょうぶですかっ?」

 呼びかけながら、アルダールは部屋の中を見回す。

 ウェイルンは、何事もなかったかのように、ソファーに座っていた。その横に、ハダカにエプロンというとんでもない格好の少女が座っていた。

 思わず声をかけてしまいそうになったアルダールだったが、気を取り直してウェイルンに聞く。

「今のは、いったい?」

 ウェイルンは、無言で窓を指差した。

 窓のガラスが一枚割れている。

「石でも投げ込まれたのですか?」

「風の矢ですよ。まったく、恐ろしいものを射こんで来ますね」

 よく見ると、ソファーの真ん中がえぐれていた。ちょうど、ウェイルンとクオンの中間だ。ここに風の矢が当たったのだろう。

 風の矢というからには、「風傑の弓」から放たれたものに違いない。そして、それを放ったのはニルゼン以外にありえない。

 ガシャーーーーーン! ビュオォーーーッ!!

 窓ガラス全てを割り、すさまじい疾風を引きつれて、彼はやって来た。

「天地のすべてが許そうとも、その非道、この「風の勇者」は許さぬ!」

 割れたガラスの破片の上に立ち、妙に時代がかった口上を述べるニルゼン。

「この風の矢は、見えない遠くの敵も射ぬくことができるのですよ。さきほどのは脅しですから、わざとはずしましたが」

 そう言いながら、あらためて「風傑の弓」をかまえたニルゼンは、引き絞る構えを見せてウェイルンをにらみつける。

 最高にカッコイイ場面だ。さらわれたヒロインの危機にさっそうとあらわれる王子様。こんなおいしいシーンが他にあるだろうか。まさにクライマックスにふさわしい名場面だ。

 ただ、ちょっと惜しかったのは、彼が仕事着のままであったことだ。

 紅白のタテジマ模様の服に、背中の真っ赤なのぼりも背負ったまま。

 それを見たウェイルンは、しばし目が点になっていた。

 沈黙を破ったのは、いちおう警備員なアルダール。

「この狼藉者! 夜中になんということをするのです!」

 それに対して、ニルゼンは平然と答える。

「美しいお嬢さん、お騒がせして申し訳ない」

 念のために他人のように振舞うふたり。今の段階では、まだそうしておいた方が有利だと判断したのだ。

 ニルゼンの後から、ファナールも出て来た。そして、その後には、真っ赤な柄の巨大な戦斧を両手にひとつずつ持った男がいた。

「うちのウェイトレスに、なんてことしやがるんだぁっ!」

 バウクは、そう吼えあげる。

 バウクの右手の戦斧が、ぶんっと飛ぶ。

 ウェイルンは、ようやく立ちあがった。そして、魔力で風を起こし、飛んで来た戦斧を避ける。

「おや。お久しぶりですね。『赤い疾風』バウク。やはりあの店は、あなたの店でしたか」

「ふっ。まさか、こんな近くにいるとはな。気付かなかったぞ。『風の使者』ウェイルン! 魔王の太鼓持ちがっ!」

 ぐるぐる回りながら飛んだ戦斧は、バウクの右手に戻った。どういう仕組みかわからないが、ブーメランのようになっているらしい。

 ふたりがにらみ合いながら近付いていく隙に、ニルゼンはクオンの側に走り寄った。

 あらためてクオンのあられもない格好を見たニルゼン、

「なんというお姿をさせられて……」

 そこまで言ったところで、クオンが飛びついて来た。

 ニルゼンは思わず抱きしめるが、手を回したクオンの背中が素肌なので、顔が真っ赤になってしまった。

「ウェイルン様! なにがあったのですか!?」

 壊れた扉から、騒ぎを聞きつけた警備員や武装した兵士たちがどやどやと入ってくる。半分ぐらいは寝ぼけ眼だが、夜なのだからしょうがない。

 アルダールが背中を向けたまま、無言の圧力で彼らを制止した。

 そして、口の中でつぶやく。

「我が剣よ。我が手に来りて我が力となれ。来い!『炎帝の剣』!」

 アルダールの手に、炎があらわれた。いや、よく見ると、それは剣のかたちをしていた。「炎帝の剣」である。

 それだけで、兵士たちは恐怖で身動きが取れなくなっていた。

 ちらっとアルダールを見たウェイルンは、

「『炎帝の剣』を持つのが、キミのような美しい女性だったとは……」

 それだけ言うと、ふたたびバウクの方に向き直る。……女性じゃないんだけどね。

 さて、エプロンの布地ごしにクオンの胸のふくらみを感じて、さらに真っ赤になっていたニルゼンだったが、ちょっとお腹のあたりに何か硬いものが当たっているのに気付いた。

 ニルゼンは、クオンを抱きしめていた手を、ばっと離す。涙を大きな目いっぱいに貯めたまま、見上げてくるクオン。思わずもう一度抱きしめてしまいそうになるのを堪えてニルゼンは、その硬いものについて確認する。

「姫様。ポケットの中に何か」

 そう言われて、クオンはエプロンの前についたポケットに手を入れる。ごそごそ探ってから出てきた手には、小さな鈴が握られていた。

「さっき、コレに着替えさせられた部屋にあったんだ」

 クオンの声が小さい。しかも、まだちょっとふるえている。

「ファナールさんっ!」

 突然、ニルゼンが大声で叫んだ。

「はいはい」

 いつのまにか近くに来ていたファナール。呼ばれるのがわかっていたかのようだ。

「使えますね?」

「使ってみせるわ」

 クオンの手から鈴を受け取ったニルゼンは、それをファナールに放った。

 リン。

 受け取った緑の髪の魔法使いの手の中で、鈴は小さな音を鳴らす。

「まさか。まさかまさかまさか!」

 ウェイルンの驚愕の叫び。すでに先ほどまでの余裕はない。目を大きく見開いて、口をパクパクさせている。

 もう一度、鈴が鳴った。

 リン。

 この瞬間、「大地の鈴」があらたな主を得て、ついに発動したのだ。

 ウェイルンの動きが止まった。兵士たちも動きを止めている。バウクも動かない。動けるのは、ファナールの他には、ニルゼンとアルダール、クオンだけだった。

「これが『大地の鈴』の力……?」

 時を止める。それが、この幻の神器の力だったのだ。

 このチャンスに、ニルゼンは「風傑の弓」を、アルダールは「炎帝の剣」を構え直した。

 ふたり揃って、ウェイルンに止めをさそうとしているのだ。

 しかし、クオンがニルゼンの服の裾をつかんで、ぶんぶん首を振る。

 ニルゼンとアルダールは顔を見合わせてから、構えを解いた。そして、

 リン。

 もう一度、「大地の鈴」が鳴った。


「いやー、バンバンザイだねっ!」

 上機嫌なのはクオン。ズボンに皮の鎧。すっかり男の子の格好に戻っている。背中には鞘に収まった剣も背負っていた。

「預金もたんまり予約してもらえたし」

 にこにこ顔。笑いが止まらないという表情だ。

 ちなみに預金の予約額は四十万バイル。ウェイルンは本当にお金持ちだったらしい。なお、なぜ予約かというと、このあたりには銀行の支店や出張所がないので預かることができないからだ。

 クオンたち五人は、また馬車に乗っている。しかも服も装備もかなり充実していた。

 バイトで稼いだ、というより、ウェイルンが資金を出してくれたのだ。

「ウェイルンって、変な人だと思ったけど、いい人だったよね」

 クオンのセリフの前半は、みんな、うんうんうなずいていたが、後半はそろって首を横に振っていた。クオンは気にしていないようだったが。

 そもそもウェイルン、正確に言えば「人」ですらない。

 クオンのはしゃぎぶりを苦笑いしながら見ていたファナールだったが、ひとつ、疑問を感じていた。

 あの時。「大地の鈴」が発動した時、なぜクオンには効かなかったのか。「大地の鈴」の持ち主である自分や、同じように神器を持っていたニルゼンやアルダールはわかる。しかし、クオンは何も持っていなかった。なのに、なぜクオンは動くことができたのか?


 魔王軍との最前線にあるリトアイザン軍の砦。そこは今、モンスターの大軍に埋め尽くされ、まさに飲みこまれようとしていた。

 地上には巨大なゴーレムが地響きを立て、空には怪鳥が飛び交う。今までなかったような圧倒的な戦力で、魔王軍は攻め寄せてきたのだ。

 もはや、モンスターたちは砦の中にまで侵入してきていて、わずかに残った兵士たちは脱出することすらままならなかった。

「アル様、ゴメン。守りきれなかったよ」

 口の中でそうつぶやいたのは、本来この砦の責任者であるアルダールの影武者を演じている少女、ユイリだった。ユイリは、アルダールから譲られた「炎の剣」を振るって勇戦しているが、しょせん多勢に無勢。状況はどんどん悪化していた。

「姫様!」

 若い将校がひとり、ユイリの側に駆け寄ってきて進言する。

「北側が意外に手薄です。脱出しましょう」

 彼の名はフラム。親衛隊長のような役割の将校だ。

 すでに、ほとんどの兵士は、敗北必至と判断した段階で、リトアイザン本国へ向って脱出させている。ユイリの判断だった。もはやここに残る意味はない。

「わたしは、残ります」

 ユイリはアルダールのふりをしたまま、そう決意を告げた。

「まだ、十人程度は残っていますから、一緒に脱出しましょう。まだ、私たちには、することが残っているはず!」

 フラムは、そう言ってユイリの手をぐいっとつかむ。

「でも、わたしは……」

 ためらうするユイリに、フラムは、

「あなたが本物のアルダール姫様でないことぐらい、わかっています。私だけでなく、今ここに残っている者たちは」

 なんと、ユイリの正体はバレていたのだ。

 そこに数人の兵士がモンスターを斬り払いながら駆けてくる。

「それでもあなたは、私たちの姫様です。これからもついていくつもりですよ」

 ニッと笑ってそう言うフラムの言葉に、兵士たちも無言でうなずいた。

 ユイリは、みんなを見回してから、大きく深呼吸をした。

「あたしはユイリ。元盗賊で、今はアル様の影武者。それでもいいの?」

 誰も答えない。しかし、表情を見れば、答えは明らかだった。口に出す必要がない言葉もあるのだ。

「とりあえず、盗賊流のやり方でもいい?」

 そんなユイリの質問に、うなずくフラムたち。

 襲い来るモンスターを撃退しながら、ユイリたちは砦を脱出した。

 文字通り満身創痍になりながらも、なんとか脱出できたのは、ユイリのほかにフラムと6人の兵士だけだった。

 アオユ砦陥落!

 最前線を支えてきた砦が陥ちたという衝撃の情報が各国に伝わる。慌てふためく人々。

 そんな彼らをあざ笑うように、モンスターの大軍は、砦を陥落させたその勢いのまま、人間たちの勢力圏になだれ込んでいったのである。

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