(21) 新米皇女はバイトする
クオンたち一行は、馬車で旧リトベール王国領を北上していたが、とにかくお金がなかった。武器も防具も服も足りない。特にクオンは、武器も防具もなく、女神様に借りたかわいらしい水色のワンピースを着ているだけ。このままでは、戦いには全く役に立たない。このあたりまで来ると銀行の支店も出張所もないので、経費を受け取ることもできなしし、打つ手なしだった、アルダールとニルゼンは、出身国を勝手に抜け出してきているので、これまたどうしようもない。ファナール、メアレインだって似たようなものだ。となれば、自分たちで稼ぐしかあるまい。
クオンたち五人が稼ぎ場所に選んだのは、途中通りかかったボアルという街だった。かつてのリトベール王国では第二の首都とも呼ばれ、魔王軍に対する北の守りでもあった。
街のほぼ中央部に昔の城の廃墟があり、街の周囲には、魔王軍と決戦した当時の要塞の名残が残っている。今では街中を我が物顔に魔人や魔獣たちが歩いているが、それ以外は、ごく普通の街だ。
クオンたちは、まずここで馬車を売り払い、その代金で最低限の服をそろえ、住む部屋の当面の家賃を払った。クオンは、ほくほくとうれしそうな顔で男の子の格好に戻っている。しかし、武器や防具を買うには、馬車の代金だけでは足りなかった。ファイアーキマイラの炎に焼かれなかったメアレインの財布の中身も、食費として、とうの昔に消えている。
「ほのぼのしてるなぁ」
売り物のリンゴを布でみがきながら、ファナールはつぶやく。とても、魔王軍の勢力下にある街には見えない。
ファナールは道端に木箱を並べ、その上にいろんな果物を売り物として置いている。いわゆる露店だ。ファナール自身も木箱のひとつに腰掛けていた。
ファナールはメンバーの中で一番若い十二歳。さすがに若すぎるため、なかなかいいバイト先が見つからなかったのだが、街中をいろいろ探しまわった結果、果物売りのじいさんに気に入られて露店をひとつまかされていた。
トトトントン、チン、ドンドンドン!
妙なリズムの打楽器の音が聞こえて来た。
ファナールの露店の前を、珍妙な一団が通りすぎていく。紅白のタテジマ模様の服を着て背中に真っ赤な旗を立てた男を先頭にした三人組だ。あとの二人も先頭の男に負けず劣らずのキテレツな衣装を着ていた。どこからどう見ても、チンドン屋だ。「レストラン本日開店」という内容のチラシを配っている。チラシにはウェイトレスの女の子が描いてあった。赤毛のショートカット。ちょっとマンガ的な絵だが、なかなかかわいい。
先頭の男が、ファナールを見つけて手を振って来たが、ファナールは吹き出そうとするのをこらえるので精いっぱいだった。
だって、似合いすぎてるんだもん。ニルゼンてば。
「いらっしゃいませー♪」
ちょっとぎこちなさの残る営業スマイルを浮かべながら、元気いっぱいな声で家族連れの客を迎えるウェイトレス。
ピンクと白の制服が、なかなか似合っている。ピンクのスカートも白いエプロンもちょっと短め。スカートの裾をひるがえしながら、ちょこまかと店内を動き回っている姿を、店内の若い男性客たちがチラチラと見ているが、本人はそんな熱い視線にはまったく気付いていないようだ。ちなみにこのウェイトレス、赤毛のショートカットだから、ニルゼンたちが配っていたチラシのモデルなのだろう。チラシではわからなかったが、栗色の大きな瞳もかわいい。
何しろ今日がこの店のオープン日なので、このウェイトレスも本番は初めて。お客さんを席に案内するだけでも緊張気味だ。
三階建ての小さな建物。表側は白く塗られていて、一階の部分には赤地に白い文字で書かれた看板がかかっている。「世界のレストラン・赤い疾風」。これが店の名前なのだろう。その看板にも、チラシと同じようなイラストが描いてあった。赤毛のウェイトレスがとことこ走っている絵だ。
一階の奥にある厨房では、いかついヒゲ面の大男が料理を作っている。どう見ても戦斧でも振り回したほうが似合いそうな巨漢だが、実際に振り回しているのは大きな鍋だった。厨房には、もうひとりいる。白い割烹着を着て、見事な包丁さばきで野菜を刻んでいるのは、さっきのウェイトレスにちょっと似ている女の子だった。
「開店直前ってのに母ちゃんが寝こんだ時にゃあ、慌てたけどな。おまえさんがたが来てくれたんで大助かりだ」
大男の名はバウク。夫婦でこのレストランを始めようとしていた矢先、奥さんが病気で寝こんでしまったのだ。この店の三階にある自宅で、奥さんのリセルは療養中だ。そういうわけで急きょバイト募集をしたら、厨房係とウェイトレスのセットで応募してきたのが、この姉妹だったのだ。姉の名はレイン、妹の名はセラ。姉の方は器用にどんな家事でもこなすので、リセルが寝こんでいる間の掃除や洗濯なども代行している。バウクとしては大助かりだ。
しかし、なんとも芸のない偽名だ。
「レイン」はメアレインの後半。「セラ」はクオンのミドルネームであるフォルセラの後半。どうやら今まで使っていた「フォル」という偽名が有名になってしまったらしいので、今回は後半を使うことにしたのだ。……次はどうするんだろう?
ちなみに。チラシや看板に描いてあるかわいいイラストは、メアレインが描いたものだった。ほんとに器用な娘だ。
そしてアルダールは、「女性警備員募集」の求人広告を見て、そこに示されていた館にやって来ていた。
すでに女装に戻っている。防具はまだ入手できていないし、唯一持っている「炎帝の剣」も帯びていない。あんな珍しい武器を持っていると警戒される可能性があるからだ。
それにしても、スカートの下からのぞく素足はきれいすぎる。これで男だなんて、犯罪ではないか。
ちなみに、彼が女装に切り替えたのは、ここまで来れば自分を知る者などいないだろうから、男装で隠す必要もないと考えたからだ。ニルゼンを見ていて吹っ切れたというのもある。あんな好き放題が許されるのなら、自分も好きな格好をしようと。
もともと彼は、好きで女性の服を着ているのだ。実を言うとアルダールは、禁断とされている「女性化」の魔法を自分自身にかけている。だからこそ顔もプロポーションも男っぽくないし、声も高い。ただ、この魔法、中途半端なもので、せいぜい表面的に女性っぽくなるだけの効果しかなかった。
「女性警備員」は書いてある給金も割と高かった。武器や防具もある程度支給されるだろう。これならちょうどいい。アルダールは当面、「女性」で押しとおすことにしたのである。
さて、その館だが、周囲の家とは高い塀で仕切られていて、中はよく見えない。門番に、警備員募集の広告を見て来たことを告げると、愛想良く中に入れてくれた。
案内された一室で待っていると、やがて、ひとりの青年が女性を数人伴ってあらわれた。
「やぁ、あなたが警備員志望の方ですか! 美しい女性は大歓迎ですよ」
アルダールはあわてていすから立ちあがる。この青年が雇い主だとわかったからだ。
「ああ、どうぞどうぞ座って。ぼくが、この館の主、ウェイルンです」
そう言いながら、その青年、ウェイルンはアルダールの向い側のいすに腰掛けた。女性たちは、そのまわりの床の思い思いの位置に座る。
年齢は二十代前半に見える。銀色の長い髪、銀色のような不思議な色の瞳。にこにこと浮かべる微笑みが明るい。
ウェイルンという名前、どこかで聞いたような気もする。アルダールはそう思いながらも、この人のところなら働いてもいいかな、と考えていた。
「……というわけで、いかつい男の警備員ばかりでは、館の中がムサくなってしまうのです。かといって、この娘たちにそんな役割は勤まりませんしね」
ウェイルンは、笑いながら女性警備員募集のいきさつを語る。
「やはり女性の美しさあっての、この世です」
キザっぽいセリフを、キザっぽいポーズでささやくウェイルン。わざとらしいウィンクも意外に効果的だ。
「ともかく、あなたを採用しましょう。これからよろしく」
ウェイルンが差し出した右手を、アルダールは握り返した。
「ほほぅ。かなり鍛えてますね。頼りにしてますよ」
手を握っただけで、アルダールがかなりの剣のつかい手であることがわかったらしい。にこにこ笑っているだけの単なる女好きかと思ったら、そうではなさそうだ。
アルダールは、なにか違和感のようなものを感じたのだが、すぐに忘れてしまった。
「いらっしゃいませー」
「赤い疾風」にウェイルンがやって来たのは、開店日の夕方だった。
お供の女性を数人連れている。
「ほほぅ。なかなかいい感じの店じゃないですか」
そう言いながら席に座ったウェイルンは、メニューを持って来たウェイトレス姿のクオンに、さっそくこんな注文を出した。
「キミが欲しい」
「は? タマゴの黄身ですか? そのようなメニューはないんですけど」
ウェイルンは笑いながら、
「キミってかわいいね。キミを食べたいんだよ」
「ですから、黄身なんてメニューはありませんてば」
クオンのボケっぷりに、お供の女性たちもくすくす笑っている。
「しょうがない。それは後にしましょう。まず腹ごしらえといきましょうか」
こんどは普通のメニューを注文してきたので、クオンはそれを厨房のバウクに伝えた。
そして、疑問をバウクにぶつけてみる。
「『黄身を食べたい』っておっしゃてるんですけど、黄身なんて料理、ないですよね?」
その質問を聞いたバウクは、豪快に笑い出した。
「ぶわっはっはっはっ! そりゃ冗談だ。気にするな。わはははははは」
メアレインは包丁を持ったまま、笑いをこらえているのかぷるぷる震えている。
わけがわからず憮然としているクオンの背を、バウクがばんばんと叩いた。
「いいから、まずこれを持ってけ」
酒のビンと人数分のグラスだった。
よくわからないけど、まず仕事。クオンは気を取り直して、もう一度ウェイルンの席に向うのだった。
結局、ウェイルンとその一行は、閉店時間まで「赤い疾風」に居座っていた。次々に注文はしてくれるので、文句も言えない。
「わたしが替わろうか?」
メアレインがクオンに聞く。ウェイルンがやたらとクオンにちょっかいを出してくるのが気になるのだ。ちなみに敬語でないのは、バウクの前では姉妹らしい話し方をするようにしているからだ。
「いいよ。わたしの仕事だし」
クオンも、バウクの前では「わたし」などという言葉遣いをしていた。
「他のお客さんは帰ったし、そろそろ閉店させてもらおうか」
時計を見ながらバウクが言うと、「はい」と答えたクオンが、それをウェイルンに伝えに行った。
「そうですか。閉店時間ではやむを得ませんね」
心底残念そうなウェイルン。
「ならば、キミを持ちかえりたいのだが」
「ですから、黄身なんて料理、ないんですけど」
あいかわらず会話がかみ合っていない。厨房から、メアレインがハラハラしながら覗いている。
「しかたありません。持ち帰らせていただきますよ」
ウェイルンはそう言うと、お供の女性たちに目配せをした。女性たちはすっと立ちあがると、全員でクオンを取り囲んでしまった。
そして、ウェイルンの手から、ビュウッとつむじ風が巻き起こる。
危険を感じたメアレインとバウクが厨房を飛び出してくるが、間に合わなかった。
風がおさまった時には、クオンやウェイルンたちがいたはずの場所には、何も残ってはいなかったのである。
「ま、まさか!」
「マスター!いったいこれは!?」
メアレインが、つかみかからんばかりの勢いでバウクに聞く。バウクの顔からは血の気が引いていた。手を震わせながら、自分自身への怒りを吐き出す。
「この俺が気が付かんかったとは! やつは『風の使者』ウェイルン! 魔王軍四天王のひとりだっ!」
なお、ウェイルンが座っていたテーブルには、ちゃんと代金が置いてあった。しかも、明細が添えてある。飲み食いした分をきっちり計算した上に、クオンのお持ち帰り代金が上乗せされていた。明細には「ウェイトレス一泊二日レンタル一万バイル。明日の開店時間までにはお返しします」と書いてある。妙に律儀だ。




