表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
21/28

(20) 新米皇女は勝利する

 ニルゼンは、目をさました瞬間、すぐ目の前で起きていることが理解できなかった。

 自分の顔のすぐ横で、赤毛の少女がこちらを向いたまま、すーかすーか可愛らしい寝息をたてていたのである。薄暗くてよく見えないが、その顔を見誤るわけがない。

 愛する姫君の寝顔がなぜ目の前に?

「ここは、天国なのでしょうか?」

 ニルゼンはつぶやいてから、クオンの顔をあらためてじっと見る。

 と、突然、クオンの口が動いた。

「ぼくは……おとこだぞー」

 目は閉じたままなので、どうやら寝言らしい。そして、しばらくもぞもぞと動いていたと思うと、ぱっと目が開いた。

 この時、ニルゼンとクオンの顔の距離、約二十センチ。

 まだ意識は夢の中らしく、ぼーとしているクオン。

「あー、ニルゼンがいるー」

 寝ぼけた声でそう言ったクオンは、毛布の下で両手を伸ばしてニルゼンにすり寄ると、抱きついた。

 そして、そのまますぐに、ふたたび夢の続きに入っていってしまった。

 すぅーすぅー、と幸せそうな顔で眠るクオンだったが、ニルゼンはうれしいような危機一発なような、何とも言えない状況におちいってしまった。

 クオンは寝間着かわりの薄いシャツ一枚しか着てなかったので、ふくらんでいるところがニルゼンの体に触れているのがわかる。

 ニルゼンとて十八歳の男の子である。理性にも限界というものがあるはずだ。

 彼の立場には、同情するべきなのだろうか。それとも、うらやましがるべきなのだろうか?


 翌朝。

 クオンがメアレインに叩き起こされた時、ニルゼンは、すでにベッドの中にはいなかった。

「まーったくもうっ! 女の子が殿方のところに夜這いするなんてっ! 信じられませんっ! 姫様聞いてますっ?」

 ぷんぷん怒っているメアレインだったが、クオンはなぜ怒られているのかわからない。目覚めないニルゼンに、ついていてやっただけなのに。

「おはよー。ニルゼンは?」

「すっかりお元気ですっ。今はお風呂に入ってらっしゃいますけどねっ」

 メアレイン、なんだか語尾がまだ怒っている。

「朝から風呂? ともかく、元気になったんだな。よかったよかった」

 クオンは、すなおに喜んでいる。

「特定のところが元気になりすぎたみたいですけどっ。……って、どこにいらっしゃるんです?」

 部屋を出ていこうとするクオンを、メアレインはトゲトゲいっぱいな口調でとがめる。その前にさりげなく下ネタを繰り出していたような気がするが。

「風呂場ってあっちだったよな?」

「のぞきはチカンですよ」

「男が男のハダカ見たって、チカンじゃないだろ?」

「姫様はっ! オ・ン・ナ・ノ・コ!なんですっ!」

「そんなに怒らなくても……」

 そんなふたりの会話を聞いていたアルダールは、横のベッドで寝たふりをしたまま、口を押さえながらくすくす笑っていた。


「すこし、やりすぎましたでしょうか? わたくし、もうダメかもしれません。太陽神様に怒られてしまいますわー! うわーん」

 言葉遣いはていねいなワリに、やってることは遠慮がない女神様だが、今回はめずらしく、なにやら殊勝に反省しているようだ。

 水の女神ナイベルの家は、水の中にある。といっても、現実世界の中にあるわけではない。異空間である。ナイベルは、そこから、現実世界の水のあるところに自由に出入りできる。移動の自由度という点では、風の神に次ぐだろう。

 神様の家と言っても、見かけはごくふつうの人間の家と変わらない。もちろん、家の中まで水に満たされているわけではない。ナイベルの趣味もあり、部屋の中はかわいらしい水色の調度品で統一されていて、涼しげかつ可愛らしいイメージになっている。クオンたちは今、この家の中にいるのだ。

 ナイベルの前には、同じくらいの年齢に見える少女が座っている。少女と言っても、頭の上に光る三日月が浮いているので、人間ではないことがわかる。この光る三日月は、神の力の象徴で、今はナイベルの頭の上にも同じようなものが乗っかっている。

「また、大げさな。それがあんたの役目なんだから、多少は許してくれるってば」

 もうひとりの女神様、見た感じでは髪の色以外はナイベルと似ているが、しゃべりかたがずいぶん違う。妙にお嬢様風なナイベルに比べて、庶民的だ。

「そ、そうでしょうか? お母様」

 ナイベルは、「お母様」と呼びかけた。

 この世界では、神様にも親子関係があり、神の地位を子供や孫などの子孫に譲るようになっている。神の地位を譲った後は、人間となって短い一生を終えるか、天上神として、長い年月を過ごすか、自分で選べるのだ。

 ナイベルの母は、ナイベルに水の女神の地位を譲った後、天上神となって、のんびり暮らしていた。人間から神になった時点が十五歳だったので、いまでも見かけの年齢はその時のままだ。名をサマーベルという。人間界における伝説の炎帝シュペー一世の実の姉でもある。だから、当然、シュペー一世の子孫であるクオンたちとも血縁にあたる。

「なんだか不思議なんだよな。彼らの旅って、まるで昔のぼくらの旅の道順そのままじゃん」

 サマーベルの言葉遣いは、バカ丁寧な娘と対照的だ。一人称もなぜか「ぼく」だし。

「わたくし、誘導しているわけではないのですけど、なぜか、そうなってしまうのですぅ」

「運命ってやつなのかなぁ」

「目的地が同じだからというわけでは、説明できませんものね」

「ファイアーキマイラに全滅させられるとこまで同じなんだから、笑っちゃうよな」

 サマーベルは、そう言って苦笑する。

「結局あれが、ぼくの運命を決めちゃったんだけどね」

 何かを思い出すように、目を閉じる女神サマーベル。

「今回は、わたくしがいますわ」

「うん。期待してる。ナイベル。ぼくの娘だもんな」

「はい」

 にっこりと微笑むナイベル。

「じゃあ、帰る」

 サマーベルと一緒に立ちあがって、ナイベルはふかぶかと頭を下げた。

「今回は、助けていただいて、ありがとうございました」

「実の親に向かって、なに遠慮してるんだよ」

 サマーベルは、ちょっといたずらっぽく笑う。

「じゃあな。またなにかあったら呼びなよ」


「というわけで。わたしは絶対にあいつに負けない方法を考えたの」

 食堂のテーブルを借りて、クオンたちは今後の相談をしている。もちろん、あのファイアーキマイラ対策である。ちなみに、ナイベルはどこかに行ってしまって、家の中にはいない。

「アル、まさか『それは戦わないことだ』とか言うんじゃないでしょうね」

 ファナールの言葉に、アルダールは驚いて、

「な、なぜそれをっ」

 ファナールは人差し指を振りながら、

「あのねぇ。あたしだって炎帝の伝説ぐらい知ってるわよ? シュペー一世の一行は、ファイアーキマイラをどうしたか」

「どうしたんだっけ?」

 と、クオン。

「いったん全滅させられたとこまで、あたしたちと一緒。で、二度目は避けたのよ。無理に戦う必要はない、ってね」

「あ、そうか。だからあいつ、まだ同じとこにいるわけか」

 クオンは感心したように言う。

「ちょっと待ってください。そんな時代からいたということは、あのファイアーキマイラは、やはり、今の魔王とは無関係の、古い魔物だということですよね?」

 と、ニルゼン。

「そんなに古くもないわ。あいつを見て思い出したんだけど、たぶんあれは、かつての魔導帝国が作り出した人造魔獣よ」

 と答えるファナール。魔導帝国の皇帝の末裔だけあって、さすがに詳しい。

「人造ってことは、ひょっとして、誰かの命令を聞くのか?」

 クオンの問いに、ファナールは答える。

「魔導皇帝の命令なら聞くでしょうね。今でもいるのなら」

 さらにクオンが確認する。

「ファナールって、魔導皇帝の直系の子孫じゃなかったっけ?」

「あ」

 ファナールは、「あ」のかたちに口を開けたまま、十秒ほど固まっていた。


 というわけで、彼らはもう一度地下迷宮に挑んだ。迷宮と言っても今度は道順がわかっているので、目的地への到達は最初の時よりもずっと早かった。

 そして最深部、ファイアーキマイラに再会する。

「困るんだよなぁ。そういうことは先に言ってもらわないとさ。俺にもこのダンジョンを仕切る立場ってもんがあるんだぜ。わかる? お嬢ちゃん」

 ファナールが「自分は魔導皇帝の末裔だから、言うこと聞いて」と言ったのに対する、ファイアーキマイラのセリフである。

「まったくもう、ひさびさにご主人様が出てきたと思ったら、こんなガキんちょだもんな。ほら、命令しろよ。やってやっから。ほらほら」

 ファイアーキマイラは、ファナールの前に自分の顔を突き出して、嫌味たっぷりに、そう言った。とても主人の命令を待つ態度ではない。なめきってるのだ。

「くっ、なんかすっごい屈辱的なっ」

 ファナールの手が、ぶるぶると震えていた。

「待ってファナール。そこでキレたら、水の泡よ。ここはがまんがまん」

 アルダールが、こそこそ小声でアドバイスしていたが、ファナールは、がまんできなかったらしい。

「よくもそう、えらそーにできるわね!」

「あ、キレた」

 ボソッと言うクオンを、ファナールはじろっとにらんで、

「だまってなさい!」

 首をすくめるクオン。

「へい」

 もう一度ファイアーキマイラをにらみつけるファナール。瞳の中に炎がもえたぎっている。気のせいか、周囲の温度も上がっているような……

「さぁて、ファイアーキマイラちゃん。こいつを食らっても、そんな態度とれるかな?」

 ファナールは、右手の人差し指で、びしっとファイアーキマイラを指した。

「なに?」

 目を閉じて、一呼吸置く。そして。

「魔導帝国究極奥義っ!」

 ファナールが、自信たっぷりに、なにかを披露しようとしている。クオンたちは、期待と不安の入り混じった目のまま、それを見守っていた。

「ま、まさか!」

 ファイアーキマイラは、ファナールの繰り出そうとしている呪文の正体に気づいたのだろうか、一瞬硬直した。

「そんなバカな! あの呪文が、残っているはずが!?」

「ふふふふふのふ。そーれはどうかなー?」

 ファナールは、にやにや意地の悪そうな笑顔で、杖を高く掲げた。

「や、やめろ! それだけはっ!」

「このあたしをバカにしてくれたお礼はしないとねぇ」

 じりっじりっと前に出ていくファナール。それにあわせるように、あとじさっていくファイアーキマイラ。

 緊張が高まっていく。

 いったいなにが起きるのか! 魔導帝国究極奥義とは、どれほどすさまじい魔法なのか!?

 無言の時間が過ぎていく。

 ぽたっ、と汗が落ちる音がした。

「ま、待ってくれっ」

 緊張に耐えられなくなったファイアーキマイラは、ついに全面降伏することにしたらしい。しかし、

「待ってくれ?」

 ファナールがにらむ。

 ファイアーキマイラは、いきなり低姿勢になって、

「いや、待ってく、ださいっ!」

 声色まで変わってしまう。

「ふうん、すると、心を入れ替えて、あたしの命令に従うと言うのね」

 脅しにかかるファナール。

「は、はいっ。喜んでなんでもいたしますです。ご主人様!」

 いやもう、かわいそうなぐらいに、へこへこ頭を下げるファイアーキマイラ。

「よしよし」

 かくして、無敵の魔獣は、ファナールの軍門に下ったのである。


 結局のところ、ファイアーキマイラは「大地の鈴」は持っていなかった。「風の使者」ウェイルンに盗まれたというのだ。ウェイルンというのは、魔王軍の中では「水の魔女」ビスマや「地の巨人」ゴウラと同格で、魔王軍四天王と呼ばれるうちのひとりらしい。

 ちなみにクオンは、「自分にかかっている呪いを解く方法を知らないか?」とファイアーキマイラに質問したのだが、これに対して、魔獣はこう答えたのだった。

「何をわけのわからないことを。もうすでに解けているようにしか見えないぞ」

 この答えの真偽は後日判明することになるのだが、この時のクオンには、あまり意味はなかった。役に立つ情報が得られなかったために、がっくり肩を落としただけだった。

 そして、クオンたちの馬車は、進路を北に向けた。いよいよ、魔王のいるアストベール城に向うのだ。

「で、結局、どういう呪文だったんだ?あの、『魔導帝国究極奥義』っていうのは」

 馬車の中でクオンが聞く。

「ああ、あれ? あんなのハッタリに決まってるじゃない」

 いともあっさりと、そう答えるファナール。

「ええーーーーーー??」

 クオンたちは、愕然とした。それじゃ、あの超強力なモンスターをハッタリだけで押さえこんだってことか?

「魔導帝国には、その手の怪しげな呪文がいっぱいあったらしいから。で、あいつならそういうのを知ってそうだから、引っかかるんじゃないかなってね」

 涼しげな顔で、ずずっとお茶をすするファナールと、大粒の冷や汗をたらしたクオンたち。

「みんなどうしたの? おいしいよ。女神様にもらったお茶」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ