(19) 新米皇女は敗北する
ビフォレスで「風傑の弓」を手に入れたクオンたち一行は、さらに西を目指していた。ビフォレスより西というと、魔王の勢力圏内である。勢力圏と言っても、モンスターばかりというわけではない。人の住む街や村もある。ただ、そこに人間の国王や領主がいないだけだ。魔物に法外な貢物を要求されたり、気まぐれな魔獣に村を破壊されたりすることもあるが、守ってくれる騎士たちはいない。しかし、そう簡単に住むところを変えられない人々も多かったということだ。
西に進むクオンたちは、こんどは「大地の鈴」を手に入れようと考えている。
この大陸には、神器とも呼ばれる強力なアイテムが四つある。それらは過去、この大陸の動乱の際に、その威力を何度も示したという。
火の神の力を宿す「炎帝の剣」。これはアルダールの手にある。
風の神の力を宿す「風傑の弓」。これはニルゼンが手に入れている。
そして、地の神の力を宿すのが、「大地の鈴」だ。かわいらしい名前のアイテムだが、強力な武器だと言われている。ただ、名前が有名なわりには実際に歴史上にあらわれることが少なかったので、前のふたつほどには知られていない。
実は神器はもうひとつあるのだが、それは神様自身の手にあるため、人が手にすることができる神器は三つだけだ。
四つめの神器の名は「水神の杖」。それを持つのは、言うまでもなく水の女神ナイベルである。
本来、「大地の鈴」は、大陸の西南端にあったリトベール王家に伝わっていたのだが、リトベール王国の滅亡とともに、その行方はわからなくなっていた。
しかし、ある地下迷宮の奥深くに住むという、いにしえの魔獣が「大地の鈴」を持っているらしいという情報を入手することができた。
真偽は定かではない。それでもクオンたちは、その迷宮に挑むことにしたのだ。特に乗り気だったのはクオンだ。噂によるとその魔獣は、大昔の魔法を操るという。ならば、自分にかけられた「女性化」の呪いを解く術を知っているのではないか。
乗ってきた馬車を洞窟の入り口に置き、メアレインを留守番にして、クオンたちは地下に潜っていった。メアレインひとりに留守番させて、強暴なモンスターが襲ってきたらどうするのだろう? だいじょうぶだろうか? クオンはメアレインにその疑問をぶつけてみたが、返答は笑顔だけだった。その笑顔には妙な迫力と説得力があったので、クオンはそれ以上聞かなかった。
洞窟は、斜面にある入り口から入っていくと、少しずつ下に向って傾斜している。地下に向っているということだ。もつろん真っ暗だから、先頭には、魔法の灯りをともしたファナールがいる。クオン、ニルゼンと続き、しんがりがアルダールだ。妥当な配列だろう。
洞窟は意外に広い。高さも幅も身長の二倍ぐらいある。それほどデコボコもなく、歩きにくくはなかった。もちろん、モンスターはうじゃうじゃ出てきた。ファナールの魔法は温存しなければならないので、ほとんどクオンとアルダールの剣、ニルゼンの弓で片付ける。なお、クオンがついでに預金集めに精出していたことは言うまでもない。
そうしてたどり着いた最深部。地下深くにある巨大なホールのようなところに、その巨大なモンスターはいた。明かりひとつないはずの地下深くだったが、モンスター自身が炎のように輝き、あたりを照らしている。
「てめえら! ここを俺様の縄張りと知って荒らすのかぁ?」
赤い目を光らせて吼えたのは、ファイアーキマイラと呼ばれるモンスターだ。もちろん、クオンたちの誰もが、図鑑ぐらいでしか見たことがなかった、最強クラスの伝説の魔獣だ。身長は二十メートルというところか。一見、鳥のようだが、鶏冠にあたる部分が炎の形をしていた。足や尾は、まるでドラゴンのようだ。かつてクオンが見た図鑑にはこう書いてあった。炎の力を持った恐るべきモンスターである、と。
「きさまらなど、焼き尽くしてくれる!」
ファイアーキマイラは、ガッと大きく赤いくちばしを開けた。
ニルゼンが、とっさに対炎障壁の呪文を唱える。
「たぶん、わたしの剣は通じないわ」
アルダールが、「炎帝の剣」を抜き放ちながらぼやいている。炎の魔獣に、炎の力は効かない。当然のお約束だ。しかし、防御の役ぐらいには立つだろう。
「死ねぇっ!」
ゴオォッ!
ファイアーキマイラの口から、炎が噴き出した。
「うわっ」
「くっ」
ニルゼンが張った対炎障壁魔法のおかげで、直撃は避けられたものの、四人は、かなりの痛手をこうむっている。
「ほほぉ。これを防御したか。なかなかやるではないか。では今度はこれだ。……炎よ我を妨げるものを焼き尽くせ!」
呪文を詠唱し始めるファイアーキマイラ。
「ニルゼン! ファナール! 対魔法障壁は?」
クオンが叫ぶ。
「申し訳ありません!」
「間に合わないっ!」
一瞬の後、強力な炎の攻撃魔法、ボアドラスが放たれた。
「かくなる上は、この身を盾に姫様をっ!」
最後に聞こえたのは、そう叫ぶニルゼンの声だった。
「ん?」
クオンが気付いたのは、ベッドの上だった。
「ここは? いったい?」
ベッドから半身を起こしてみると、なんだか頭も体も重い。手を見ても、別にやけどの後もない。両手で、顔を触って見る。なんともないらしい。
ボーっとした頭のまま、周囲を見まわす。部屋の内装は、さわやかな水色系の色で統一されている。家具から推測すると、客間か何かのようだ。横には、もうひとつベッドがあった。水色の毛布から、緑色の頭がのぞいている。ファナールも無事のようだ。毛布の胸のあたりがゆっくり上下している。
「ああ、よかった」
その声の方向を見ると、侍女姿のメアレインだった。メアレインはダンジョンの外にいたから、炎の魔法に焼かれることはなかったはず。
「どうですか? お体は」
そう言いながら、座っていたイスから立ちあがってクオンのベッドの横に来るメアレイン。
「生命力が一しか残ってないって感じ」
それがクオンの正直な感想だった。体がまるで自分の体ではないようだ。
「まだ無理してはいけませんよ」
「でも、どうやって助かったんだろう?」
強力な炎の魔法を全員が食らったはず。とても助かるとは思えない状況だったのだが。
メアレインの後から、彼らを救った救世主が顔を見せた。なんとなく予想していた人……いや、神様だった。
「わたくしは勇者様のファンですもの」
そう言ってにこりと微笑んだのは、水の女神ナイベルだった。
「あ、ありがとう」
一応お礼を言うと、
「勇者様にお礼を言ってもらえるなんて! ナイベル、カンゲキですっ!」
妙な感激ぶりを無視して、クオンはあとの二人のことを尋ねた。
「別のお部屋ですわ。男のコと女のコが同じ部屋に寝ていては、いけませんでしょう?」
ニコニコ顔で言うナイベルに、間髪をいれずにクオンが言い返す。
「ぼくは男だっ!」
「あらあら、元気が出てきましたわね」
この女神様のペースにはかなわない。これ以上反論しても無駄だと思ったクオンは、質問する。
「で、ぼくの服は?」
「黒焦げでしたから、新しいのを用意しておきましたよ」
その時、クオンは、ちょっとイヤな予感がしたらしい。メアレインをチラッと見ると、なんだか微妙な表情だ。
クオンとファナールは、ようやく起きられるようになったので、ナイベルが用意した服に着替えて、隣にある男性陣の部屋に来ていた。
「へぇ。今回はふつうの町娘なのね」
アルダールが、笑いながら、クオンの格好を冷やかした。
ベッドに腰かけているアルダール自身は、ズボンと、さっぱりした青い長袖のシャツに着替えている。男性っぽい服装だ。
「うるせー。すぐ、どこかの街で、新しい鎧を買うぞ」
クオンが着ている服は、どうやら、ナイベルが変装して街に遊びに行くときなどに着ているものらしい。胸のところに青いリボンがついている、水色のワンピース。
「ところがね。クオン。お金がないの」
ファナールが、告白する。
ファナールも、クオンとほぼ同じ格好だ。これもナイベルの服なのだろう。
「そういえば、財布がっ!」
どうやら、持っていた財布も、炎の魔法で燃え尽きてしまったらしい。
武器や防具の類も、多くは燃え尽きていた。アルダールの「炎帝の剣」やニルゼンの「風傑の弓」は、さすがに無事だったが。
彼らはみんな、自分のお金は自分で持っている。だから冷静に考えればメアレインの財布が無事だったはずと気付くべきなのだが、クオンは気付かなかった。そして、誰もそれを指摘してやらなかった。
「ち、ちょっと待て、じゃあ、しばらく、このカッコでいろ、と?」
「そういうことになるわね。どちらにしても、この方の回復も待たなければならないし」
アルダールが言う「この方」、ニルゼンは、まだベッドで眠りこけていた。殊勝にもクオンを自分のからだでかばったため、いちばんダメージが大きかったのだ。ご自慢のハデハデな衣装も、パー。
「そういえば、ニルゼン用の服は?」
クオンが聞くと、メアレインが、
「ここに用意されてますわ」
と指差す。やはり青い服だ。ズボンとシャツ。
「でも、これを姫様が着てしまったら、ニルゼン様は着るものがなくなってしまいますわ」
メアレインは、クオンの考えていることを見抜いたようだ。
「かわりに、これを着てもらおう」
自分が着ているワンピースを示して、こともなげにそう言うクオン。
「サイズが合いません」
サイズがどうこういう問題じゃないような気がするが。
「直せないか?」
「いくら私でも、これだけサイズが違っては無理です」
「そうかー、いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
どこが、いいアイデアなんだろう。アルダールとファナールは心の中でツッコミを入れていた。
灯りが消されている男性陣の部屋。かすかにランプの明かりがちいさく灯っている。静かなので、よく聞くとアルダールとニルゼンの寝息が聞こえてくる。
ぱたんと入り口のドアが開いて、誰かが入って来た。
その影は、奥にあるニルゼンのベッドに近付くと、しゃがんで、毛布から出ていたニルゼンの手を取った。
「ああ、やっぱりこの手だ。あの時の」
小さくつぶやいたのは、クオンの声だった。
忘れもしない、大きな暖かい手。リトアイザンで、高熱を出して、もうろうとしていたクオンの横にずっと付いていてくれたのは、このニルゼンだったのだ。
クオンはしばらくそうやってニルゼンの手を握っていたが、だんだん眠くなって来たらしく、ふぁ、とあくびをひとつした。
あの時のお礼にずっと手を握っていようと思ったのだが、このまま起きてるのもツライ。どうしようかと考えて、クオンはいいことを思いついた。
ちょっといたずらっぽく笑ったクオンは、毛布の横をめくると、自分の体を毛布の下(つまりニルゼンの横)にすべりこませた。
そして、あらためてニルゼンの手を握る。これなら寝てしまってもだいじょうぶだろう。
「へへへ。起きたらビックリするかなぁ」
それからしばらくすると、三つめの寝息が聞こえて来た。




