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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
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(1) 新米皇女は銀行員

「ふわぁ。眠い」

 短い赤毛をくしゃくしゃと掻きながら、寝室を出て来たのは、クオン。これでも形式上は、この城で2番目の地位にある人物である。見かけは12歳ぐらいの男の子だが、男の子にしては、かわいい顔立ちだ。

「姫様。なんですか、はしたない!」

 声がした方を振り返ると、侍女のメアレインが腕組みをして、にらみつけていた。

 いちおう、クオンは、この国の皇女様なのだ。髪も短いし、服装も男の子みたいだが、皇子ではない。つい最近までは、実際にれっきとした皇子様だったのだが。

「眠くてあくびするのが、はしたないのか? だいたい『姫様』はやめろって言ってるだろうが!」

 不機嫌そうにクオンが口答えすると、

「ああ、なさけない! 皇女さまともあろうお方が、人前であくびなど……」

 メアレインは、よろよろと、よろけて見せる。

 クオンとメアレインは、同じ14歳。きょうだいのようにして育ったので、侍女というわりには、メアレインのクオンに対する言葉遣いには遠慮がない。乳兄弟というわけではないが、一般的なイメージとしてはそれに近い。

「というのはともかく、ビフォレス王国のニルゼン王子が、先ほどから下でお待ちです」

「げ」

 メアレインは、びしっ!と、ひとさし指をクオンに向けて、

「だから、そういう言葉遣いもダメですって、何度言ったらわかるんですか!」

「びっくりしたら、『げ』だろ? なにかおかしいのか?」

「おかしいです。ぜんぜん違います。いいですか?」

 メアレインは、一呼吸置いて、「え!」とかわいらしく声をあげてみせた。

「こういう感じでお願いします」

 エヘンとせき払いするメアレインに、クオンは、うんざりしたように、

「あのなあ。ボクは、呪いで女の子にされただけなんだぞ! 呪いが解けたら、男に戻るんだ!」

「ま~だ、そういうことを言ってるんですか~! 往生際の悪い」

「メアだって知ってるだろう? 小さいころいっしょにお風呂に入ってたじゃないか」

 メアレインは一瞬で赤くなって、

「記憶にありません!」

「そうか? ボクには、ちゃんとアレがついてただろ?」

 メアレインは、さらに真っ赤になる。

「知りません!」


「おお!クオン姫!今日もお美しい!」

 そう言って、抱きついてこようとしたニルゼン王子に、クオンは思わず飛び蹴りをくれてしまった。

「き、きょうも、お、お元気そうで…」

 苦しそうに、それでもニルゼンは挨拶を続ける。プロだ。なんのプロかはしらないが。

 ゴージャスな長い金髪に、赤などの原色を主に使った派手派手な衣装。よくこのカッコで街を歩けるな、というのが、ニルゼンに対するクオンの印象である。

 だいたい、王子の衣装係は、自分の仕事が恥ずかしくならないのか?

「何の用だ?」

 じろりとにらみつけるクオンの問いは、にべもない。

 身長が頭ひとつ以上違うので、クオンはニルゼンの顔を見上げるようになる。首がしんどい。

 ニルゼンは恍惚として、

「ああ! 私の愛を受け入れてくださるのですね!」

「聞けよ。人の話を」

 クオンは、ぼそっと文句を言う。

「こんなところでは、人目もあります。いかがでしょう、そちらの客間に」

 やはりクオンの言うことは聞いてない。

 げしっ!

 もう一発、クオンの蹴りが繰り出された。

「寝言は、寝てる時に言えっ」

 クオンは、そう言うと、すたすた歩いていってしまった。

「ひ、姫っ! 姫~っ!」

 ニルゼンの叫びが、むなしくこだました。


 タンバート銀行は、タンバート城下にある唯一の銀行である。突然話題が変わって申し訳ないが、この物語で重要な役割を担う銀行なので、容赦いただきたい。

 資金量15億バイル。人間とモンスターの両方と取引をする、この大陸によくあるタイプの銀行だ。

「おはようございます!」

 クオンは、行員用入り口から、挨拶しながら入っていく。

 軽そうな皮の鎧に、小さな体に似合わない大きな剣を佩いている。対モンスター用の武装スタイルだ。どう見ても14歳の女の子には見えない。

 働かざるもの食うべからず。亡国の皇女としては、仕事をしないといてもたってもいられないらしい。そう考えて、クオンは、この銀行の外回り担当として、雇ってもらっていた。実際には、皇帝と皇女には、ここの国王の手厚い加護があるので、暮らしに困るようなことはない。国王としても、形式だけとはいえ、諸国の王の上に立つ皇帝が自らの城にいるということで箔がつくので、持ちつ持たれつではあるのだが。

「あら、クオン様、今日は遅かったですね」

 出納係のファルルが、にこやかに笑ってクオンを迎えた。ここでは、クオンは「皇女様」や「姫様」とは呼ばれない。クオンは、それを喜んでいる。

「出掛けに、変なヤツにつかまったんだ。すぐ外に出るよ」

 クオンは、現金袋を受け取ると、すぐに出ていった。

 その後を目で追いながら、ファルルは、

「クオン様って、ああいうカッコしててもカワイイわぁ。言い寄ってくる男性の気持ちもわかるような……」

 ただ、クオンの見かけは、実年齢よりさらに幼く見える。現時点で言い寄ってくるオトナの男性は、特定の性癖を持っている可能性があるので気をつけたい。


 ずにゅっ!

 スライムの真ん中がぺしゃんこになった。いくらモンスター野中でも最弱クラスのスライムといえど、これは効いたはず。

「どうだ? 降参か?」

 クオンは、剣をかまえたまま、油断なくスライムに近寄っていく。

 倒されたスライムが、か細い声で、

「こ、降参するスラ。おまえ、強いスラ」

「よ~し。ならばどうする?」

「15バイル預金するスラ」

 スライムの体の中から、10バイル貨と5バイル貨が1枚ずつ出てきた。クオンは屈んでそれを拾いながら、

「いつも思うんだけど、これ、どうやって持ってるんだ?」

「体の中にポケットがあるスラ」

「どこに」

「秘密スラ」

 ふたりは、しばらく意味不明の沈黙を保ったまま、にらめっこをしていた。

「ま、いいや。怪我はちゃんと治せよ」

 クオンは、さらさらっと預り証を書いてスライムに渡す。それから営業用スマイルを作って、

「ありがとうございました!」

「こちらこそ、わざわざ来てくれて、ありがとスラ」

 スライムも、ペコリと頭(というか上半分)を下げて挨拶を返した。なかなか礼儀正しい。

 モンスターたちは、預金したい時には、銀行員を呼びつけては戦いを挑む。銀行員に負けたら預金をするのだ。勝ってしまったら、また次の銀行員を呼びつける。

 銀行員の方も、モンスターの挑戦を待っているだけでなく、自分から森や山の中に出かけて、モンスターに戦いを挑んで預金をもらっていた。実際、素直なモンスターばかりでないので、命がけである。

 クオンもこの仕事を始めたばかりだし、今のところ確実に勝てるのは、スライムかラージスライムぐらいだ。

 今回のスライムは、昨日、魔法電話で銀行に連絡してきたのだ。「預金したいので、誰か勝負に来てスラ」ということで、予定の入ってなかったクオンが、相手を買って出たわけだ。


「姫~っ。今日もお美し……」

 ばきっ!

 クオンの帰宅を待ち構えていたニルゼンは、こうしてまた、クオンの鉄拳を食らってしまった。もちろんグーに握っている。

「早く国に帰れ」

「なんと、それでは私とともにビフォレス王国に帰っていただけるのですかっ!」

 あいかわらず人の話をちゃんと聞かない王子様であった。

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