(18) 新米皇女は吊るされる
「あれ?」
六発めの呪文詠唱を開始する前に、ファナールは、ゴーレムの群れを見ていてちょっと引っかかりを感じた。
ゴーレムたちが歩いた後は、魔法攻撃で破壊されたゴーレムの残骸が大量にころがっている。しかし、なおも二百を超えるゴーレムが歩いているのだ。ただ、よく見ると、さすがにあちこちに傷がついているものが多い。
「なんじゃ?」
ファナールの声に気が付いたのは、すぐ横にいた魔法使いの老人だ。
「変なのよ。あのゴーレム」
指差したのは、頭がふたつあるゴーレムだった。
「ほほぉ。頭がふたつあるのぉ」
老人の指摘にファナールは首を振る。
「それはそうなんだけど。それだけじゃなくって……」
ファナールが、何が引っかかるのか考えようとしていると、魔法攻撃の指示が飛んできた。
『六発め! 電撃系で行きます! 詠唱開始!』
六発めを撃ってから考えよう。ファナールはそう思って、呪文を詠唱し始めた。
「空と大地の両端を、怒りをこめて結ぶものよ」
ふたつ頭のゴーレムに気を取られていたファナールは、呪文の選択を間違えたらしい。これは「ピカーディア」の呪文だ。ファナールの今の力では、こんな大魔法を使ってしまっては、最後の七発めへの余力は残せない。しかも、今の状況では広範囲を攻撃すべきなのに、この呪文は一点集中型だ。
「汝、その力もて、我が敵を突き破れ」
秒読みが始まる。
『五、四、三、二、一、発射!』
その合図で、魔法使いたちは、一斉に電撃魔法を放った。ファナールもピカーディアの呪文を放つ。
「ピカーディアーッ!」
ドッカーーーーーン!
とどろく雷鳴、すさまじい稲光。無数の電撃がゴーレムたちを襲った。その中でも、ファナールの電撃魔法は、一直線に頭がふたつあるゴーレムを直撃した。意識してそうしたわけではなく、気になっていたために、つい、そうなってしまったのだ。
攻撃結果を確認していたファナールは、「あっ!」と小さくそう叫んだが、次の瞬間、ぽんっという音とともにピンク色のスライムに変化してしまった。
「ス、スラッ! スラスラスラーッ!」
そう叫びながら悶えているスライム。おそらく、ファナールは、何か大事なことに気付いたのだ。しかし、スライム語しか話せくなってしまった今、その「大事なこと」を他人に伝えるすべはない。
かどかばしゃぼあーーーーっ!
魔法攻撃の最後、第七撃が繰り出された。魔法使いたちが残していた魔力を全てぶつける攻撃だ。だから今回だけは種類が統一されていない。音が妙だったのはそのせいだ。結果的に、見た目や音がハデだったわりには、ゴーレムの被害は少なかったようだ。
この時点で、残り約二百体。魔法使いたちはそそくさと引き上げていく。
「行くぞーーー!」
ニルゼンに防御魔法をかけてもらったクオンとアルダールは、ゴーレムの群れに向って駆け出す。そのすぐ後にはニルゼンが続いていた。
その両脇をドドドドドと、タウゼン王子に率いられた騎士たちが駆けぬけていく。
「ニルゼン、先に行くぞ!」
タウゼンに声をかけられたニルゼンは、
「さっさと行ってください」
と、にべもない。
「はっはっはっ! 俺の活躍を見ているがいい!」
タウゼンが手に持つのは巨大なメイス。普通の人では持ち上げることすら難しいと思われる。しかも、何と両手に1本ずつ持っている。これを振りまわしてゴーレムを砕こうとしているのだ。
アルダールは、「炎帝の剣」の威力にものを言わせて斬りまくる。クオンは普通の剣しか持っていないので、ゴーレムの足を狙って足を止めることに専念する。
ゴーレムは、攻撃されれば反撃するものの、自分から攻撃して来ようとはしない。だから、群れの中に突っ込んでいっても、意外に危険は少なかった。
……本当は真の危険が隠されていただけなのだが。
ゴーレムの足に剣を叩きこんで、さっと飛びのくクオン。
少したって、どーーーーーんという音とともにゴーレムが倒れた。
「はぁはぁはぁ」
十体めともなると、さすがにちょっと息が上がってきている。「渾身の一撃」レベルの斬撃を何度も繰り返していればやむを得ないだろう。
怪我はニルゼンの魔法で直せるが、疲労はどうしようもない。
「ふぅー」
息を整えると、クオンは次に迫ってきたゴーレムに向っていった。
見ると、そのゴーレムは頭がふたつある。ゴーレムは一体一体かたちが異なるから、あまり気にもせず、クオンはそのゴーレムの足に剣を叩きつけた。
がきぃぃん!
まるで金属と金属がぶつかったような音がする。なんと、そのゴーレムはものすごい硬さだったのだ。一瞬手がしびれて、クオンは思わず剣を取り落としそうになった。
剣を持ち直そうとしたクオンだったが、次の瞬間……
何が起きたのかわからなかった。クオンにわかったのは、視界が一瞬にして変わってしまったということだけ。
世界が逆転していた。
もちろん、それはクオンから見た世界だ。クオンはゴーレムの手に足をつかまれて、高く持ち上げられてしまったのだ。さかさまになっていれば当然、視界は上下が逆になる。
クオンにも、ようやく自分の置かれた状況がわかった。
手に持った剣を振りまわすが、まったく役には立たない。
「姫ぇーーーーーっ!」
ニルゼンが絶叫とともに飛びかかってくる。しかし、ゴーレムは、それを足蹴り一発でふっ飛ばしてしまった。
「ぐふっ」
「ニルゼン! だいじょうぶかぁっ!」
倒れてしまったニルゼンに、クオンは声をかける。
もちろん、打たれ強いニルゼンが、この程度で音をあげるはずはない。すくっと起きあがって、
「姫。ご心配なく。その白く小さな布の向こうの世界を想像するだけで、私は力が湧いてきます」
何を言っているのかわからなかったクオンだったが、ニルゼンの視線で気付いた。
クオンはスカート姿。そして足をつかまれて逆立ち状態。当然ながら、スカートは物理的な法則に従い、本来の役割である下半身を覆う仕事を放棄していた。
「きゃあっ」
そんな黄色い悲鳴とともに、クオンは持っていた剣をニルゼンに投げつけ、それによって空いた手でスカートを押さえる。
「ぐふふふふふ」
地の底から響くような、低い笑い声が聞こえた。すぐ側から。
クオンは体をよじってその声の方向を見た。
ゴーレムのふたつの頭のうちのひとつに、生き物のように動く目や口が現れていた。こんなものはふつうのゴーレムにはない。声を出していたのは、その口だった。
「つかまえたゾ、赤毛の娘。オマエか? 地の加護を受けた娘とイウのは」
ゴーレムたちは、いつのまにか歩く方向を変えていた。すべてのゴーレムが、クオンをつかまえたゴーレムに向って歩いてくるのだ。そして、そのゴーレムに近付くと、砂となって砕け散る。そのたびに、ふたつ頭のゴーレムは巨大化していった。
アルダールが炎帝の剣をふるうが、ザコゴーレムたちに阻まれて、肝心のふたつ頭のゴーレムにはほとんど達しない。
「むうぅ。あれを……」
巨大メイスを持ったタウゼンが、部下になにごとかを命じている。騎士が三人、それを受けて駆け出していった。
「地の加護を受けているかドウカ、試してみよう」
巨大化したふたつ頭のゴーレムは、そう言って、クオンをさらに高く持ち上げた。落ちたら助からないぐらいの高さだ。
「や、やめろ~!」
自分を落とそうとしている気付いたクオンは叫ぶが、ゴーレムはまったく気に留めない。
「ぐふふふふふ。落ちタラ、痛いダロウな?」
「痛い! たぶん痛い! だからやめろ!」
クオンは、じたばたしながらわめいている。
「コレがあってはチャンと落ちないかな」
そう言いながら、ゴーレムは空いている方の手でクオンのスカートをつかむと、力まかせに引き破った。ひらひらしていたスカートの空気抵抗を気にしたらしい。図体に似合わず、やることが細かい。
クオンは思いっきり抵抗したが、その甲斐なくあっさり、可愛らしい下着姿をさらしてしまった。真っ赤になっているのは、頭が下になって血が下がってきているせいだけではあるまい。
そこに先ほどの騎士三人が駆け戻ってきた。真ん中の一人が、大きな弓を抱えている。
「ニルゼン! それを使え!」
そう大声で指示したのは、タウゼンだ。
ニルゼンは、はっとしてその弓を見る。
「こ、これはまさか」
「『風傑の弓』だ。俺は使えなかった。使ってみろ!」
タウゼンの言葉は短いが、言っていることは明確だった。ビフォレス王家に伝わる神器「風傑の弓」。これを譲るから、戦えと言っているのだ。
ニルゼンは、うなずくと、騎士から弓を受け取った。
「風傑の弓」には「矢」はない。勇者の資格を持った者が弦を引くと、風が矢のかたちになって現れるのだ。
「ナニ?」
ゴーレムは、「風傑の弓」に気付いた。
「ソレをオレに射ようとイウのか?」
ニルゼンは答えず、弓を構えて弦を引き絞る。
「煩悩で満ちあふれたオマエに、そんな資格はあるまい?」
バカにしきったようなゴーレムのあざけり。しかし、そう言われてもやむを得ないだろう。ニルゼンは、好きな女の子の下着姿を見た男の子として、正直な反応を示していたから。なお、どこがどういう反応を示していたかは、ご想像におまかせします。
「姫! 今、お救いします」
大声で宣言したニルゼンの手に、風が集まってきた。
風が渦となって、弓と弦の間に太い螺旋を作っていく。
「おお」
タウゼンが思わず声をあげた。タウゼンがいくら弦を引き絞っても何も反応しなかった「風傑の弓」が、ニルゼンの手でついに発動しようとしているのだ。
「マサカ」
その状況を見たゴーレムは、さすがにうろたえた。
「そ、そんなコトをしたら、この娘を落とすゾ!」
ニルゼンは答えない。そして、無言のまま風の矢を放った。
シュウーーーーーッ!
つむじ風を起こしながら、風でできた矢は、一直線にゴーレムの腕めがけて飛んだ。
次の瞬間、ニルゼンは呪文を詠唱する。
ごしゅっ!とゴーレムの肩に矢が当たった。あれほど硬かったゴーレムの肩が吹き飛ぶ。
と同時に、クオンをつかんだままの腕が、ゆっくり下に落ちていく。落ちていく途中で、ちぎれた腕は砂と化していった。
だが、このままではクオンが地面に叩きつけられてしまう!
見ていた誰もがそう思ったが、実際はそうはならなかった。ニルゼンが魔法で生み出した「風のじゅうたん」が、落下してくるクオンを受け止めたのだ。
「ぐふふふふふ……」
笑っていたゴーレムだったが、くるりと後を向くと、そのまま歩き始めた。
「負けたヨ」と言いながら。
地面に横たわったクオンの側に、まっさきにニルゼンが駆けつけた。
「ひ、姫! だいじょうぶですかっ?」
ニルゼンは、クオンを抱き起こす。クオンは目を開けて、ちょっと微笑んだ。そして、
「よ、預金を」
敗者の美学を背中に漂わせながらカッコよく去って行こうとしていたゴーレムだったが、クオンのこの言葉を聞いて、力一杯ずっこけていた。巨体がずっこけた衝撃は大きい。まるで地震のような振動が隣国まで伝わったという。
ゴーレムはのそりと立ちあがり、向こうを向いたまま、
「オレは『地の巨人』ゴウラ。ビスマは十万バイル預けたと聞いた。オレは二十万バイル預金してヤロウ」
と言って、ずしんずしんと、ふたたび歩き始めた。
「ありがとうございました」
小さな声でお礼を言ったクオンの体の上に、ひらひらと白くて長い布が落ちてくる。
「ニルゼン、気が利かないな。女性が肌をさらしているのだぞ。なかなか良い筋肉をしているから隠すのはもったいないが」
そう言ったのは馬上のタウゼン。ふんどしも取ってしまって素っ裸だった。




