(17) 新米皇女は迎え撃つ
馬に騎乗したその男は、年齢は二十歳を少し超えたあたりかと思われた。堂々たる体格をしている。身長は二メートル近いだろう。そして、すさまじい筋肉の塊であることが、誰にでもわかった。なぜなら、その男は、靴を履いている他は、ふんどし一丁だったからである。
あっけにとられるクオンたちだったが、ニルゼンはもちろんその正体を知っている。
ふんどし男は、馬車の中のニルゼンを見つけると、声をかけてきた。メアレインはあわてて馬車を止める。
「ニルゼン。あいかわらず、ひ弱そうだな」
ニルゼンの名誉のために言っておくが、通常の尺度で見れば彼は決してひ弱などではない。冒険の旅を続けたり、神官の修業をしたりしているので、一流の騎士なみの体格を持っているのだ。ファッションのセンスや言動が妙だからといって、バカにしてはいけない。
しかし、ふんどし男の前では、ニルゼンも色あせる。ふんどし男の筋肉はすごい。何しろ逆三角形と言ってもいいぐらいに上半身の筋肉が発達し、首まで筋肉が盛り上がっている。腹筋だって、ぎんぎんに割れている。……こんな描写、これ以上続けるの苦痛なので、やめていいですか?
「姫。紹介したくはないのですが、コレは私の兄、タウゼンです」
いかにもイヤそうに、兄をクオンに紹介するニルゼン。
タウゼン。ビフォレス王国のれっきとした王太子だ。「コレ」と言われて怒ると思いきや、タウゼンは馬車の中のクオンを見つけて声をかける。
「おお! そなたがニルゼンが連れてきた婚約者か! ちょっと小さいが、なかなかいい筋肉をしてそうではないか」
それが初対面の挨拶かいと思いつつも、クオンは作り笑いをしながら馬車から降りる。そして、タウゼンの近くまでとことこと歩いていくと、古い儀礼どおりにゆったりと腰をかがめながら頭を下げた。なかなかサマになっている。
「王太子殿下。わたしはフォルと申します。ふつつかものではございますが、よろしくお引き回しのほど、お願いいたします」
この挨拶は、アルダールの文案だ。話し方もていねいでやわらかいし、上出来だ。
とりあえず最初の責任を無事に果たしたクオンは、ほっとしていたが、次の瞬間、そこに迫りつつある危機を察知した。とっさに剣を抜こうとして何も武器を持っていないことに気が付き、ともかくタウゼンに危険を伝えることにする。
「タウゼン殿下! うしろにモンスターが!」
クオンが叫んだ次の瞬間、ぶーんと音がして、突然巨大なハチのようなモンスターが三匹、タウゼンの背後から襲いかかってきた。タウゼンの連れの騎士たちはあわてて駆けつけようとするが、間に合いそうもない。クオンだけでなく、タウゼンもふんどし一丁の姿だからどこにも武器は持っていない。
しかし、この危機にタウゼンは後ろを振り向きもせず、ニヤリ笑ってからブンッと腕を振った。
ばしゅーっ!
タウゼンの腕が触れもしないのに、間接的に強烈な拳圧を受けただけで、三匹のモンスターは吹っ飛んだ。すさまじいパワーとワザである。
とても敵わないとみたのか、モンスターはフラフラになりながらも、飛び去っていった。
「ふふふ。フォルとやら、そなた、剣の心得もあるようだな。ますます気に入ったぞ」
タウゼンがうれしそうに笑いながら言う。モンスターを見た瞬間のクオンの身のこなしで見抜いたらしい。さすがだ。
「ようこそビフォレスへ。歓迎しよう」
そう言うと、タウゼンは馬を返して駆け去っていった。お供の騎士たちも続く。
それを見送ってから、ふーーーーーっっと、クオンは大きなため息をついた。
「もうしわけありません! 姫!」
ニルゼンが、すまなそうに頭を下げている。
「おもしろいお兄さんだね」
苦笑しながらそう言うクオンに、ニルゼンは衝撃を受ける。
「ま、まさか、私というものがありながら……」
「そんなもんないぞ」
「あのむさ苦しい筋肉男に、ひとめボレされたなどということはっ?」
「それもないっ!」
「大変なことになりそうよ」
と言ったのはファナールだ。
クオンたちは、とりあえず王宮の敷地の中にあるニルゼンの館に入っている。ニルゼン王子の婚約者をお披露目するというので、国中の貴族や名士たちが王宮に集まりつつあり、集合し終わるのを待っているのだ。ちなみに、国王や王妃にも、まだ会っていない。対面はできるだけハデに、という国王の指示が出ているため、準備に時間がかかっているようだ。
「大変って?」
クオンが聞き返す。そのクオンの服装は、なぜか侍女の服。ビフォレス王宮の侍女の制服だった。ニルゼンの館の中にいる時ぐらい、お姫さまの格好をやめたいという、クオンのたっての希望を全員でねじまげた結果である。もちろん、クオンはタンバートの王宮にいた時のような、男の服装に着替えたかったのだ。
「ゴーレムの行進が、このあたりを横切りそうなんだって」
例によって、魔法使い独自の情報網で知った話だ。
「なんですって!?」
反応したのはニルゼン。他の面々は、「なんだそりゃ?」という表情。それを察知したファナールが、解説する。
「『ゴーレムの行進』っていうのは、数十年に一度、謎の巨大石像が群れをなして歩いていくことよ。最後は海に入っていっておしまい」
「実はこの頃、回数が増えているのです。どれも、北からやって来て、この国に大きな被害をもたらしました」
深刻な顔のニルゼン。こういうまじめな表情は珍しい。こうしていれば、そんな変なやつじゃないのに。クオンがそう思ってニルゼンの顔を見つめていると、
「姫、ご心配はいりません。一命を投げ打っても、このニルゼン、姫にはゴーレムの指一本、触れさせませんとも。姫のやわらかなカラダの奥底に触れていいのは私の指だ……ぐふっ」
みぞおちにクオンの豪快な膝蹴りがヒットしていたのは、言うまでもあるまい。
身長は三~五メートルぐらいはあるだろうか。人のかたちをした石が、ゆっくりと歩いている。数がすごい。ぜんぶで数百体いるだろう。かたちは一定ではない。一応どれも人のかたちをしてはいるものの、頭がひょろ長かったり、やたらと太っていたり、まるでヘタクソな粘土細工のようだ。
石像たちは、ビフォレスの国境であるトーニ河を、続々と渡っていく。
ビフォレス王国の迎撃方針は、すでに決定していた。通常の攻撃ではほとんど歯が立たないので、魔法使いによって攻撃を行ない、進路を少しでもずらして、首都を守るのだ。歴史的な経緯があって、この大陸の国々は基本的に魔法使いを重用しないが、こういう時はやむを得ない。魔法使いたちも、普段は重宝されていなくても、恩を売れる時には売っておきたいから、協力する。
今回、迎撃陣は首都ビフォレスの前面、すなわち街のすぐ北側に展開することになった。魔法使いの数も限られているので、何段にも分けて迎え撃つ余力はないのだ。それに、妙なところで進路を変えられても、他の街に被害が出てしまう。首都の手前で海に追い落とせれば、どこにも被害は出ないはずだ。しかし念のため、失敗した時に備えて、すでに市民の疎開がはじまっていた。
ファナールは、クオンたちと別れて魔法使いたちの陣に加わっている。最初、ファナールを子供と見て追い返そうとした魔法使いたちだったが、名前を聞いて態度が変わった。魔法使い業界の中では、ファナールの名はかなり売れてきているらしい。実際、クオンたちと冒険をするうちに、いつのまにか、かなりのレベルの魔法つかいになっていたのだ。そういうわけで、ファナールは魔法使いの陣の中でも主力のひとりという扱いを受けて、戦いの準備に没頭していた。すなわち、用意された食事を食べまくっていたのだ。
クオンたちは疎開をすすめられたが、そんなことを聞くクオンではない。戦さ装束に身を固め、迎撃する騎士の中に加わろうとした。しかし、それには各方面から待ったがかかった。せっかくニルゼンの婚約者である元侍女という設定を作ったのに、台無しになってしまう、と。
クオンはやむなく、侍女の姿のまま剣をかまえるという、珍妙な姿で出撃することになった。
ゴーレムの正面にいては踏み潰されるだけなので、魔法使いたちも騎士たちも、ほとんどは側面に布陣しているが、クオンたちは正面で堂々迎え撃つことにした。魔法使いたちの一斉攻撃が終わったところで、進行方向が変わらなかった場合、ゴーレムたちを倒せるだけ倒そうという作戦だ。少しでも首都や王宮の被害を減らすために。
さやに収めた剣を持ったクオンの横には、ニルゼンとアルダールが立っている。2人とも剣を持っているが、ニルゼンはもっぱら治療や防御を担当する予定だ。
東から強い風が吹いてきているので、クオンは空いている左手でスカートを押さえていた。それでも風を受けてぱたぱたとはためくスカート。
ビフォレスの騎士たちから、その姿はよく見えた。そして騎士道精神豊かな彼らは、か弱い女の子(彼らの主観ではそう見えた)を敵の正面に立たせて、自分たちが側面にいることなど許容できなかった。指揮官の制止命令を無視して、少しずつクオンたちに近付いてくる。
ちなみに指揮官は、ふんどし一丁の筋肉男。
「やむをえん」
タウゼンは苦笑して大きく息を吸い込み、吼えた。
「栄光あるビフォレスの騎士たちよ! 貴殿らも知るように、あそこに見えるのは、わが弟の婚約者だ! 健気にも剣をとって戦おうとするわが義妹を、このタウゼン、見殺しにはできぬ。我に同意するすべての騎士は、ともに敵の前面に展開せよ!」
大音声が響き渡り、タウゼンの馬が駆け出すと、騎士たちは一斉にその後を追った。
どーーーーーん!
遠くから雷の落ちたような音が聞こえてくる。
「はじまったわね。魔法使いの攻撃が」
アルダールが、そう言いながら、「炎帝の剣」を抜いた。
予定では、魔法使いの攻撃は七回。それが彼らの限界だった。
どかーーーーーん!
こんどは、音だけでなく、光も見えた。第2撃だ。少し間をおいて細い煙が何本かあがる。戦果を知らせる「のろし」だ。
「第二撃までで約八十体のゴーレムを破壊するも進行方向変わらず。健在なゴーレム約三百五十体」
ニルゼンが、のろしの内容を説明する。
「予想以上の戦果です。あと五段の攻撃でかなり減らせそうですね。うまくすれば魔法攻撃だけで進行方向を変えられるかも」
ファナールが参加したことが、魔法攻撃の力を格段に向上させていたのだ。
カッ! どどどーーーーーん!
どしゃーーーーーっ!
攻撃の音が一回ごとに違うのは、異なる種類の魔法を使っているからだ。ファナールは、電撃を得意とするものの、最近は他の種類の攻撃魔法もかなりマスターしてきているから、すべての攻撃に参加しているのだろう。
グオーーーーーッ!
「あと二回」
クオンがつぶやいた。そして、剣を抜いてさやを地面に置く。クオンの体格では、さやを腰や背に下げているだけで負担になってしまうからだ。
やがて、ずしんずしんというゴーレムたちの足音が、このあたりにも聞こえてきた。
のろしによれば、今までに破壊したゴーレムは約百七十体。残り約二百六十体である。進行方向は残念ながらまったく変わっていない。このままだとまっすぐ首都に向ってしまう。




