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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
17/28

(16) 新米皇女は婚約者

 ビフォレス王国は、人間が支配する地域の最西端に位置し、唯一、魔王の勢力圏に直接に接している国である。西の国境がビフォレス湾であり、北の国境がビフォレス湾に流れ込むトーニ河だ。それより西と北は、すべて魔王の勢力圏になっている。以前は、ビフォレス湾の西側にはビフォレス王国の西半分があり、そのさらに西にはリトベール王国という大国があったが、滅びて久しい。現在のビフォレス王国は、それら西の地域から亡命してきた人々のおかげで、面積の割に人口が多く、農業や商業も発達している。つまり、かなり裕福な国だ。

 国王はハウネゼン十五世。旧アストベール帝国時代から続く名門の末裔だ。子は三人。長男タウゼン、次男ニルゼン、三男シェルゼンと、すべて王子だった。ニルゼンは次男の気安さで、旅をして遊びまわっていられるわけだ。

 さて、クオンたち五人は、この国に伝わると聞く伝説の武器のひとつ「風傑の弓」を手に入れるべく、やって来た。アルダールの持つ「炎帝の剣」が火の神の加護を受けているように、「風傑の弓」は風の神の加護を受けていると言われる。弓であるにもかかわらず、矢は不要らしい。

 リトアイザンの時と違い、ニルゼン王子が友人を連れて帰国するという設定なので、特に変装などしなくても、国境では問題は起きないはずだ。

 リトアイザンの国境には、長い城壁が連なっている。他の国と違い、魔王軍の直接の脅威にさらされているのだから、これは当然だろう。その城壁のところどころに門があり、そこが関所になっていた。

 五人がそこに近付いていくと、それを見た関所の番人らしき男が、奥に向って何か合図をしている。ニルゼンだけはそれが何かわかったようだったので、ファナールが聞く。

「あの合図って、なに?」

「私に気付いたので、歓迎の準備をしようとしているのでしょう」

「歓迎の準備、ねぇ」

 なにしろ、このニルゼンの故郷である。「歓迎」というのがどういうものなのか、ある程度予想がつくというものだ。

 そして、ファナールの予想はすぐに的中した。

 城壁の上に、ラッパを持った兵士たちが数人あらわれるや、ファンファーレを演奏し始めたのだ。

 そして、城壁の背後からは花火があがる。それと同時に、城壁からたくさんの垂れ幕が下がった。

「歓迎! フォル姫様! ようこそビフォレスへ!」

「奉祝! ニルゼン王子殿下ご婚約」

「フォル妃殿下万歳!」

 いささか気が早いのが多いようだが、おおよそそんな感じの垂れ幕が、二~三十も下がっていた。

「そうか、結婚するんだ、ニルゼン。水臭いなぁ、言ってくれないなんて」

 と、ぼそっと言ったのはクオンだ。

「ひっ姫っ! そ、それはっ!」

 うろたえるニルゼン。ちょっとその狼狽ぶりがかわいそうで、ファナールは助け舟を出してやることにした。

「『フォル』ってさ、クオンが使ってた偽名じゃないの?」

「うん。ぼくがリトアイザンで名乗ってた名前といっしょだね。『フォルシード』の一部だよ」

 クオンのミドルネームは、以前はフォルシードという男性名、今はフォルセラという女性名。どちらも略すと「フォル」になる。もっとも、クオンは「フォルセラ」という女性の名前は頑として認めなかったが。

「だからさ、あれって」

 ファナールは垂れ幕を指差しながら指摘する。

「クオンのことじゃないの?」

「誰が?」

「『フォル妃殿下』が」


 国境の関所で借りた馬車でビフォレス国内に入ったクオンたちだったが、「このままではマズイ」という結論に達していた。

 何がマズイのか?

 国境の関所の兵士たちは、侍女であるメアレインをニルゼンの婚約者の姫君だと思いこんでしまったのだ。なぜなら、彼らは事前にこんな情報を聞いていたらしい。

「ニルゼン王子は、リトアイザン城で働く赤毛の侍女を見初めて、婚約者として連れ帰ってくる」

 たしかに一行を見ると、メアレインは「赤毛の侍女」にぴったり該当する。クオンも赤毛だが、少年戦士にしか見えない。兵士たちが誤解するのも無理はなかった。

 間違われたメアレインは、否定しようとしてすぐに思い直した。今のクオンは髪の毛もボサボサ、薄汚れた戦士の衣装を着た、どう見ても男の子にしか見えない状態である。これではいけない。いくら目的のための狂言とは言え、お姫様はお姫様らしく着飾ってから、お披露目するべきだ。そう考えたのだ。クオンだって、きちんとすれば、ちゃんとお姫様に見えるはずなのだから。

 そういうわけで、人通りのない道端で馬車を止めて、メアレインはいそいそとクオンの「飾り付け」を始めたのだった。ニルゼンとアルダールは、馬車の外に追い出されてしまっている。

「侍女の服でもすっごくイヤだったんだぞ? なのに、こんなのを着るのか?」

 下着姿のクオンが文句を言っている。しかし、あいかわらず男の子用の下着を着ているところが、クオンのあきらめの悪さを物語る。

「姫様。こんなのとはなんですか。こんなのとは! せっかくこれを下さったアル様にもうしわけないでしょう!?」

 その衣装は、アルダールの手持ちの服(もちろん、お姫様用)の中から分けてもらったものだ。アルダールよりクオンの方がずっと小さいので、もちろんサイズはかなり直さざるを得なかったが、そこはメアレインの技術でなんとかなった。さすが侍女一筋十四年はダテではない。

 お姫様用と言っても、旅行用の服装なので、裾はそんなに長くない。ひざの下ぐらいまでのスカートだ。単純な青色だった侍女の服と違い、白を基調に微妙に複雑な色が混じっている。

「この服の前にまず、下着をこれに替えてください」

 女の子用の下着を持って、メアレインが命じる。もはやこれは命令にしか聞こえない。どちらが侍女か、わからない。

「今着てるのって、今朝、はき替えたばかりだぞ」

 そう反論するクオンだったが、あっさり拒否された。

「そういう意味じゃなくって。下着が見えたらどうするんですか!」

「これだけスカートの裾が長けりゃ、中が見えるわけないだろ」

「見えるわけなくても、見えた時のことを考えるんです!」

「だったら、そんなもんが見えるより、逆に今のままの方が……」

「ダメです」

 取り付くシマもない。ファナールが苦笑しながらクオンの肩をぽんと叩く。

「往生際が悪いって。女は度胸だよ」

「ぼくは男だーーーーーっ!」

 絶叫するクオンだったが、メアレインとファナールには、まったく無視されてしまった。


 馬車はふたたび動き始めた。ちなみに御者は、できる人が交代でやっている。ニルゼン、アルダール、メアレインの三人だ。ニルゼンとアルダールはともかくとして、メアレインが馬車を動かす技術を持っていることにクオンは驚いた。クオンは騎乗は普通にできるが、さすがに馬車までは扱えない。メアレインにできないことって、あるんだろうか? 戦闘は専門家にまかせるとかメアレインは言っているが、実は戦闘だってできるんじゃないかとまで、クオンは思っている。

 それはさておき、クオンは、今の服装についての疑問を、馬車の中で向い側に座っているニルゼンにぶつけてみることにした。

「ニルゼン、ちょっと聞いていいか?」

「なんでしょう? 姫」

 うやうやしく答えるニルゼン。クオンは本題に入る。

「メアがさ、見えた時のことを考えろって言うんだけど、こんなの見えたらどう思う?」

 さっとスカートをめくりあげて、すぐに元に戻すクオン。

「えっ」

 と言ったきり絶句するニルゼン。クオンの目はニルゼンの目をのぞきこんでいるのだが、男の悲しさ、ニルゼンの目はクオンの目を見てはいなかった。

 次の瞬間、ぱーーーーん!と派手な音が鳴った。ハリセンを持ったメアレインがぷるぷる震えている。クオンの隣に座っていたメアレインが、そのハリセンでクオンを力一杯しばきたおしたらしい。それにしても、どこにハリセンなんて持っていたのだろう?そもそも、侍女が皇女様にそんなことしていいのか?

「なんてことするんですか! 女の子がそんなことするもんじゃありませんっ!!」

「ゴ、ゴメン」

 クオンは、メアレインのあまりの剣幕に、つい謝ってしまってから、

「じゃなくって! ぼくは男だからいいんだっ!」

「男の子だったらっ! 自分のスカートをめくり上げたりしません」

 毅然と反論するメアレイン。

「男の子だって、女の子のスカートをめくるぞ!」

 クオンも反論するが、どんどん話がずれていく。

「そんなことは、先生が許しませんっ」

 ニルゼンの横に座っていたファナールが、くすくす笑っている。

 その時、つつー、とニルゼンの鼻から血が流れ落ちてきた。

「ニルゼン! どうしたんだ? 血が出てるぞ!」

 驚いて顔を近づけるクオン。ニルゼンは鼻を押さえて、

「い、いえっ、なんでもありません。だいじょうぶです! ただ……」

「ただ、なんだ?」

 すぐ目の前でじっと見上げてくるクオンを見ながら、ニルゼンは真剣に続けた。

「姫との初めての夜、その可愛い下着を私が脱がしてさしあげるのかと思うと、感動のあまりに」

 全身を震わせて真っ赤になっていたクオンだったが、数秒後、しゃがんだ姿勢から、全身の体重を乗せた回し蹴りをニルゼンの体に見舞っていた。馬車の幌を突き抜けて外に落ちていくニルゼン。

「いっぺん死んで来いぃーーーーーっ!」

 クオンの絶叫に気付いたアルダールがすぐに馬車を止めたが、はたしてニルゼンは無事なのだろうか?


 遠くに、色とりどりのアドバルーンがいくつも上がっているのが見えた。下の方には城壁が見える。あれがビフォレス王国の首都、ビフォレスだ。

「何か、お祭りなのかな」

 派手なアドバルーンを見てクオンは、向い側に座っているニルゼンに聞く。ニルゼンは、いつのまにか着替えてはいたが、傷ひとつない。クオンに馬車から蹴り落とされたにもかかわらず、無事だったようだ。

 フッと微笑んで、ニルゼンは答えた。

「もちろん、お祭りですとも」

「建国記念日とか?」

 タンバート王国の祭日といえば、建国記念日とか皇帝生誕祭あたりだった。

「何をおっしゃいます、わが愛しの姫。わがビフォレス王国が、美しい妃をお迎えする日なのですよ」

「そりゃまぁ、そういう設定にしてあるけどな」

「設定とは情けないおっしゃりよう! 私は心から姫をお慕い申しあげておりますものを!」

「そういう設定なんだよな。まぁいいけど」

 ニルゼンの情熱的なセリフに、淡々と事務的な回答を返すクオン。聞いているアルダールたちは、ちょっとニルゼンがかわいそうになってきた。

 その時。

「前の方から、騎馬が十騎ほど、近づいてきます」

 と、御者席のメアレインが報告してきた。

「ビフォレスの騎士の方々でしょうか?そのうちお一人……なんだかものすごい格好をなさってますけど」

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