(13) 新米皇女は新米侍女
「住みこみ侍女募集。赤毛に限る。経験者優遇。詳しくはリトアイザン城侍従室へ」
そこには、そう書いてあった。
道端に、いきなり、そういう立て看板が立っているのだ。これはもう誰が見ても、ツッコミどころ満載である。
「侍女に住みこみじゃないのなんて、いるのか?」
まず、最初にクオンが突っ込んだ。
クオンのいた城の侍女は、クオン付きのメアレインをはじめ、全員が住みこみ、というより、城が家そのものだった。通いの侍女なんて、聞いたことがない。
次はファナールが突っ込む番だ。
「だいたい、なんで赤毛に限るわけ?」
ところが、これには理由らしきものが考えられるらしい。アルダールによれば、
「リトアイザン国内では、赤い髪の毛は、正統なアストベール帝国人の末裔である証しとされてるから、人気があるのよ。じっさい、王家を筆頭に、お城の中には、赤毛の人が多いわ」
と、いうことらしい。その割には、クオンと同様にアストベール皇帝の末裔であり、れっきとした国王の息子であるアルダール本人は、なぜか、赤毛でなく栗色の髪なのだが。
「なるほど。リトアイザンの侍従室というのは、誰でも入れるところにあるのですね」
ニルゼンが、さりげなく3つめのツッコミを入れた。本人にツッコミのつもりがあったのか、単なるボケなのかわからないが、考えてみれば、応募しようにも、城の侍従室などに、一般の女性が近付けるはずがない。
ところが、これもアルダールから解説がついた。
リトアイザン城の前には、城内の各セクションあてのポストがあるのだった。それに手紙を投函しろということなのだろう。
「妙に開かれた城なんだな」
クオンの感想は、ごく普通の感覚だと思う。
「というわけで」
ファナールは、そう言いながら、クオンをびしっと指差した。
「クオンの次の役目が決まったわね」
「へ?」
クオン、あいかわらずニブイ。読者の皆さんは、サブタイトルでとっくにお気付きのことだろう。
「あたしたちの中で、赤毛って言ったらクオンしかいないっしょ!」
ファナールの宣告に、クオンも気付いた。
「なるほど、これに応募して城の中に入ったら、中から、みんなが入りやすいように細工をする、と」
「上出来上出来」
ファナールはご満悦。
「そうと決まったら、さっそく」
クオンたちは、リトアイザン城下の街に到着すると、アルダールに案内されて、アルダールの生母が住む家を訪ねた。
ちょっと妙な話だ。国王の世継ぎの母親が、なぜ城外の普通の家に住んでいるのだろう?
「母は、国王の正妃ではないのよ」
アルダールが、説明する。つまり、国王陛下が普通の町娘にお手をおつけになって、アルダールが生まれたのだ。世継ぎを生んでも、母親の立場は変わらない。あくまでも王妃ではないのだ。現在の王妃はビスマという若く妖艶な美女である。前の王妃が亡くなった後、ちゃっかり王妃の座におさまってしまった。
アルダールの母、シャインは、アルダールの友人たちを歓待した。そして、しばらくの間、滞留すること、というより匿うことを快く許してくれた。
シャインの髪は、濃い栗色。アルダールの髪が赤くないのは、これが理由だったのだ。
食堂で、シャインと4人は食卓を囲みながら、話をしている。食卓といっても、ごく質素な一般人の食事だ。この家の作りといい、世継ぎの生母と言っても、ぜいたくな暮しをしているわけではないらしい。そもそも侍女だって1人しかいない。余談だが、その侍女はフュイリという名の元盗賊。似たような名前の元盗賊がどこかにいたような気がするが、その話はまた後日。
「アルには、無理をさせちまったねぇ。あたしの若気の至りで」
シャインが言うのは、アルダールを王子としてではなく、王女として公表してしまったことだ。そう。犯人はシャインだった。皇帝の末裔の娘を産んだとなれば、予言の「白き光の皇女」である。若かったシャインは、これで国王の歓心を買えると思ったのだ。しかし、残念ながら、シャインの立場は変わらなかった。
シャインは、今さらあとには引けないので、アルダールがある程度大きくなるまで、自分の家で育てた。男だとばれることがないように。
「で、なんだい? あたしに頼みってのは?」
このお母さん、城の中でもこんな調子の話し方らしい。王妃になれないのは、これも理由の一つなのではないだろうか、とクオンたちは、ちらっと思った。思っただけで口には出さないのは、モラルある社会人としての知恵である。
アルダールは、シャインに自分たちの計画を話して、協力を求めた。
「ふうん。そういうことなら、あたしがその子を侍従室に連れてってあげるよ。イヤとは言わせないさ」
カラカラと笑うシャイン。この人、意外に権力も持っているようだ。まぁ、敵に回したくないタイプかもしれない。
「でも、そんな男の子みたいなナリ、してちゃダメだね」
当然の意見だろう。アルダールたちも、うんうんとうなずいている。
「あたしが昔着てた服があるから、貸したげるよ。採用されたら、仕事着は支給されると思うけど」
シャインの口添えで、クオンはあっさり採用された。しばらくは見習いという立場ではあるが、いきなり、国王陛下の担当になってしまった。クオンは、侍女の仕事などしたことあるはずがないが、何しろ宮廷の礼儀作法が一通り身についている。しかも、物心ついたときから侍女という存在がすぐ側にいたので、侍女の仕事もある程度わかっている。採用する側からすれば、得がたい人材に見えたのだろう。侍従室長と侍女頭によるいくつかのテストに、クオンは楽々合格した。
今、クオンが着ているのは、仕事着として渡された侍女用の服。濃い青色のメイド服だった。スカートがまつわりついて動きにくいのだが、これも定められた制服なのでやむを得ない。
今さらながら、年中こんな格好でいるメアレインのことをスゴイ、とクオンは思う。腰は苦しいし、胸は苦しいし、首は苦しいし、腕は苦しいし、足はすーすーするし。だいたい、朝、髪を整えるだけで、大変なのだ。ふだんはぼさぼさ頭のクオンだったが、ここではそうもいかない。ぶつぶついいながら、床のぞうきんがけをしているクオンだったが、まあ、ここの生活も、なかなかいい社会勉強にはなっているようだ。
クオンは掃除している部屋は、国王の私室である。国王は、病気で臥せったままなので、すぐそこのベッドで寝ている。だから掃除もバタバタ大きな音を立てるわけにはいかない。
リトアイザン王国の現国王、エルダール1世。アルダールの父である。クオンと同じく、アルトベール皇帝の末裔。優しく、面倒見がよくて、民に慕われる王だったが、近年重い病気にかかり、ずっと寝たきりになっている。現在は、王妃ビスマが実質的に国王代理として政務を見ていた。
クオンが来てから、エルダール1世は、ほとんど眠ったままだった。目をさますのは、食事をする時ぐらいなのだ。その時も、ほとんど会話らしい会話はない。
「誰か……おるか?」
弱々しい声が、ベッドの方から聞こえた。クオンはぞうきんをバケツに放り込んで、ベッドの脇に駆けつけた。
「はい。陛下」
国王は、上半身を起きあがらせていた。そしてクオンを見ると、
「おお、アルではないか」
なぜか、クオンのことを、アルダールと勘違いしているのだ。
「あの、わたしは」
そう訂正しかけたのだが、国王はクオンを見つめながら、
「アル! ビスマ、ビスマを……っ!」
苦しげにうめきながらそこまで言って、どさっとベッドに倒れた。目も閉じてしまっている。
やがて、寝息が聞こえてきた。また、眠り込んでしまったのだ。
「ビスマって……王妃様だよな」
いったい何が言いたかったのだろう? ただ事ではなかったが。
玉座に、王妃ビスマは座っている。実年齢は不明だが、見た目は25歳ぐらいに見える。
この国の実質的な最高権力者だ。
ビスマは、玉座の座りごこちに権力を実感して、思わず口元をほころばせた。その笑顔は、まさに妖艶。しかし、美しさの中に、ぞっとするような闇も隠れていた。
座っている玉座は、国王が座っていた時と異なり、妙に華美で贅沢なものになっていた。黄金をたっぷり使い、ごてごてと飾り立ててある。本人は美しく飾っているつもりらしいが、趣味が悪いと苦々しく思っている者の方が多い。誰も口には出さないが。
「フォルと言ったわね」
ビスマがつぶやく。最近雇った新米の侍女の名だ。フォルとは、もちろんクオンの偽名。
「いちおう、確認しておくべきか。ちょっとおいで」
そう言って、近くにいた侍女を呼んだ。ビスマが嫁いでくる時に付き添ってきた、ビスマ付きの侍女である。
「陛下のところにいる、フォルという侍女を、今夜、例のところへ」
「は。かしこまりました」
感情の感じられない声で答え、侍女は玉座の間を出ていった。
それを見送ってから、ビスマはつまらなそうに、
「まぁ、万が一ということもあるからねぇ」
と言って、手に持った羽扇をふわふわと振った。
「わたしこそが、世界でもっとも美しいのよ。永遠にね」
ランタンを持ったクオン クオンは命じられた通り、夜になってから城の中庭の泉の前にやって来た。
しかし、誰もいない。首をかしげていると、泉の水が止まった。不思議に思って、よく見ると、泉の水が引いていく。
そして、そこに、地下に続く階段が現れたのだ。
「ここを降りろってことかな? 妙な仕掛けだなぁ」
例によって疑うことをしないクオン。すなおに、その階段を降りていった。
石造りの古い階段だ。かなり昔から、ここにあるのだろう。おそらく秘密の部屋への入り口として。
階段を降りきったところに、扉があった。何もしないのに、その扉が勝手に開く。
クオンは、不思議に思いながらも、その扉の中に入っていった。
「あのー。フォルですけどー。呼ばれてきたのですけどー」
そう大声で呼びかけてみる。しかし、誰もいないようだ。
「あのー、すみませーん!」
もう一度呼びかけた時、ギギーという音がして、背後の扉が閉まった。
「あ!」
なんだかわけがわからないが、ここに閉じ込められたのだ。
そして、頭上から、水がしたたってくる。ぽつりぽつり・・・
少したつと、まるで天井が落ちたかのように、水は奔流となって、流れ落ちてきた。
足元にたまりはじめた水が、あっという間に、ひざのあたりまで上がってくる。




