(12) 新米皇女は新米踊り子
冒険者として珍道中もとい旅の途中の4人は、城砦都市、東エレカルにやって来た。ここは、リトアイザン王国の国境であり、最終防衛線だ。高い城壁の上に、いくつかの塔が並んでいる。城壁の上には、一定間隔で兵士が立っており、塔の窓にも、兵士の姿が見える。いつ敵が攻め寄せてきても大丈夫という構えだった。
橋の東端にある城門で、旅芸人一座だと自己紹介したら、通行許可は出たものの、せっかくだから、その前に出し物を見せてくれという。
代金もきちんと支払うと言われては、断るわけにもいかない。クオンたちは、一晩だけ逗留して、出し物を見せることにしたのだった。
「すっかり宴会モードねぇ」
あきれたように、ファナールが言う。
城砦を統括する将軍、ジャドをはじめ、たくさんの将校たちが、酒や料理を並べた席に居並んでいる。
その宴会場の横に臨時に作られた楽屋で、クオンたちは準備をととのえていた。クオンは、と見れば、例の衣装に着替えたばかりか、化粧までしている。アルダールにやってもらったらしいが、女の子たちより化粧が上手なアルダールって……。まぁ、年季が違うからしょうがないか。
それにしても、ジャド将軍をはじめ、アルダール「姫」に直接会った人はたくさんいるのに、男装しているだけで、誰もアルダールに気付かない。思い込みというのは恐ろしいものだが、「姫」の時の化粧がずいぶん濃かったという事実も忘れてはなるまい。
アルダールには、それよりも大きな不満があった。こんなところに、どうしてこんなにたくさんの兵士が必要なのか。自分がいた砦の、ゆうに数倍はいる。しかも、将校の数はどうだ。あの砦では将校の数が絶対的に不足しており、なんども城に追加派遣を求めていたのだが、「いないものは、いない」の一点張りだった。どこが「いないものは、いない」なのか? 対魔王軍の最前線を、いったいなんだと思っているのか? こんなところに、国の脅威になるようなモンスターがいるものか。
ぶつぶつ文句を言っているアルダールだったが、他の3人は聞き流していた。ストーリー上は重要な伏線なのだが、登場人物である彼らには、そんなことはわからないからだ。
さて、今回の出し物の、作・演出はニルゼンである。彼もまた、演出にかけては年季が入っている。彼の登場シーンを思い出していただきたい。彼は、ああ見えて、努力の人なのだ。
「では、行きましょうか」
宴会の雰囲気を見計らって、ニルゼンが開始の合図を出す。「宴会の最中に好きなように始めてくれ」という指示だったのだ。
白い霧を、宴会部屋の方に少しずつ流す。いつものニルゼンの小道具だ。それにあわせて、ニルゼンは、四弦琴を、ぽろんぽろんと鳴らし始める。この人は、本当に器用だ。その器用さを、もっと有効に使えばいいのに。
ちなみに、この白い霧は、魔法道具屋で売っている。けっこう高価なはずだが、ニルゼンはまとめ買いしているらしい。
「いっちょ、やってやるかーっ!」
気合を入れたクオンが、ぱん、と両手で頬を叩く。
「ああっ、そんなことしたらせっかくのお化粧が!」
アルダールが抗議するが、クオンはちょっと笑っただけで、宴会部屋に飛び出していった。
そう。文字通り飛び出していったのだ。
そして、片手を床につけて、ぶうんっ、と足をあげて豪快な前転。その後、くるんくるんと4回転もして、宴会場の中央まで来た。
ジャド将軍の正面で、クオンはひざをついて一礼。ぎこちないながら、将軍に対して微笑んでみせるクオン。その間に、他の3人が出てくる。ニルゼンは、四弦琴を鳴らしながら。
ファナールから鈴を受け取ったクオンは、それを両手に持ってシャンっと鳴らす。それにあわせて、アルダールが笛を吹き始めた。
序奏が終わり、ファナールの歌に入ると、クオンは鈴を持ったまま、踊りを再開した。
歌は、古くからこの大陸に伝わる曲。踊りは、4人が知っていたものを組み合わせたオリジナルだ。色っぽいのはクオンには無理だとあっさりあきらめて、身軽さを活かして、飛んだり跳ねたりの多い、快活な踊りになっている。クオンの運動神経はたいしたもので、かなりのアクロバティックな振りつけも、平気でこなしてしまった。どうやら、そもそもこういうのは嫌いではないらしい。
激しく飛びまわるし、逆立ちしたりもするものだから、腰の布がまくれて下着が見えまくっているのだが、練習の時に、この衣装はそういうものだとファナールに丸め込まれたため、極力気にしないようにしていた。クオンって、本当にすなおで扱いやすい子だ。
将校たちは、ふだんなかなか見られない歌や踊りを、すっかり気にいってしまったようで、ひゅーひゅーやらわーわーやら、いろんな掛け声をかけている。ジャド将軍も、まんざらではない様子で、にこにこしながら見ていた。
時間もずいぶんたち、深夜。宴会は、すっかり無礼講モードに突入していた。こういう城砦の駐屯というのはヒマでヒマでしかたないらしい。かといって、普段から飲み呆けているわけにもいかない。だから、将校たちは、ここぞとばかり、飲んで騒いでいる。
そんな中、上座のジャド将軍の横に座らされて、ちょっとひきつったような笑顔を浮かべているのは、クオンだった。
踊り子の衣装のまま、ぺたんと横座りしていたのだが、ジャドは、もっとこっちに来いとその肩をつかんでぐいっと引き寄せた。
そして、そのまま引っ張り上げると、あぐらをかいた自分のひざの上に、クオンを乗せてしまった。
下座の方で、ニルゼン、アルダール、ファナールの3人も酒と料理のおすそ分けをもらっていたのだが、彼らはそれぞれに大変だった。ニルゼンは、ジャドに対して怒り沸騰中で今にも飛びかからんばかりだったし、アルダールはそれを必死になだめる役、ファナールは……食べるのに忙しかった。
どうしてよいかわからず、ひざの上でかちんこちんになっているクオンの耳に、ジャドは囁いた。
「……」
クオンは、はっとして後ろを振り向いて、ジャドの顔を見る。
「……」
ニルゼンたちのところからは、その会話は聞こえない。
参考までに、ニルゼンがどのように解釈したかを書いておこう。
★ジャド「後で、わしの部屋に来い。かわいがってやるぞ。ぐへへへへ」
☆クオン「ああっ。そんなごむたいなっ」
★ジャド「そういう顔もかわいいのう。楽しみじゃ。ぐふふふ」
☆クオン「将軍様!堪忍してくださいませ!」
勝手にそんなストーリーを作り上げてしまったニルゼンは、気が気ではない。しかし、アルダールはジャドとクオンの表情を、冷静に観察して、そのような危険な状況ではないと判断していた。
これも参考までに、アルダールの解釈を書いておこう。
★ジャド「あの笛を吹いていた男、男にしておくには惜しい美形だな」
☆クオン「はい、私もそう思いますわ」
★ジャド「女であれば、あの美しさ、一国の王女としか思えん」
☆クオン「世界を支配する女王様かもしれませんわよ」
本当に、冷静に解釈して、コレか? ニルゼンより、さらに勝手な解釈だと思うのだが。だいたい、クオンがそんなしゃべり方をするわけがない。
で、実際のクオンはといえば、ジャドの顔を見上げたまま、その首に手を回していた。そして、恥ずかしそうに、ちょっとためらった後、何かをそっと囁く。
「……」
「ありがとう」
最後の言葉だけは、ジャドの口の動きでわかった。
それからまもなく、宴会は終わりを告げた。
朝。東エレカルの城砦を抜けて、東に進むクオンたち一行。
クオンとファナールは、いつもの姿に戻っていたが、アルダールとニルゼンは、旅の楽師という衣装のまま。本来の格好では、リトアイザン国内では正体がばれてしまうからだ。
「結局、なんて言ったの? あの時」
アルダールが、クオンに聞く。あの後すぐ、客間に案内されて寝てしまったので、その事は聞きそびれていたのだ。
「あの時って?」
すぐには何の質問かわからず、クオンは聞き返した。
「ジャド将軍と最接近した時のの会話よ」
「ああ。あれ?」
思い出したらしく、クオンの頬がちょっと赤くなった。
「あのおっさん、自分を『パパ』って呼んでみてくれ、って言うからさ。なんだかわからないけど、それぐらいならいいやと思って」
「『パパ』ぁ?」
ファナールはそう言って、くすくすと笑う。あの将軍の顔と、「パパ」という単語は、あまりにも似合わないと思ったのだ。
「『パパ』ということは……そうだわ」
アルダールは思い出した。ジャドには娘がいた。しかし、リトアイザン城に働きに行っている時に、事故で死んだ。その娘は、クオンと同じ、赤い髪だったはず。
その説明を聞くと、クオンは、
「息子に似てたとか言うんなら、も少しサービスしてやったのになぁ」
「サービスって? どんなどんな?」
興味津々という顔でファナールが聞く。
「そりゃあ、風呂で背中を流してやるぐらいは」
「そ、それは『も少し』っていうより、もっと上級ランクのサービスじゃないかしら」
アルダールがもっともな感想を述べるのだが、クオンは、
「裸の付き合いって、大事だぞ。そういえば、うちのクソオヤジとも、一緒に風呂になんて入ってないなぁ。あれ以来」と、何かを思い出しているようだ。
「あれ以来?」
最後の一言に、ファナールが聞き返した。
「こないだ風呂に入ってたらさ、オヤジが入ってきたんだよ。なんだかヘンなことばっかり言うから叩き出したけど」
「なんと、私と一緒にお風呂に入って裸のお付き合いをしたいとおっしゃるのですね。私ならばヘンなことなど言いません! 姫の柔らかい胸に顔をうずめてみたいとか、そんなヘンなことは!」
クオンをさらに上回るボケをかますニルゼンに、ちからいっぱいの平手打ちを食らわすクオン。
「言ってるじゃないかーーーーーっ!」
怒るクオンに関係なく、アルダールは
「いいわねぇ。顔をうずめられるような豊かな胸……欲しいわぁ」などという、ちょっとハズれた感想を述べている。
そして最後にファナールが、見事にひとことで総括した。
「バカみたい」




