(11) 新米皇女は新米旅芸人
出発してからずっと、ほぼ北西を目指していた一行は、途中から東に転じていた。
理由は簡単。北に進むにつれ、出てくるモンスターがどんどん強力なものになり、悲しいかな、今の4人の力では歯が立たなかったのだ。
東には、軍事大国であるリトアイザン王国がある。言うまでもなく、アルダールの国だ。軍事大国であるからには、そこには、対モンスター用の強力な武器もたくさん揃っている。クオンたちの目的はそれだった。特に、「炎帝の剣」と呼ばれる、古い時代から伝わる神剣が欲しかった。
炎帝の剣は、かつての魔導帝国末期の動乱の中で、炎の勇者シューイが用いたことで名高い。そして、魔導帝国最後の皇帝を倒したのも、シューイの子である炎帝シュペー1世が持つ、炎帝の剣だったと伝えられている。
そのシュペー1世の築いたアストベール城が、魔王率いるモンスター軍団によって陥落した時、炎帝の剣は、帝国筆頭将軍である皇帝の弟、ヴァーレストが持っていた。ヴァーレストは、自ら先頭にたって炎帝の剣を振るい、落ち延びて行ったという。
ヴァーレストの兄である皇帝オーレスト1世は、城に残ったまま、禁断の魔法「千呪城」を用いて弟や皇子たちの脱出を助けた。歴史上、「千呪城」が実際に使用されたのは、これが2回目とされる。
ヴァーレストは、その後、はるか東に落ち延び、そこでリトアイザン王国を建国した。アルダール王子は、ヴァーレスト王の末裔だ。
4人はリトアイザンの国境にあるエレカルという街の、宿屋にいた。
エレカルは、リトアイザン河にかかる大きな橋の両側に広がる街だ。橋の西側の西エレカルは国境の外の自由都市、橋の東側の東エレカルは国境の中の城塞都市だった。様々な商店が建ち並ぶ西エレカルと、ものものしく武装した兵士が駐屯する東エレカルは、見た目にもかなり違った感じがする。現在クオンたちがいるのは、むろん西エレカルの方だ。
さて、その宿屋の客室で、4人は、リトアイザン王国への入国方法を真剣に検討している。
「問題は、入国の方法なのよ」
「顔が知られてるのは、アルだけなんだから、アルが男装すればだいじょうぶなんじゃないの?」
ファナールが、さっき買ってきたパンのような菓子をかじりながら、そう提案する。それは男装とは言わないんじゃないかと思うが。
アルダールは、お茶を一口すすってから、首を左右に振って、
「たぶん、いかにもあやしげな4人組として、逮捕、拘禁されるわね」
お茶も、さきほど近くの店で買ってきたもの。
「コーキン?」
ファナールが単語の意味を聞く。
「つかまって閉じ込められてしまうってことだろ? でも、ふつうの旅行者に、そんなコトをするのかな」
と言ったのはクオンだ。
「姫。それは、タンバートでもビフォレスでも同じことですよ。今のような世の中、あやしげな旅人は、まず疑われます」
その割には、ニルゼンは、簡単にタンバートに入国できたな。クオンはそう思ったが、口には出さなかった。
ちなみに、ニルゼンは、クオンの横に座っている。以前は必ずクオンが座った斜め後ろに立っていたのだが、「うっとうしいから座ってくれ」とクオンに言われてから、横に座るようにしているのだ。ちょっと不憫。
「じゃあ、あやしげじゃなけりゃ、いいのよね」
「そうね。商人あたりに化けるのがいいかもしれない」
「商人たって、売るものなんてないぞ」
リトアイザン王国に入国するにあたっては、もうひとつ解決すべき点がある。リトアイザン国内には、タンバート銀行の支店や出張所はひとつもない。したがって、経費がもらえなくなるのだ。アルダールもニルゼンも、国とは独立して勝手に行動しているので、資金源にはなりにくい。
「じゃあ、オーソドックスなところで旅芸人かな?それなら、ある程度お金を稼ぐこともできるし」
「あたし、歌が歌えるよ。魔法使いは歌も必修科目なんだ」と得意げなファナール。
「私は四弦琴なら。神官の修業で習いましたので」とニルゼン。
「わたしは、横笛が吹けるわ。王女として育てられたから、そういうのは叩きこまれたの」
アルダールは、そう言って苦笑する。
「ええと、ボクは……」
クオンは、その手のものは何もできない。何しろ小さい頃から剣の稽古ばかりしてたから。他には、しいて言えば、儀礼的なダンスや剣舞ぐらいか。
「歌、四弦琴、横笛。もうひとり、アレをプラスしたら、立派な旅芸人集団になるわね」
ファナールが、ニヤニヤ笑いながら、クオンを見る。
「アレね。それはいいかもしれないわ」
うんうんとアルダールもうなずいている。
「アレですか。私としては、少し問題も感じますが、まずまず、よい考えです」
ニルゼンもいちおう賛成のようだ。
「ち、ちょっとみんな、なに? いったいなんなんだ? アレって」
クオンだけがわかっていないようだった。いったい何なのだろう? アレって?
結局、一行は、旅芸人一座としての用意を整えることにした。西エレカルには、いろいろな店があり、必要なものは、ほとんど揃えることができそうだ。そして、鎧や剣などの今までの持ち物は、「魔法の袋」に入れてしまう。モンスターと戦って偶然手に入れたばかりのものだが、これはなかなか使える。何しろ、この袋に入れたものは、大きさも重さも数十分の一になってしまうので、持ち運びがすごく楽だ。
楽器や衣装、それに小道具類を買いこんで、宿屋に戻ってきた彼らは、まず、着替えることにした。そして、着替えが終わったら即、出し物の打ち合わせということになった。
ちなみに、客室は4人部屋。中が半分に仕切られているおり、二段ベッドがひとつずつ置いてある。奥の部屋をクオンとファナール、手前の部屋をアルダールとニルゼンが使っている。この部屋割りにもいろいろ悶着のようなものがあったのだが、それについては、ここでは割愛する。
「あのさ。結局、ボクはなにをすればいいんだ?」
ファナールと一緒に奥の部屋に入ったクオンは、あらためてそう質問した。ここにいたっても、クオンはまだわかっていなかったらしい。クオン用の衣装なども買っているのだが、まさかそれが自分のものだとは、夢にも思わなかったのだ。
「ふっふっふっ」
ファナールの目がキラリと光った。
「それじゃあ、まず着替えようね」
「え? だって、ボクのぶんの服なんて、どこにも」
「こ・れ・よ」
にやにや笑いながらファナールが差し出したのは、いくつかの布と、いくつかの装飾品だった。
「それのどこが服なんだよ」
苦情を言うクオン。
「まぁいいから、今着てるの、脱いで。靴もね」
ファナールに急かされて、クオンはしぶしぶ服を脱いで下着姿になる。下着姿と言っても、まったく色っぽくない。上は単なるシャツだし、下はトランクスのようなものをはいていた。
「それも」
「ちょっと待て。なんで素っ裸にならなきゃならないんだ」
「そんな下着着てちゃ、はみ出るのよ」
身もフタもない指摘だった。
「は、はみ出る?」
「見られてたら恥ずかしいのなら、あたしはむこう向いてから」
「……そうしてくれ」
ファナールが後ろを向いて、やや時間がたってから、クオンがぼそっと、
「この白くてちっこい布着れが下着なのか?」
と確認した。
「そうよ」
きっぱりと断言するファナールに、クオンはげっそりとしつつも、
「そ、そうなんだ。なんだか、えらく小さいような……」
もそもそもそもそ。
さらに、しばらく時間がたってから、
「で、ピンク色の布が2枚あるけど?」
「大きい方を腰に巻いて、細長い方は胸に巻くの」
反対側を向いたまま指示するファナール。
もぞもぞもぞもぞ。
「できた?」
「上がよくわからないんだけど」
「あ、さいごは後ろで結ぶのよ。それはあたしがやったげる」
ファナールはそう言って、くるっとクオンの方に向き直った。
次の瞬間。
「ぷっ」
ファナールは吹き出した。
「か、かわいいっ! かわいすぎるわっ!」
そう言って、ぎゅうっとクオンに抱きつくファナール。
クオンはちょっと困ったような顔をしている。
クオンの着替えが終わり、ファナールも自分自身の着替えを終えた。ファナールは、ちょっとかわいい感じのドレスだ。クオンと同じピンク色。
「それじゃ、男性陣のところに見せに行きましょ」
ファナールがうながすが、
「これって、ヘンなかっこじゃないよな?」
クオンは、左右にくるくる回りながら、自分の衣装を確認している。動くたびに、腰の布がふわふわ舞っているのが、なかなかきれいだ。
「だーいじょうぶ。男の子たちもイチコロよ」
「イチコロかどうか知らないけど、せめて、鏡で……」
あきらめの悪いクオン。
「鏡は、アルたちがいる向こうの部屋にしか、ないわよ」
「うう。なんか、あちこちスースーするんだけど」
「まぁまぁ。ともかく、お披露目と行きましょう!」
ファナールは、「じゃーーーーーん」と言いながら、ふたつの部屋の間にある扉を開けた。
アルダールとニルゼンは、お揃いの青い、楽師風の衣装だった。もちろんアルダールは男装だ。髪もきっちりまとめているし化粧も落としているので、まったく別人に見える。そんな2人は、ぽかんとした顔をして、クオンたちを見ていた。
「どうしたのよ? 感想は? あたしがかわいいのは当然だから、クオンを見た感想よ?」
ファナールが、クオンを前に押し出しながら言う。
クオンの格好は、といえば、簡単にいえば踊り子の衣装だった。けっこう露出度が高い。腰と胸に布を巻いただけで、あとは装飾品ばかり。腰の布の方は、ちょっと動いただけで下着が見えそうなシロモノだ。
ただ、哀しいかな、クオンは、お子様体型だった。まだ14歳だから、成長の余地はあるのだろうが、少なくとも、現時点では、色気はちょっと不足気味かも。そのかわり、一部の特殊な趣味の人にはウケそうだ。
アルダールは、つかつかつかとクオンの近くまで歩いて来た。
「な、なに?」
クオンはちょっと警戒して、アルダールの顔を見上げる。
アルダールは、「失礼」とだけ言って、ひとさし指でクオンの胸を押した。
ふかっ。
「ホンモノね」 とアルダール。
一瞬の沈黙の後。
「きっ、きゃぁあーーーーーっ!!」
真っ赤になったクオンは、そう叫びながら、胸を両手で抱えるようにして、しゃがみこんでしまった。
「ぐすっぐすっ」
クオンは、奥の部屋に閉じこもってしまった。困ったような顔のファナールが側にいる。
「いつまでグズってるのよ。……気持ちはわからなくもないけど」
「ボク、イヤだ」
涙目のまま、クオンは訴える。
「あのねぇ、アルは『天然』なんだからさぁ」
「『天然』って?」
沈黙するファナール。そういえば、クオンも「天然」だわ。
「と、ともかく、アルには悪気なんてなかったのっ。そんなことは、あんただってわかってるんでしょっ!?」
「わかるんだけど……イヤなんだよぅ」
思わぬところで頓挫した、旅芸人計画。このままではまずい。ここは、ファナール最大の奥義「口八丁」を使うしかないだろう。
ファナールは、いきなり切り札を出した。
「しょうがないなぁ。じゃあ、あきらめる? ここを切り抜けられないと、男の子に戻るのなんて、夢のまた夢よ?」
「うっ」
「リトアイザン城にだって、なにか手がかりがあるかもしれないじゃないの」
「……」
クオンは、ぐいっと手で目のあたりをぬぐった。ちょっと涙がこぼれていたらしい。
そして、そのまま、その手を上に突き上げる。
「よ~しっ! やってやろうじゃないかっ! こうなりゃなんでもやってやるぅっ!」
クオンは、大きな声でそう宣言した。
ファナールは、ほっとした顔で、
「じゃあ、まず、アルに謝らせましょ。こういうことはきちっとしとかないとね」
しかし、ファナールとクオンが奥の部屋から出てきた時、アルダールはすでに、クオンに謝罪ができる状態ではなかった。怒りに燃えたニルゼンにしばき倒されて、失神していたのである。女性には弱いニルゼンも、男には容赦がない。
「もうしわけありません。姫。私がおそばにいながら、あんなことをさせてしまうなんてっ!」
ニルゼンが、ひたすら恐縮している。
しかし、冷静になって考えれば、アルダールの行動もわからなくはない。
なんだろう、この気持ちは。不思議な感じ。クオンには、自分の心の中にある、その気持ちの正体がわからなかった。
でも、ひとつだけ。
かわいい。
そう。そんな言葉が近いかな? ちょっと違うような気もするけど、今はそれ以外の言葉が思いつかない。
自分より年上で、自分より背も大きいアルダールとニルゼンだったが、クオンは、彼らを、「かわいい」と感じたのだ。
怒っていたクオンの頬が、思わずゆるんでしまう。そして、自分でも気がつかないうちに、それは微笑みにかわっていた。
それを見たニルゼンが、感動でふるえていたのは、言うまでもない。




