(9) 新米皇女は試してみる
「重いなぁ」
アルダールの「炎の剣」を借りて、ひととおり振り回してみたクオンの感想である。
両手持ちの剣だし、たしかにかなり大きい。そもそも、クオンの手では、しっかり握れなかったりする。
剣をアルダールに返した後、
「アル、ちょっと手、出して」
クオンは、そう言って、手のひらをアルダールに向ける。大きさを比べたいのだろう。アルダールは、剣を背中に背負った鞘に納めてから、自分の手のひらをそれにくっつけた。
明らかにひと回り以上、アルダールの手の方が大きい。
「くそーっ!」
クオンは意地になって、指をぎりぎり伸ばしてみる。アルダールは、ちょっといたずら心を起こして、クオンの手を、自分の手で包んでしまった。ぐーの形になったクオンの手は、簡単にアルダールの手の中に収まる。
にこにこ笑っているアルダールと、真っ赤になって手に力を入れているクオン。
アルダールが、ぱっと手を放した。
クオンは、自由になった手を、背中に回して、
「2歳も上なんだから、ちょっとぐらい大きさが違うのは、当たり前だよな」と、強がる。
アルダールは16歳。クオンは14歳。たしかに、クオンの言うことも一理ある。
「わたしは、逆に、かわいい手がうらやましいわよ」
しみじみと言うアルダール。本当に、ヘンな人だ。
クオンたちと一緒に旅に出たアルダールは、さすがに、お姫様スタイルではない。でも、しっかりスカートは、はいている。そして、肩当てと胸当てを付けていた。どうでもいいことだが、女性用の胸当てなのか、胸の部分はしっかりふくらんでいる。
「わたしは、男であってはならないの。だから気になってしょうがないのだけれど・・・」
アルダールは、そこで言葉を切ってクオンをにらんだ。ちょっとぎょっとするクオン。
「あなたは、せっかくちゃんと女の子なのに、何よ、その言葉遣いはっ!」
「だから、説明しただろうが! ボクは、本当は男なんだぁっ! 人の話をちゃんと聞けーーーっ」
その時、ファナールはといえば、両手を広げて、頭を左右に振っている。一応説明しておこう。もちろんこれは、「やれやれ、やってられないわ」というポーズだ。
「このあたりに、神殿があったはずなの」
アルダールがそう言ったのは、ある湖に突き出した岬の突端だった。しかし今、彼らの目の前には湖が広がっているだけで、神殿どころか、建物らしきものはなにもない。
「モンスターに襲われて壊滅したとしても、廃墟ぐらいありそうなもんだけど」
ファナールが、怪訝そうに言う。
「わたしは、一度来たことがあるのよ。神官長がきれいな女性だったわ」
「きれいな女性にこだわるのね」
ぼそっとつぶやくファナール。聞こえているのかいないのか、
「しょうがないわねぇ。例の手を使ってみましょう」
アルダールはそう言うと、ファナールの帽子をがしっとつかみ、いきなり湖に向かって放り投げた。
「ち、ちょっと、あたしの帽子!」
ファナールの抗議を無視して、ピンク色の帽子は、ふわっと湖面に落ちた。そして、ゆっくり沈んでいく。
「なにすんのよ!お気に入りだったのに!」
湖面に、泡が立った。そして、水の中から、ふわっと光が立ちあがってきた。
「え?」
クオンとふぁなールが驚いていると、
「あなたが落としたのは、この金の帽子ですか?それともこの銀の帽子ですか?」
光り輝く女神様が、ニコニコ笑顔を見せながら、そう言ったのである。手には、ファナールの帽子と同じ形の、金色と銀色の帽子が。
アルダールは、うんうんうなずきながら、
「う~ん伝説通りよねぇ」と、感心している。
しかし、クオンとファナールにとっては、その女神様は、非常に馴染みのある顔だった。
「またかよ」
ちょっとげんなりした顔のクオンに、
「ちょっと、クオン」と、ファナールが耳うち。
「また、『勇者様のいじわる~』とか言って逃げ出されたらまずいわ。帽子を取り返すために、ここは気が付かないふりをするのよ」
「う、うん。そうだね」
しばらく、奇妙な緊張が続く。
クオンとファナールは、ヒソヒソとないしょの打ち合わせをしているが、あからさまに怪しい行動であるにもかかわらず、湖面の上に浮かんだ女神様は、にこにこ微笑みながら待っていた。
「たしかに、オーソドックスにいけば、ここはピンクの帽子よ」と、ファナールが指摘する。
たしかにそれが常道だ。
クオンもそれには同意して、
「正直ですね、とか言って、貴重なアイテムをくれたりするんだよな」
RPGは基本に忠実じゃなくっちゃ。
「とにかく、最悪でも、あたしの帽子をちゃんと回収すること!」
「できれば、この場は情報も欲しいわけだけど」
「二兎を追うと、一兎も捕まえらんないかもだよ?」
「そうだよなぁ」
「とにかく、相手はアレよ!」
女神様をつかまえて「アレ」もないと思うが、女神様の今までの行動からして、そう言われてもやむをえないだろう。
「まともに来るとは限らないよな」
「どうやったら、期待に応えられるか、ってことだと思うんだけど」
頭をかかえるふたり。
「なにを相談してるの?」
アルダールが話に混じってきた。でも、ないしょ話にしては、声がちょっと大きい。
「しーーーー」
「そうだ。ね、クオン、任せちゃおう。この王子様、こういうの好きそうだし」
「悩んでてもしょうがないから、そうしよっか」
ということで、いよいよ回答者は決定した。
「アル。任せた」
ファナールが、アルダールの背中をポンと叩く。クオンもファナールも、アルダールのことを「アル」と愛称で呼んでいるが、これはアルダール本人の頼みでもある。アルダールという名前は、珍しく、かつ有名すぎるのだ。
「話が見えないんだけど、ま、いいわ。わたしが3人を代表して回答することとしましょう。うん。世界の帝王たるもの、そのぐらいできなくては」
勝手なことを言いながら、アルダールは、つかつかと前に進み出た。いつのまに世界の帝王になったか知らないが、とにかく回答すると言ってるのだから、任せよう。クオンとファナールは、顔を見合わせた後、息を呑んで身構える。
「えー。不肖、このアルダールがお答えしましょう!」
おほん、と咳払いするアルダール。
「わたしが落としたもの……」
息詰まる緊張の一瞬!
いったい、なんと答えるのか。
ピンクの帽子か、金の帽子か、はたまた銀の帽子か!?
彼らの緊張とは関係なく、涼しげな風が湖を渡っていく。
小鳥の声が遠くから聞こえてくる。
一瞬、パシャっと魚がはねる影が見えた。
……平和な午後のひとときだった。
しかし、その静けさを破るように、アルダールが高らかに宣言した。
「わたしが落としたものは、鉄の斧です!」
ずっこけるクオンとファナール。
「なんだよ、それ~」
しかし、女神様は、うれしそうに、
「なんと正直な方でしょう! ご褒美に、この金の斧を差し上げましょう!」
「ち、ちょっとっ! ちがうったら、ちがうーーー!」
しかし、ファナールが修正するより早く、水の女神ナイベルの姿はかき消えていた。アルダールの手の中に小さな金色の斧が付いた携帯ストラップを残して。
「うぁ~ん! あたしの帽子ぃ~」
「なにに使うんだよ。こんなもん」
クオンがストラップを覗きこんで、怪訝そうに聞く。携帯電話もPHSもないファンタジー世界で、こんなもんがあっても、どうしようもないような気がする。なお、こんなもんがこの世界にある理由はちゃんと設定されているのだが、めんどくさいので省略する。ご了承ください。
「あたしの帽子、返せーーーー」
ファナールが湖面に向かってわめくが、むなしく響くだけ。
「おかしいわねぇ。昔、じいに教わった通りにやったのだけれど」
アルダールが首をかしげている。ファナールは、キッとアルダールに向き直って、
「責任とってもらうわよ!」
「ともかく、じっくり考えましょうよ」
アルダールは、残りの2人に、そう提案した。
3人は、それぞれちょうどよさそうな岩を見つけて、その上に腰掛けている。
「あの女神様は、ホントの女神様だってことなのね?」
アルダールの確認に、クオンが答える。
「たぶんホントだよ。とてもそうは見えないだろうけど」
アルダールはうなずいて、
「そうすると、この物体は、単なるギャグではないと思うの」
「え? そうなの? 単なるウケねらいかと思ったんだけど」と、ファナール。
「女神様は、わたしたちが探してるものを知っているはずよね?とすると、これは、何かのカギじゃないかと思うのだけど」
「そうかなー」
ファナールは、立ちあがってアルダールの前まで来て、ストラップをしげしげと見る。
「カギだとすると、カギ穴はどこなんだろう?」
クオンが聞く。
「う~ん」
女神ナイベルは悩んでいた。
「ちょっと、わかりにくかったかしら?」
ここは水中らしい。ナイベルの周りでは、水がゆっくりと動いている。それにあわせて、着ている服や水色の長い髪もユラユラ動いている。
「もうひと押し、した方がよかったかも……」
ふと、なにか思いついたらしく、ナイベルは、急いで水の中を浮き上がっていった。
太陽の神を祭った神殿、通常は太陽神殿と呼ばれる。本来は各地方にひとつずつ、全部で8か所に存在していたが、さびれてしまったり、モンスターに襲われて放棄されてしまったところも多い。
神殿に祭ってある神様はひとりではない。この世界の神様は世襲で代替わりするので、太陽の神といっても何人もいる。初代アシュターから現在のアスターまで、記録では64代ということになっている。ということで、実に64もの神像が並んでいるわけである。古い神像になると、もう、どれが誰だかわからないので、神官たちは適当に名前を付けて祭っている。いい加減な話だ。
クオンたちが来ているのは、そのひとつがあったはずのところだ。
「考えられるのは」と、アルダール。
「魔法で姿を消している。ってところでしょうね。このあたりは、もう、北の魔王の勢力圏だし。凶悪なモンスターも多いわ」
「痕跡も何もないってことは、滅ぼされたわけじゃないんだろうし」
クオンも、そう賛同する。
「じゃあ、不可視障壁かなぁ。でも、あたし、不可視障壁の破り方なんて、知らないよ」
「神官がいればねぇ」
神官がいれば、不可視障壁は破れる。しかし、不可視障壁を破らなければ、神官のいる神殿にはたどり着けない。困った困った。
悩んでいると、突然、空から、1枚の紙切れがふわふわと落ちてきた。ファナールがそれをつかんで、見ると、なにやら字が書いてある。
「不可視障壁の破り方でお悩みの方は、こちらへお問い合わせください。だってさ」
「どこに問い合せるんだよ」
「えーと、勇者さまの20歩後ろって書いてあるけど」
とっさにアルダールは自分の後ろをみたが、クオンとファナールはクオンの後ろを見た。
多数決でクオンたちの勝ち。そこには、占い師が屋台を出していた。いつのまにか。
看板を見ると、「不可視障壁の破り方教えます」と書いてある。
「連続出演だね」
ファナールが小声で言う。占い師は、青いフードをふかぶかとかぶっていて、顔は見えないが、まぁ、ほぼ間違いなく、例の女神様だろう。
アルダールが、つかつかと、その屋台に向かって歩いていく。そして屋台の前に立つと。
「そこの占い師の方。あなたは、わたしが勇者ではないというの?」
不満げな言葉に、占い師は、あからさまな作り声で答える。
「おや、あんたは世界の帝王ではなかったかの? ふぉっふぉっふぉっ」
アルダールはうなずいて、
「それならばよろしいでしょう。では、聞きましょうか」
ぐいっと占い師のほうに身を乗り出す。
クオンとファナールも、アルダールの横に来て同じように、身を乗り出す。
「わたしの今日の運勢は、どうでしょう?」
クオンとファナールは、即座にずっこけていた。
「そーじゃないでしょー!」
ファナールがつっこむが、占い師はかまわず、
「そうじゃな。まぁ悪くはないぞえ。特に、斧で地面を割ってみたら、運が開けるかもしらんな」
そう言ったとたん、屋台と占い師の姿は、掻き消すように消えてしまった。
「そう。悪くないのね。よかったわぁ」
と言いながら、アルダールはうんうんとうなずいている。
「そうじゃなくって~」
「アル、ちゃんと大事なとこ、聞いてた?」
「だから、今日の運勢は、悪くないんでしょう?」
ともかく、彼らは、試してみることにした。
「それじゃ、やるよ」
クオンは地面にしゃがみこんで、手には例の超小型斧を持っている。
「それ」
超小型斧が、ちょん、と地面に触れたとたん!
「うわぁ!」
あたりは、一瞬、金色の光に包まれた。




