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新米皇女の大冒険  作者: 湖乃一場
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(序) 皇子様は新米皇女

 少なくとも今ではない時代。そして、たぶんここではない世界。そこが、今から語ろうとしている物語の舞台です。

 昔の大帝国の皇帝の末裔。権力も何もない、お飾りの皇子様は14歳の育ち盛り。

 彼がある日、皇女様になってしまった時、時代が大きく動いていくのです。

 新米皇女の大冒険は、大陸の運命を、どのように変えていくのでしょうか。

 ここでひとこと、お断りしておきます。一見この物語はお気楽コメディに見えるかもしれませんが、見かけにだまされてはいけません。シリアスな設定がちゃんとあるのです。

 ……そんな設定、使わないかもしれませんけど。

 少なくとも今ではない時代。そして、たぶんここではない世界。そこが、今から語ろうとしている物語の舞台である。

 この物語のスタート地点はここ、タンバート王国。人の住む大きな大陸の、東南のはずれにある大きな岬を領地とする、比較的大きく、それなりに裕福な王国である。

 次に、主人公を紹介しなければならないところだが、それには、この世界の歴史を少しさかのぼる必要がある。

 昔、この大陸に散らばる多くの国々の上には、皇帝という存在が君臨していた。「皇帝」、それは王の中の王の称号だ。

 しかし、北方から侵攻してきた魔族の軍団によって、皇帝の座す帝都アストベールはあっという間に蹂躙された。そして、命からがら脱出した皇帝とその一族は、タンバート王国に身を寄せたのだった。

 すでに、それから長い年月が経過している。

 現在の皇帝、エリオン3世は、タンバートで生まれ、タンバートで育った。昔の帝都の繁栄も知らないし、話に聞いたことすらない。もはや、それを知る人は、ひとりも生きてはいないのだ。

 もちろん、政治的な権力などまったくない。かつての皇帝の末裔であり、今も皇帝と名乗ってはいるし、儀礼的な場には出る。そういう場では国王よりも上座に座るが、それは実権をあらわすものでないことは、誰もが知っていた。もちろん皇帝自身も。

 皇帝は、いつもかたわらに侍女のフェアレインを従え、にこにこしながら、好きな庭いじりに明け暮れていた。ちなみに、皇妃は、ずっと以前に亡くなっている。

 皇帝には、ひとりの息子がいる。後継ぎの皇子、クオン・フォルシード・アストベール。クセのある短い赤毛が特徴の、14歳の少年。彼こそ、この物語の主人公である。

 ここでひとこと、お断りしておこう。一見この物語は軽いコメディに見えるのだが、見かけにだまされては行けない。シリアスな設定がちゃんとあるのだ。……そんな設定、使わないかもしれないが。




 もぞ……

 ふとんが、ゴソゴソと動く。

 もうとっくに夜は明けている。カーテンの隙間から、明るい光がさし込んでいることからも、それは確かだ。しかし、このベッドの主は、まだ出てこない。

 赤い髪が、ふとんからちょっとだけ見えた。

 それが少しずつ動いている。と思ったら、がばっ、と、ふとんが跳ね上がった。

「ああ~っ! なんか、うっとうしい!」

 ベッドにころがったまま、そうわめいた人物こそ、おそれおおくも皇子殿下でいらっしゃるクオンだった。

 栗色の大きな瞳が、ぱしゃぱしゃとまたたきに隠れる。

 とっくに起きて朝食の準備まですませて隣の部屋で待っていた侍女のメアレインが、その声を聞いて、クオンの寝室に入ってくる。

「おはようございます。皇子殿下。珍しく、起きるのが遅かったですねぇ」

 メアレインは、皇帝の侍女フェアレインを母として、クオンの数日後に生まれ、それ以来、兄妹のようにして育ってきた。だから、クオンに対する口調も、あまり形式張っていない。家族のようなものなのだ。メアレインもクオンのような赤い髪だが、背中の真ん中ぐらいまで伸ばしている。

「なんだかさぁ、頭が腹痛で腹が頭痛みたいなんだよ~」

 クオンが、わけのわからない症状説明をすると、メアレインは、

「なんだかよくわかりませんが、体調がすぐれないということですね? そういえば、声もおかしいみたいですよ。さっそくお医者さまをお呼びしましょう。ただ、さっきみたいな意味不明な説明されたら、お医者さまも困っちゃいますからね。きちんと説明するんですよ?」

 まるで姉のような口調でそう言うのだが、

「声? おかしい?」

 クオンが不思議そうに聞き返す。自覚がないらしい。

「風邪かもしれません。ともかく、ちゃんとふとんをかけて寝ててくださいね」

「へい」

「皇子様が、そんな言葉遣いではダメでしょっ! 「うむ」とかカッコよく決めてください!」

「そんなガラじゃないよ~」

「うむっですっ!」

 びしっと言ってから出ていくメアレインの後姿を、ベッドから目で追いながら、クオンは思った。

 メア(メアレインの愛称)のほうが、ぼくより威厳があるような気がする……。気のせいだろうか?


 クオンは、しばらくベッドの上でごろごろしていたのだが、医者はなかなかやって来ない。

「メア、いる?」

「はい?」

 ひょこっと、隣室からメアレインが顔を出す。

「お医者さまは、もうちょっと待ってくださいね。なんだか皇帝陛下にお呼ばれになってるみたいで」

「別にいいよ。ちょっとトイレ行って来る」

 クオンは、そう言って、ベッドから起きあがった。本人はわかっていないようだが、ちょっとふらついている。

 メアレインは心配になって、声をかけた。

「大丈夫ですか? ついていきましょうか?」

「ひとりで行けるって」

 クオンは、そう言ってふらふら歩いていく。

 さすがに危なっかしいので、メアレインは後ろにそっと、ついていった。


 城の中と言っても、トイレがそんなにたくさんあるわけではない。王族用、その他のエライ人たち用、従業員用にわかれているぐらいだ。もちろん女子用と男子用にも分かれている。

 クオンは、王族用は好きじゃないらしく、その他のエライ人たち用のトイレに来ている。

「ふうーーー」

 便器にたどり着いたクオンは、用を足すべく、ズボンの前をおろした。

「あれ?」

 そこでクオンは、おかしなことに気が付いた。

「あれ? あれ?」

 さっきまでぼうっとしていたクオンだったが、さすがに少し、意識がはっきりしてきた。

「なっ、なっ! ぴひゃーーーーーーぅ」

 素っ頓狂、かつ意味不明な叫びを聞いて、トイレの外で待機していたメアレインが飛び込んできた。

「殿下! だいじょうぶですかっ!」

 侍女の鑑だ。主人の危機を知り、見たくないもの(アレのこと)を見てしまう危険まで冒して、かけつけたのだ。

 しかも、身動きしなくなっているクオンの体をがしっと両手でつかむと、こちらに向かせた。

 クオンはズボンをおろしたままだ。当然、見たくないものが目に入るはず。しかし、メアレインの職業意識は、気恥ずかしさに勝った。

 しかし、くわっと目を見開いたメアレインの目には、予想もしない情景が!

「で、で、で……」

 殿下と言いたいらしいが、メアレインの頭も混乱してまっていた。

 そう。クオンの大事なところにあったはずの、大切な男のしるしが、さっぱりとなくなっていたのだ。

 メアレインは、ぶるぶると頭をふった。ここで自分が冷静にならなければ!

 クオンのズボンを引っ張りあげ、呆けたままのクオンを、引きずるようにして、トイレから連れ出す。

 肩を貸して気が付く。クオンは、最近身長がどんどん伸びていて、今は自分より頭ひとつぐらい背が高かったはず。なのに、今、自分の顔のすぐ横に、クオンの頭があった。

「いったい、なにが?」

 混乱する頭を、なんとか整理しながら、メアレインはクオンの部屋まで戻ってきた。


「見せてください!」

「やだっ!」

 メアレインとクオンは、先ほどからこのような押し問答を繰り返していた。

「じゃあ、お医者さまに見てもらいますか!?」

「それもやだっ!」

 クオンは、ベッドの上でふとんにくるまってしまっている。

「やだやだやだやだやだ」

 グズっている声も、すっかり変わってしまっていた。声変わりはとっくに終わっていたのに、声の高さは、一気にオクターブほど上がってしまっていた。声変わり前に戻ったと言うより、それはすっかり、少女の声だった。

 そんなやりとりを続けていると、 

「話は聞かせてもらった」

 そう言いながら、クオンの部屋にずかずかと入ってきたのは、皇帝エリオン3世だ。いつものように、後ろに侍女のフェアレインを従えている。

「話をした覚えは、ございませんが」

 メアレインが、ぶすっとした表情で皇帝に嫌味を言う。この子は、相手が皇帝だろうが遠慮がない。皇帝も苦笑いしながら、

「いやいや、ちゃんと聞いたとも」

「それにしては、驚いたふうにも見えませんが」

 さらに嫌味を続けるメアレインに、皇帝は、

「そりゃなんとびっくり!」

 そう驚いてみせるが、一瞬その場にひんやりと冷たい空気が流れたような気がしたのは、気のせいばかりではないだろう。

「ご存知……だったのですね?」

 メアレインは、皇帝をにらんだまま言う。

「そろそろかも、とは思っておった」

「オヤジ!!」

 そう叫んで、クオンはふとんをはね上げた。

「どういうことか、とっとと説明しやがれっ! なんだよこれは!」

 激しい言葉とは裏腹に、大きな瞳がうるうるしたままだし、声はかわいらしいし、ぜんぜん迫力がない。メアレインはちょっと同情した。

「……今は、言えん」

 エリオン3世は、一瞬の沈黙の後、きっぱりと言いきる。

「フェア!」

 こんどは、皇帝の侍女に矛先を向けるクオン。フェアというのは、フェアレインの愛称だ。

「あらあら、陛下がおっしゃることができないなら、わたしが申しあげられるはずがないじゃありませんか」

 にこにこしながら、フェアレインはそう答える。

 そして、一呼吸置いて、致命的な言葉を付け加える。

「ねぇ? 姫様?」

「ひ……」

 しばらくの沈黙の後、メアレインは、手を、クオンの目の前でひらひらと振ってみた。

 なにも反応がない。クオンは、座った姿勢のまま、意識がどこかに行ってしまっていたのだ。


 クオンが目を覚ました時、そこには誰もいなかった。

「メア?」

 自分の次女を呼んでみるが、いないようだ。

 考えてみれば、さっきトイレに行って、肝心の目的を達成していない。結局、もう一度行くしかない。ともかくトイレに行こう。

 あいかわらずふらつきながら、クオンは歩き出した。

 そして、トイレにまで来て一瞬考える。

 そして、自分の下半身を見下ろす。寝巻きを着ているので、何が見えるわけでもなかったが、そこにあったはずのものがないのは、いやおうなくわかる。

 立ってちゃ、できないんだろうな。泣く泣くそう結論付けざるをえなかったクオンだが、女子トイレに入るなんてことは、絶対にできなかった。大切な何かを、なくしてしまうような気がしたからだ。……もうないのだが。

 そして、男子トイレの大きい方に入ったのだ。

 寝巻きのズボンを下ろす。

「あれ?」

 ないものがないのは、哀しいかな、今のところどうしようもない。しかし、問題はそれだけではなかったのだ。

「ぱ、ぷぎゃあーーーーーーーーーーーーー」

 またしても、わけのわからない悲鳴をあげたクオンだった。

 遠くでその悲鳴を聞きつけたメアレインが、あわてて走り出す。メアレインは、女の子になってしまったクオンにお仕えするために必要なことのレクチャーを、母のフェアレインから受けていたのだ。しかし、今はそんな場合ではない。

 がんばれメアレイン! クオンの今の惨状を、他人に見せてもいいのか!?

「いいえっ! わたし以外の人には、許さないわ!」

 わき目も振らず突撃するメアレインは、途中で衛兵3人ほどをふっ飛ばし、扉を2枚ほど破壊したらしいが、本人はまったく気が付いていなかった。

 そして、現場に到着したメアレインは、母のレクチャーを途中までしか聞かなかったことを、すごく後悔することになるのである。それが何であったかは、ご想像におまかせする。


 数日後、ようやく回復してきたクオンは、久しぶりにちゃんと起きあがって服を着ようと思った。嘆いてもしょうがないと思ったらしい。体の方も、妙な感覚ではあるが、なんとかふつうに動けるようになってきた。

 ところが、いきなり問題にぶち当たった。服のサイズがちょっと合わないのである。当たり前だ。頭一つ分以上、身長が低くなってしまったのだから。

 本人は「ちょっと合わない」と思いこもうとしているが、「ちょっと」なんてものでないのは、一目瞭然だった。

「困りましたねぇ」

 いつの間にか後ろに来ていたメアレインが、ぶかぶかの服を着ているクオンを見て、ため息をつく。ズボンのスソが思いっきり床を引きずっているのだ。

「ともかく、スソやソデは、わたしが直してみましょう」

「やっぱりメアは頼りになるよぉ~」

 メアレインに抱きつくクオン。メアレインはちょっと顔を赤らめる。

「じゃあ、じっとしててくださいね。寸法取っちゃいますから」

 メアレインがなんだかうれしそうに見えるのは、気のせいだろうか?

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