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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リバーシブル・ブラッディ 生体兵器のお姫様(仮)

作者: 赤柴紫織子

 怪物と戦うものは、その過程で自分自身も怪物になることのないように気を付けなければならない。

 深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。


                                  ――ニーチェ



 ひとつの兵器と、いっぴきの化け物と、おおくの人間たちの終わりの話。



 神奈川県厚木市。

 かつては流通やサービス業の企業が集積していた都市だが、今や市そのものが軍用施設へと姿を変えている。

 理由として、今から五十年前の2020年、全世界、各地方で前触れもなく出現した通称『大渦穴メイルストロム』のせいだ。『大渦穴メイルストロム』から排出された『殺戮生物クリーチャー』の襲撃により多くの民間人が犠牲となった。

 神奈川の中では半径百メートル超の『大渦穴メイルストロム』が三つ出現したと陸軍公式記録に残っている。厚木市、海老名市は為すすべもなく壊滅。甚大ではない被害を負い、後々軍用施設として再建された厚木市とは違い海老名市は今やゴーストタウンだ。

 そのような地域は今や珍しくもない。そもそも『大渦穴メイルストロム』の周りは居住禁止区域に指定されている。


 人類は常に『大渦穴』と『殺戮生物』を相手に劣勢に立たされていた。


 いつごろだろうか。

 どこからだろうか。

 化け物には、化け物をと。そのような声が上がったのは。


 ――厚木市内を周る、人もまばらなモノレールの中で、乗客の青年は耳にイヤホンを嵌めて手元のタブレットを眺めていた。

 タブレットには一つの戦いが映し出されている。


 槍を二つ手にした、白いゴシックドレスをまとった白髪の少女。遥か後ろから撮影しているためか後姿のみしか確認できない。

 相手にするは四メートルはある『殺戮生物クリーチャー』。鋭い爪には人体のパーツらしきものが突き刺さり、口からはだらりと腕がはみ出ていた。


『オ食事デシタァ?』


 神経を逆撫でにするようなイントネーションで女の声が『殺戮生物』に話しかけた。声は少女のものだろう。


『ウフフ、フフフ。最後ノォ、晩餐ッテヤツカシラァ?』


 くるりくるりと片方の槍を器用に回しながら恐れる様子もなく少女は近寄っていった。

 『殺戮生物』は寄ってくる獲物にぎょろりと焦点を合わせる。はみ出ていた腕が落ち、地面に叩きつけられた。

 それを合図として少女は動いた。


 回していた槍を投擲し、『殺戮生物』の三つある眼球のうち一つを穿った。

 痛覚はあるのだろう。おぞましい叫びをあげて突き刺さった槍を抜こうとする。

 少女はその隙を許さない。

 つま先が地面にめり込む。一歩目の動きに合わせ砂埃が上がったときには、もう少女は『殺戮生物』の足元に迫っていた。

 手元の槍で足を一閃。『殺戮生物』の片足が切り取られる。

 バランスを崩しそれは後ろに倒れこんだ。人間のものとは違うどろりとした黒い血が飛沫となり噴き出す。血を少女は頭からかぶり、瞬く間に白い衣装が黒に染まっていく。

 気にした様子もなく少女は倒れた『殺戮生物』に飛び乗り、顔面へと移動した。


『アラ痛ソウ。トッテアゲヨウカ?』


 『殺戮生物』の眼球に刺さっていた槍を、一息に抜いた。弾力性のある球体がそのまま槍の先端に突き刺さっている。それを見て誰か撮影側の人間が吐いたらしい。

 興味なさげに眼球を放る。『殺戮生物』は暴れる。しかしその揺れる胴体の上で少女はタップダンスでも踊るように体制を整えただけだ。

 少女は双槍をクロスさせ、ちょうどはさみのような形にした。


『死ンジマエ』


 そう言って、首を切断した。

 痙攣する身体から降りると槍を振り血を飛ばした。


『ーー総員、準備』


 撮影側から指示が飛んだ。

 カメラの上であわただしく動く音と、困惑する声と、笑い声が混ざって聞こえる。


『今日はずいぶんとご機嫌のようで』

『久々だったからうれしいんだろ』

『無駄口を叩くな。来るぞ』


 少女が振り返る。


 柘榴石(ガーネット)のように赤い瞳、黒に染まった髪と服。

 唇は左右に引かれ、しかしそこにある笑みには決して友愛は含まれていない。

 『殺戮生物』を殺した少女は、今度は味方であるはずの人間を標的に入れたのだ。


 少女が右手を動かす。槍がこちら側へ飛んできて――悲鳴。破壊音。画面が暗転する。

 そこで動画は止まった。


「……」


 青年はしばらくの間タブレットに移りこんだ自分の顔とにらめっこしていたが、やがてタブレットの電源を落とすと窓の外を眺める。

 申し訳程度に植えられた木々以外は、灰色の建造物が並んでいた。


〈次は、第六区、第六区です。お降りのドアは右側です〉


 録音された女の声を聴いて青年は立ち上がる。

 乗客がちらちらと視線を送ってきたのを感じたが、青年は無視した。

 そもそも彼の表情や瞳に感情はない。仮面を被っているかのように固まったままだ。


 ドアが開く。

 彼は降り立った。さびれたホームだ。


 第六区。娯楽施設もない、面白みもない地区。

 極めつけは第09部隊の本拠地があることだ。

 第09部隊――『使用人部隊』と呼ばれているが、本当の名ではない。


 懲罰・・部隊・・

 軍規に反したものや犯罪者が集まる、力量も能力も異なる寄せ集めの部隊。

 とある生体兵器を管理するために、死んでも問題のない人間が集められた場所。



 そこへ、青年――小桜坂コザクラザカ紫苑シオンは加入することになっていた。



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