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        ○スタジオ──20時58分


 もめていた。すでに番組は、五時から九時の部が終了し、現在は協賛企業のCMが流れている。にもかかわらず、稲森さやかがスタッフに食ってかかっていた。このまま、わたしの時間を延長させろ──と。

 横にいたスタッフの一人が、どうするんですか、という顔で、東城のことを見ていた。

 とはいえ、次のキャスターがもう準備を済ませている。

「あのまま終わりなんて、ひどいです!」

 ゲリラガール中継の終了間際に、新藤なつきと神崎真とのあいだでなされた会話が、スタジオを暗い緊張感で包んでいた。

 神崎は、竜巻、と言った。水元公園周辺で、これから竜巻が発生するというのだろうか? いや、もうすでに発生しているかもしれない。東城は、携帯を取り出していた。神崎に連絡をとる。しかし三〇秒ほどしても、出ることはなかった。

「部長! わたしにやらせてくださいっ!」

 あきらめて携帯をしまったとき、稲森さやかが直談判してきた。

「延長させてください!」

「わかった。このまま稲森でいこう」

 東城は、宣告した。

「そ、そんな……部長!?」

 スタッフの一人が、困惑したような声をあげた。

「次の娘も、スタンバイしちゃってるんですよ!?」

「三〇分だけだ」

 東城は短くそれだけを口にすると、スタジオをあとにした。

 べつに、稲森さやかの熱意にうたれたわけではなかった。神崎となつきのことで、頭がいっぱいだったのだ。わずらわしい手柄争いは、うんざりだった。

 急ぎ足で、予報室に向かった。

 関東地域担当ブースでは、あいかわらず芹沢がモニター群と格闘を繰り広げていた。

「芹沢さん!」

 入るなり、声をかけた。

「来るころだと思ってましたよ」

「聞いてましたか?」

「斉藤がリアルタイムで観てましたから」

 芹沢は、背後を親指で指し示した。それにならって、東城は斉藤純子のパソコンを覗き込む。

 番組が映し出されていた。部屋前方に掛けられたモニターの一つでも映されているが、音声は聞こえない。斉藤のパソコンから出る声に集中した。

 すでに九時を過ぎ、本来なら次のキャスターにバトンタッチしているところだが、ついさきほど自分が指示したとおり、稲森さやかが番組を仕切っている。

「延長させるなんて、次の人、怒りませんかね?」

 斉藤にそう問われたが、考えたくないことだったので、東城は聞こえないふりをした。

「竜巻は、観測できましたか!?」

「まだですよ。といっても、レーダー上じゃ正確にはわかりませんがね」

 芹沢が答えた。東城も素人ではない。竜巻は、その現象がおこり、現地の被害状況を調査して、はじめて竜巻であると断定できるものだ。

 東城の質問の真意は、竜巻が発生してもおかしくない状況にあるのか、というものだった。芹沢ほどのベテランなら、そんなことはよく理解しているはずなのだが。

「ゲリラ豪雨の周囲では、いつできあがっても不思議じゃありませんよ」

「可能性は低いはずです」

「シングルでも、マルチでもなかったってことっすよ」

 都市型集中豪雨の場合、一時間ほどで消えてしまうことがほとんどだ。しかし今夜のこれは、もう三時間も消滅することなく、積乱雲が移動しつづけている。そのことからも、この雨が『マルチセル型雷雨』だということがわかる。いや、そうだと思い込んでいた。

 雷雨の簡単なメカニズムとは、こうだ。

 地面からの熱が上昇気流を生み、雲のなかで対流を起こす。下に降りてきた冷たい空気──『ガスフロント』が雨を降らせる。

 一つの積雲対流で終わるものは『シングルセル型雷雨』という。一時間ほどで消えていくものは、これだ。複数の積雲対流が次々に発達していくものが、『マルチセル型雷雨』。長時間、移動しながらの雨は、ほとんどがこれ。

 しかし雷雨のタイプには、もう一つある。『スーパーセル型雷雨』と呼ばれるもので、日本ではめずらしく、アメリカなどでよく見られるタイプだ。これはいってみれば、シングルセル型の巨大なもので、上昇気流と下降気流を生み出す部分が、雲のなかでくっきり分離されている。そのため、勢力が長時間持続されてしまうという特性がある。

 このタイプの特徴として、雹を降らせたり、竜巻を発生させることがあげられるのだ。

「あいつなら、感じ取っていたはずです」

「スーパーセルってことを、ですか?」

 東城は、うなずいた。

「どうやら、この雲、もう少し暴れそうですぜ」

 不謹慎に、芹沢の声が響いた。


        ○水元公園・車内──21時06分


 キャンピングカー後部で、みんなが顔を合わせていた。

 神崎に、井上青年、助けを求めてきた毛利瑞穂という女性、その彼だと思われる(たぶん、破局するであろう)拓也という名前負けしている男、そして女子高生二人。本当なら、救助した四人は安全な場所まで送り届けるべきなのだろうが、中継があるためにそれができなかった。

 パソコンで配信動画を観るかぎり、稲森さやかの担当時間が延長され、番組のなかでは、しきりに竜巻のことを話題にあげている。

 中継が途切れてから、スタジオとも予報室とも連絡をとっていなかった。

「どうするつもりなんですか?」

 なつきは、問いかけた。というより、問いただした。

 神崎は中継で使う撮影カメラではなく、さきほど井上に救助シーンを録画させたデジタルビデオカメラを手にしていた。

「ここからは、おれ一人でいい。このなかで車を運転できる人間はいるか?」

 わたしできます、と毛利瑞穂が手をあげた。

 拓也という見かけ倒しの男も、手をあげるにはあげたのだが、とても自信なさげだ。

「じゃあ、これを運転して、みんなを安全な場所まで運んでくれ。とにかくアクセルを踏み込み続ければ、なんとかタイヤが抜けるかもしれない」

 やはり神崎は、瑞穂に言った。

「これ……、普通免許で大丈夫なんでしょうか?」

 だれでも感じるであろう疑問を、彼女も感じたようだ。

「キャンピングカーは、大きくても一二メートル以下なら、普通免許で乗れる」

 それは、運転できる、ということを遠回しに説明したようだ。

「神崎さんは!?」

 なつきは訊いた。

「おれには、やることがある」

「竜巻を撮影するんですか!?」

「そうだ」

「無茶ですよ」

「いいから、逃げろ! あと二、三分のうちに来る」

「どうしてわかるんですか!?」

「経験だ」

 なつきは、今日の昼下がり、アメリカで発生したトルネードの速報を、ワイドショーでやっていたのを思い出した。神崎が大画面で観たがったのは、竜巻に興味があるからだ。

 アメリカには、トルネードの調査と研究のために行っていたのではないだろうか。

「いま、この雲は、スーパーセルだ。竜巻の起こりやすい状況はそろってる」

「撮影なんて、可能なんですか!?」

「可能だ」

「だったら、わたしもリポートします」

「ダメだ!」

 神崎は、ムキになっているようだった。

「……おれの、むこうでのあだ名を知ってるか?」

 なつきは答えることも、首を横に振ることもしなかった。神崎にも、わかっているはずだ。なつきが、その答えを知るはずもないことを。

「《死神》だ」

 車内が、重い空気に支配された。

「六人死んでる。おれが殺したようなもんさ。無謀な調査でな」

「ま、まさか……カンザスの悪魔を撮影した……日本人って」

 つぶやくように、井上が言った。

「カンザスの悪魔?」

「五年前、カンザス州でF5クラスのトルネードが発生したんです。死者は、二〇〇人に達しました。複数の竜巻によって、三〇〇、いえ……四〇〇人を超える被害はこれまでにもありましたが、単一の竜巻でこれだけの死者数は、異常です」

 井上が、解説をはじめてくれた。F5クラスがどの程度のものか、なつきには知識がなかったが、話の内容から「とてつもない」クラスだとイメージした。

「F5? ちがう。あれは『6』だ」

 神崎は、そう訂正した。

「たしかに、そういう噂も知っています。でも、公式には『F5』だったと」

 なつきがポカンとしていると、「F6のトルネードは、歴史上、まだ発生したことがないんですよ」と、井上が教えてくれた。どうやら、あるはずのないスケールのトルネードだったと、神崎は主張したいようだ。

「多数の死者のうち、一般の人間でない者も何人かいたんです。トルネードの研究のために、渦の中心を撮影しようとしていたグループがいた……気象学者やテレビクルー、民間気象会社の調査員もいたといいます。そのなかに、日本人もふくまれていたと……」

「神崎、さんが!?」

「たしか生き残ったのは、その日本人……ただ一人だけ──」

「だから、死神なんだ」

 自嘲ぎみに、神崎が声を絞り出した。

「見たことありますよ……そのときの映像。あなたが撮ったんですか!? 伝説の映像を……」

「そうだ。六人の命とひきかえにして、おれが撮った」

 その言葉は、まるで魂を引き裂くことのできる聖なるナイフのように、グサリと響いた。

「わたしも、いっしょにやります!」

 そのセリフが、なぜだか自然に口をついていた。

「何度も言わせるな! ダメだ」

 なつきは、引かなかった。どうしてだろう。神崎が、死に場所を求めているように感じたのだ。そのときの責任を胸に、死のうとしているのではないか……と。

「イヤです!」

「なんでそんなに聞き分けが悪いんだ!」

「わたし、《ゲリラガール》ですから」

 神崎が、ため息をついた。

「勝手にしろ」

「あ、あの……ボ、ボクにも手伝わせてください!」

「井上さん、あなたは部外者だし……」

 今度は、なつきが止める番だった。

「そんなスゴいことを成し遂げた人物だとは思っていませんでした。お願いします。手伝わせてください!」

 井上は、深々と頭をさげた。

「ったく、どいつもこいつも……勝手にしろ!」


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