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        ○水元公園・水元大橋付近──20時31分


 こんなにまで天気の急変を体感したことは、生まれて初めてのことだった。

 つい数分前までは晴れていたはずなのに、この変わりようは、なに!?

 避難する時間もなかった。

 瑞穂は、近くの公衆トイレに向かって走り出した。拓也もあとからついてくる。

 激しい雨。恐ろしい落雷。

 ドカンッ! 少し離れただけの木に、電流が走ったのがわかった。頭のすみで、雷が落ちるということは、こういう現象なんだ、と冷静に考えている自分がいた。

 そのすぐあとに、とてつもない恐怖がわきたってきた。ここまで近くに落雷があった経験は、もちろんない。このまま死んでしまうのではないか……。

「こ、こわい……」

 素直に、言葉が吐き出された。足もすくんでしまった。

 拓也は、もっと情けなくて、大きな木の幹に抱きついてしまった。そこから動こうとしない。

「そこは、危険よ!」

 木の真下はダメだ。テレビでやっていたのを見たことがある。

 側撃電というので感電してしまうそうだ。

 たしか、幹から四メートル以上離れて、しゃがみこむように座るのがいいと専門家が言っていた。とにかく、心臓を守るようにしゃがむ。心臓に電流を通さないようにすれば、助かる確率もあると。

 それをする? わたしに、そんな勇気はある!?

(やっぱり、あのトイレまで走ったほうが……)

 拓也を木の幹からひっぺがして、瑞穂は再び駆けだした。

 その直後、いままでいた木に電流が走った。

 拓也の悲鳴を聞きながら、必死にトイレをめざした。

 やっとたどりついたとき、かなり息があがっていた。公衆トイレの女子のほうに入ったが、拓也もこちらについてきた。しかし、それを咎めるような状況ではない。

「はあ、はあ……」

 これから、どうすればいい!?

 このまま、ここにとどまるか。それとも、もっと安全な場所に逃げ込むか……。

 こういう通り雨は、時間にして一〇分から二〇分程度でどこかへ行ってしまうものだ。ここにとどまるのが正解だと思う。

 そう考えたところで、すぐとなりの樹木に雷が落ちた。

 鼓膜が破れるのではないかと思うほどの振動!

 こんなところで、じっとしているのはイヤ……。

 それに、トイレの入り口に扉はない。ここに落ちたら、感電してしまうのではないか!?

(個室に入ったら、安全かもしれない)

 しかし、個室も密閉されているわけではない。上はあいてるし、電流がどういうふうに流れるかわからない。

 瑞穂は、自分でも考えすぎだ、と感じていた。入り口が無いにしても、こういう建物のなかは安全なはず。

(でも、雷の電圧は……)

 そうだ、今日、社員の人が言っていたことが、ここにきて頭のなかで、ずっと繰り返されている。

『雷の電圧は、とんでもないんだって』

『全身を絶縁体で覆っても、感電しちゃう』

 本当に、ここは安全なの!?

 雷のとき、一番安全な場所は──。

(車のなか……)

 けっこうな長さを歩いてきたから、駐車場までは相当な距離がある。

 そこまで走るのは、現実的じゃない。

(やっぱり、ここにいたほうが……)

 そう考えがまとまったところで、拓也が声を震わせて言った。

「に、逃げようよ……」

「ここのほうが、安全よ!」

 怒鳴りつけるように、瑞穂は応じた。

 この男に対しての苛立ちが、頂点に達していた。

 ドカンッ! また落雷。すぐ近くなのはわかったが、それがどこなのかを確認する勇気は、もはやなかった。

 はやく、雷雲がどこかに行ってくれるのを祈るしかなかった。

 ふと、周囲の景色が眼に飛び込んできた。雨で霞んでいるが、確かに見えた。

 ハナショウブの植えてあるエリアの前に、雨除けの屋根がついているベンチがある。そこに、二人の女子学生の姿があった。遠目だからさだかではないが、高校生のように感じた。学校帰りには時間が遅いので、塾かアルバイトのあとに友達同士で話し込んでいたのだろう。

「あ、あそこは……」

 ああいう屋根だけのついたベンチは、危ないはずだ。そういう事故が、むかしあった。

「あなたたち──ッ」

 瑞穂は、大声で叫んだ。だが、まったく届いていないようだ。ただでさえ距離があるし、絶え間ない落雷と雨音で、かき消されてしまう。

 このままでは、彼女たちの命が……。

 自分でも不思議なぐらい、すんなりと足が動いていた。

 ベンチに向かって──。

「ねえ、あなたたち! そこは危険よっ!」

 近づいて彼女たちに呼びかけるが、パニックを起こしているようで、こちらの声は聞こえていないようだ。

「キャ──ッ!」

「イヤッ! 助けてっ!」

 それぐらいの落雷だ。空は、休む間もなく光りつづけている。

 稲妻が、くっきり見える。

 轟音が止まらない。腹まで揺るがす地響き。

 雨粒は、天から降る槍のよう。

 ピカッと光った刹那、常夜灯に落ちた。

「瑞穂! こえーよ──っ!」

 どういうわけか、拓也までついてきてしまった。勇気があるわけではなく、あきらかにこの男もパニックを起こしている。トイレにいたほうが安全だという冷静な判断もできていない。

 ただ、わたしが飛び出してきたから、置いていかれると思って……。

「もうダメだよ~ッ!」

 女子高生たちがいるベンチまでたどりつくと、拓也はしゃがみこんでしまった。ここまで情けないと、むしろ笑いを誘った。

「あなたたち、ここは危険なの! あっちのトイレのほうが安全よ! あそこまで行きましょう」

 いままでいたトイレを指さして、瑞穂は訴えかけた。しかし彼女たちは、ただ怖がっているばかり。

 これが普通の雷雨だったら、雷程度で大袈裟な、と自分でも感想をもつのかもしれない。が、今日のこれは尋常ではない。バカ男の怖がりようは理解できないが、彼女たちの恐怖はよくわかる。

「拓也、車の鍵!」

「え!?」

 拓也は、なにを言われたか、わかっていないようだった。

「いいから、鍵!」

 瑞穂は、拓也から車のキーをひったくった。

 このベンチからは、公衆トイレよりも、公園の外──周囲を走る道路に出たほうが近い。ならば、駐車場まで行って、拓也の車で、ここから近い出口まで来たほうが、彼女たちを安全に避難させることができる。

「待ってて!」

 そう言い残すと、瑞穂はオンボロ車が置いてある第四駐車場へ向かった。

 いや、そうしようと踏み出した直後に、予感のようなものがした。ちゃんと見えていたのか、それともそんな気がしただけなのか。

 公園の南東端から水元大橋のあたりまでは一方通行になっていて、北へ向かうことしかできない。だから、このぐらいの時間になると、交通量はとても少なくなる。

 しかし、遠くのほうから車のヘッドライトの灯が見えたような……。

 ここから第四駐車場まで戻るよりも、その車に助けを求めたほうがいいのでは……!?

 稲光を錯覚したのかもしれない。

 もし車だったとしても、協力してくれない可能性のほうが高い。

 だけど……なぜだか、瑞穂はそれにかけていた。


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