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悪夢
うなだれて立ちすくむあたしに、聞きなれた声が呼びかけた。
「エリカ」
夢の中のエリカははっとして辺りを見渡す。
この声は、いつもの、シヅキだ。
あれから長い時間をかけて、あたしを思い出してくれたシヅキの声だ。
いつの間にか真っ白い病室の風景は、底なしの暗闇へと変わっていた。
行かなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。
「シ…ヅ、キ」
絞り出したエリカの声は虫の息で、シヅキには届かない。
「シヅ、キ…。あた、し…」
ここにいるよ。今から行くよ。どこにいるの。
返事は返ってこない。
ただ、気配だけがどこかで沈黙している。
なぜか、今行かなければ、もう一生会えない…そんな気がして。
もがいて。
叫んで。
手を伸ばして。
けれどもそれを引き留める何かが、エリカを掴んで離さない。
泥沼に引き込まれるように、爪先から力を奪っていく。
飲み込まれながら、エリカは叫ぶ。
「…シヅキ!!」
生ぬるい涙が頬を伝って、はっきりと目が覚めた。
開いた窓際のカーテンが、風になびいて揺れていた。