小休止
色々気にしなくていいから気楽に書いていたら本編の一話分よりもはるかに長くなった。
どーゆーこっちゃ。
てなわけで50話記念の番外編、
なんだかサブカルでげふんげふんな感じになりましたがどうぞお楽しみください。
これは一連の事件が起こる前の話。
「アサヒ、今日も部活動に行くの?」
帰り支度をする霧島アサヒに、神楽坂エナは話しかける。
「そうだよ!エナも来る?」
エナは少し考えるようなそぶりを見せた。
「あなたは柔道部よね?私、運動はできないけれど、部活動には興味があるわ」
「え!エナも部活やるの?!」
アサヒは顔を輝かせた。
「なに部?どこに入るの?」
柔道着をつめたカバンを放り出してエナにつめ寄る。
「べ、別に入ると決めたわけじゃないわ。興味があると言っただけよ」
焦ったようにエナは言うが、すでにアサヒは聞く耳を持たなかった。
「体験入部?部活紹介?私が教えてあげるね!それじゃあ、れっつごーっ!」
エナの手を引いて部室棟の方向へ歩き出す。
「ちょ、ちょっと…!あなた、柔道部に行くんじゃなくて?!」
「お嬢が部活に入るなら、わたしには見届ける義務があーる!」
「そんな義務ないわよ!あなた、部活動をサボる気?よくないわ、そんなの」
「んー、わたし、強いからだいじょーぶ!」
微妙にかみ合わない会話をしながら、アサヒはエナを引っ張っていった。
辿り着いたのは靴が散らかる扉の前。大迫力の演奏が聞こえてくる。
「じゃじゃーん!文化部代表、吹奏楽部だよ!」
「さすがね…地区大会を突破しただけのことはあるわ」
二人はしばし扉の前で聞きほれた。
不意に曲の途中で演奏が止まり、何かしゃべっているらしい声が聞こえた。
元気のいい返事が聞こえた後、何人かの影が扉に向かって歩いてくる。
「かっ、隠れなきゃ!」
急にアサヒが慌てだす。
「どうしてそんな必要が…ちょっと!」
有無を言わさずエナは階段の影に引っ張り込まれた。
扉からフルートを携えた集団が出てくる。
その先頭にいるのはクラスメイトの三宅さんだった。
「あら、三宅さんは吹奏楽部だったのね」
エナが普通に声を出したので、三宅はすぐに二人に気付いた。
「あれ…神楽坂さん、霧島さん。もしかして吹奏楽部、見に来たの?」
「そうなのだけれど…お邪魔だったかしら」
三宅はちらりと扉の方を見やった。申し訳なさそうに頭をかく。
「大会前じゃなければ、こんなにピリピリしてないんだけどねー。ごめんね、今日はちょっと無理かも」
エナはにっこりと微笑み、構わないわ、と首を振った。
「そう…それじゃあ日を改めるわ。大会、応援しているわね」
「ありがとう!」
三宅が去っていくと、それまで無言だったアサヒはぽかんとしながらエナに尋ねた。
「三宅って、誰?」
エナはあきれて頭を抱えた。
「…あなた本当に人を覚えないわね、クラスメイトよ」
「そっか…次はどこに行こっか?!」
「話を聞かないのも悪い癖ね」
「ごめんなさい…」
アサヒは本当にしゅんとして、上目づかいでエナを見やった。
まるで小動物みたい、とエナは思う。
「構わないわ、それよりアサヒは笑っている方がよくってよ。落ち込まないで」
途端にアサヒは元気を取り戻した。
「そうだよね!華道部とか、エナに似合いそう!」
「あなた、一体誰と喋っているのよ…」
あきれながらも次の部室へ。
「神楽坂さん、霧島さん。ようこそ華道部へ」
出迎えてくれたのはクラスメイトの柳さんだった。
「和室…。落ち着くねー」
「ふふ、柔道部も畳ですものね」
柳は上品に着物の袖を押さえて笑う。
「普段も着物で部活動をしているの?すごく似合っているわ」
「ありがとう。華道部ではいつもこの格好なの」
出されたお茶をすする。アサヒが目を細めた。
「あったかーい」
しばらく、のんびりとした時間が流れた。
「…せっかくだし、お花、生けてみます?」
「そうね…、ってあら、もうこんな時間!」
エナは時計を見て目を見開いた。
「楽しい時は、すぐに過ぎ去ってしまうのね」
アサヒが大きくあくびをした。
「長居しすぎちゃったから、そろそろおいとまするわ」
エナはすっかりしびれた足をかばいながら立ち上がる。
「あらら、それは残念。また来てね」
「ええ、次はぜひ華道を教えてもらいたいわ」
柳は名残惜しそうに手を振った。
「一時間もたっているなんて…私、いつの間にか眠っていたのかもしれないわね」
「ふわぁ」
アサヒはまだ眠そうに目をこすった。
その目の前に、小柄な人影が現れた。
「おやおや、眠そうだ。さては華道部を見に行ったんだね?」
「あら、あなたは…」
「やあ、僕は毛利。部活見学をしているなら、うちの推理倶楽部の事も耳に入れておきたくてね」
不意な人物の登場に、二人は目をぱちくりさせる。
「毛利さん、もちろん存じ上げていますわ。クラスメイトですもの。それよりどうして…」
「どうして華道部に行ったと分かったか、だろう?」
毛利は不敵に片目をつぶってみせた。
「”華道部に行くと眠ってしまう”。この学院の七不思議でね、知らなかったかい?」
二人そろってかぶりを振った。
「この匂い…リラックス効果の高いお香かな?」
毛利はアサヒの服に近づいて、至近距離で匂いを嗅いだ。
アサヒが猫のような俊敏さで飛びのく。
「わわ?!」
「はは、すまない。驚かせてしまったようだね」
毛利は心底楽しそうに笑い声をあげた。
「君は神楽坂さんの膝でしか眠れない猫みたいだ」
珍妙なたとえに、アサヒは首をかしげる。
「それで…推理倶楽部は、どんな活動をしているんですの?」
気を取り直してエナが尋ねた。
「うん、正直活動というほどの活動はないんだ」
あっけらかんと毛利が答える。
「事件が起こらない以上、することがなくてね。平和でいいことなんだが」
顎に手を当て、少し考える。
「…そうだな、強いて言うなら、バイオリンが弾き放題だよ」
「明智という部員がいるんだがね、彼女のバイオリンは実に素晴らしい。ぜひ一度聞きに来たまえ」
毛利は目を輝かせると、息つく暇も与えずエナの両手をとった。
「この時間だと、あと一つ部室を回れるだろう。楽しんでくるといい」
「それじゃあ僕は、事件が起こるのをおとなしく待っていることにするよ」
毛利が去って行くと、エナは小さく吐息を吐き出した。
「色んな部活動があるんですのね…」
「次はどこに行こっか?」
しっかり目が覚めて元気そうなアサヒは辺りをきょろきょろと見回した。
どこかでサックスの音色が響いている。
「あら、吹奏楽部は色んなところにいるのね」
「見てエナ!あれ、チア部だよ!」
アサヒは遠くを指さした。
確かにオレンジ色のユニフォームはチアリーディング部のものだ。
近づいていくと、ちょうど大技の練習をしているところのようだった。
「まあ、あんな高いところに…大丈夫かしら」
エナは無意識にアサヒの袖をつかんだ。
「こっちがドキドキしちゃう…」
二人で息をのんで見守る。
土台の生徒に支えられた少女がまっすぐ前を向いた。
手を広げ、足を高く上げる。
「すごーい!」
拍手していると、水を飲みに来た生徒と目が合った。
「あれ、神楽坂さん霧島さん!どうしたの、チア部に興味ある?」
声をかけてきたのは園原さん。今日はどうもクラスメイトに縁があるらしい。
「運動はできないのだけれど…すごい技が見えたから見に来てしまったの」
「そうなんだ?じゃあゆっくり見てってね!」
手を振って駆けていく。園原は土台のようだ。
「あんなに全身の体重をかけられて、痛くないのかしら…」
「上の人が軽いんじゃないの?ほら、エナも軽いし」
そう言いながらアサヒはエナをひょいと持ち上げた。
「ちょっと!何してるのよ急に…」
「えへへ、エナが軽いってことの証明!」
「何よそれ…」
二人は次の部活を見に行くことにした。
「ここここコミック研究部…通称…コミ研…です」
猫背の野間さんはおどおどしながら、さらに下を向いた。
「のまっち緊張しすぎだから!草生えるって!」
吉岡さんが指をさして爆笑する。
「ぁ…え…だって…その…ぅ」
「ごめんね、のまっち極度のコミュ障だから」
「コミュ障?」
エナが首をかしげながらも目ざとく野間の手元に目を留めた。
「それって…もしかして漫画かしら?ぜひ見せて欲しいわ!」
「あああのこれは…駄目…趣味のやつ…でっすから」
恥ずかしそうに紙をかき集める。
「のまっち最近腐ってるのしか描いてないもんねー」
エナはまた首をかしげた。
「腐ってるの?」
「お嬢は知らなくていい…」
アサヒがすかさず声をあげる。
「んんん、これとかなら見せられるかな?」
吉岡は奥の方から冊子の束を引っ張り出してきた。
「のまっちめちゃくちゃ絵上手いんだよー!ほら、これとか超美形」
そう言いながら指さしたページには、輪郭のはっきりした男性が描かれている。
「まあ、これを野間さんが?すごいですわね」
「ちょ…ちょっと…勝手に見せない…でよ」
「他にはこれとか。あ、これものまっちのだ。あとは…」
「ウワオオオオオ!!」
野間は突然すごい声をあげると、見ていた冊子をひったくった。
「だ…だだだめ、こんな天使に見せちゃぁ…」
「あれ、そのページって駄目なやつだったっけ?」
「みんなで…はっちゃけたやつ…」
「ああ」
吉岡は納得したようにうなづいた。
「じゃあ別の物を見せよう!じゃじゃーん!」
そう言って取り出したのは、装飾の凝った衣装。
「コミケにも参加しててね、ウチは売り子をやってるんだ」
「これを吉岡さんが?見てみたいですわ!」
「えー、ウチが着るより、神楽坂さんが着る方が絶対可愛いと思わない?」
野間は激しく同意した。
黙っていたアサヒの目が光る。
「そんな…吉岡さん、とても素敵ですのに」
「ウチにはどうしても超えられない壁があったんだ…」
吉岡は苦しそうに胸を押さえた。
「…パッド戦士」
「あーうるさい!」
吉岡は笑っている野間を小突く。
「それならお前が売り子やれーっ!」
二人が言い合っている間に、アサヒはエナに話しかけた。
「エナが着てるの、見たい…っ!」
「え?それは構わない、けれど…」
かくしてエナのコスプレが決定した。
「やばい…。神楽坂さん…あなたが神か」
「ほ…本物…降臨した…」
見つめられて、エナは恥ずかしそうにスカートを掴んだ。
「そ、そう…かしら?」
褒めたたえられていると分かって、まんざらでもなさそうだ。
「こっち向いて!」
「こ…この…ポーズを…」
まるでアイドルのような扱いだ。
アサヒは何も言わず熱心に見つめて、おもむろにカメラを取り出した。
「ちょっとアサヒ?!写真は恥ずかしいわ」
「一枚だけ!お願いお願い!」
熱心にお願いする。
「仕方ないわね、一枚だけよ…」
エナはどこか得意げにポーズを決めてみせた。
「撮るのなら特別綺麗に撮りなさいよ…!」
その言葉で、一斉にコミ研部員が沸く。
「姫ー!」
「なんて…神々しい…」
アサヒは震える手を押さえて、シャッターを切った。
それを見届けるとエナはすたすたと歩いてきて、アサヒの手を取る。
「次はあなたの番よ、アサヒ」
「…え?」
アサヒは現像された写真を手に、ベッドに寝転がった。
王様のように冠をいただいた格好のアサヒの横には、メイド姿のエナが写っている。
「うふふ、一度やってみたかったの。こういう格好。アサヒは背が高いからその恰好、よく似合うわ」
その姿は今の二人の関係の裏返しのようで、なんだか新鮮で…ちょっと切ない。
「エナは、気にしてるのかなぁ…」
エナについて行くことに、アサヒはなんの苦痛も感じない。
ただ、そうしたいからエナといるだけなのに。
「何しているの?」
シャワーを浴びたエナが部屋に戻ってきた。
アサヒはとっさに写真を隠す。
「ん…いろんなとこ回ったなぁ、って。どこに入るか決めた?」
「そうね、そのことなんだけれど」
エナはベッドの端に腰を下ろし、困ったように濡れた髪をつまんだ。
「あんなに回ってもらって悪いのだけれど、部活動はしないことにしたわ」
「え?!なんで?興味あるって…」
アサヒは起き上がって、エナの肩を掴んだ。
「どの活動も、それを極めたい、って志が感じられた。私にはそれがないの。それに…」
エナはそこでいったん言葉を切る。
「あなた、もうすぐ柔道の試合があるんでしょ?部活動をやっていたら応援に行けないわ」
にっこりと微笑んだエナを、アサヒはあっけにとられて見つめた。
「サボってばかりいたら駄目よ?」
「う、うん…」
エナは立ち上がって、電気のスイッチに手をかけた。
「そろそろ寝ましょ、もう遅いわ」
電気が消えて、辺りが暗くなる。
ごそごそとエナがベッドにもぐりこむ音が聞こえる。
その音が止むと、吐息のように静かに声がかけられた。
「おやすみなさい」
「おやすみ、エナ…」
アサヒは毛布をぎゅっと抱き締めた。
まだ、かすかにエナの体温が残っていた。