地味子
ほんの出来心だった。
「斉藤さんってさ、なんか、ムカつかね?」
それを聞くや否や森田サチコはすぐさま賛同した。
「わかるわー。なんか先生にもめっちゃ気に入られてるし、あれってひいきじゃん?」
斉藤サヤカは、成績優秀でおとなしい子だった。
ちょっと抜けているところがあって、それもまたいろんな人に優しくしてもらえる要因になっていた。
やんちゃで扱いづらい生徒、だった私には、それが気に食わなかった。
井原ミワが声をひそめてささやいた。
「斉藤さんってさ、アレらしいよ」
援助交際、してるって。
夏休みに知らない男の人と歩いてるの見た、って。
でもさぁ、あの子ぽっちゃりだし、そんなモテないっしょ。
まあ言っちゃえばデブだし。
デブ。地味子のくせに。
火種は簡単に燃え広がって、いつの間にか斉藤さんはクラスで独りになっていた。
「あ、斉藤さんいたの?ごっめーん、あたしおかわりしちゃってさ、残りこれだけしかないわ」
顔に給食の残骸を張り付かせながら、斉藤さんが泣いている。
私はやってない。やっているのは、森田サチコだから。
「斉藤さん、泳ぐの上手いんだって?見せてよ、ほら」
斉藤さんが、怯えるように体をすくめる。
手足はひもで縛ってあった。
「早く泳げよ!」
森田サチコがその背中を蹴った。
「んぅ゛っ」
バシャ、と激しい音がして、水しぶきが飛び散った。
「わ、つめたっ」
けれど私は素知らぬ顔をして、その様子を眺めた。
実行犯は私じゃないから。私の取り巻きが、勝手にやってるだけだから。
もがく姿に飽きて引き上げると、制服も何もかも氷のように冷たくなっていた。
激しくせき込むその喉に、井原ミワがはさみを近づけた。
「そういえば斉藤さん、彼氏いるんだって?」
「こんな姿見られたら…どうなっちゃうんだろうね?」