屋上
「エリカ、来て」
シヅキは見つからないまま放課後、キリノに手を引かれた。
「どこに…」
キリノは何も言わず階段を上っていく。エリカも手を引かれるままに上っていった。
ただならぬ空気を感じる。冷たい風が頬をかすめた。
階段の最上段を上りきる。キリノはゆっくりと、きしむ屋上のドアを開けた。
「リコ」
エリカは思わず息をのんだ。
リコは静かに背を向けて立っている。
屋上柵の、向こう側に。
「リコ…危ないよ、何してるの」
「来ないで!」
近づこうとしたエリカをさえぎって悲鳴のような声が響いた。
「それ以上近づいたら…飛び降りるよ」
ふっ、とリコの声が暗くなる。
エリカが動けないまま、数秒の沈黙が続いた。
「リコ、あんたは悪くないんだよ。だから…」
キリノが落ち着かせるように語りかけたが、リコは激しくかぶりを振った。
「そう、私は悪くないの!悪くないのに、こんな、こんな…」
行動と言っていることがちぐはぐだった。リコはさらに強い口調で続けた。
「こんなことになるなんて、きっと私がダメだったの!だって、誰も悪くないんだから!」
叫ぶように泣いて、不意に黙り込む。
しばらくして、さっきとはうって変わった弱々しい声が聞こえてきた。
「私が…私がダメだったの、また繰り返しちゃう…」
リコは呟きながら顔を手で覆う。ふらり、と身体が揺れた。
「やめて、リコ!」
駆け寄りたいのを必死にこらえる。今走って行っても、きっとリコには届かない。
あと五センチ、前に足をずらせばリコは落ちてしまう。
「ねぇ、リコ」
エリカの足が震えた。後ろから聞こえてきたキリノの声は、これまで聞いたことがないほど冷たい。
「あんた、エリカをこれ以上苦しませたいの?」
「…何言って…」
「あんたが死んじゃったら、あたしはもちろん悲しい」
力が入らなくなって、エリカはその場に座り込んだ。
低くなった視界の左隅に、キリノの脚が映り込む。
「それだけじゃない、エリカも悲しむ。しかもエリカは見てのとおり満身創痍」
リコが振り向いて、全身をこわばらせた。
さっきまでエリカの後ろにいたキリノが、エリカの三歩先にいる。
「来ないでッ…」
キリノはおかまいなしに話を、歩を進める。
「あたしは知ってる。あんたは優しいから。誰も傷つけたくないでしょ?」
「ダメ…リノちゃん…っ」
逃げるようにリコの足がずる、と動いた。
五センチの距離が三センチになる。
エリカは叫びだしそうだった。けれど、声すら出ない。
「…だから、あんたは飛び降りたり、しない」
とどめの言葉とともにキリノがリコを捕まえようとした、その時、
…リコの足がずるりと滑って、そして空を踏んだ。