耳がぁああ2とでっかい屋敷
『あ、ごめん』
掴んでいた手の力が抜かれたが、それでも地味に残る肩の痛みを感じながら、
『よ、よく、わかんないけど大変な目にあったんだな』
これ以上自分の体に降りかかる痛みを味わいたくないために、椎哉は理解しきれないまでも共感しておく。
『まぁね……。はぁ』
ため息とともに漏れるカンナの声、それに椎哉も同情心が芽生えた。
張り出された紙一つで簡単に仕事を決めてしまうなんて、なにかしらの事情があるに違いない。きっと母親を幼い時に亡くし、その所為で酒とギャンブルに嵌る父親、そんな不幸という名の螺旋に嵌ってしまってしまったのだろうと椎哉は勝手に決めつけた。
そして、それはあながち間違っていない。
『しょうがないなっ! ちょっと寄り道してくぞ!』
「え? どうしたの急に――ひっ」
急ハンドルで斜めになる車体にカンナは驚いて小さな悲鳴を上げた。すぐに車体が立ち直されているが、スピードはさっきよりも速くなっている所為でしがみついた手に力が入る。
徐々にスピードにも慣れ始めた頃になって、インカムを通してカンナは文句を言った。
『ちょっと! 急にアブナイでしょっ!』
インカムに通るカンナの怒りに、椎哉は一度軽くだけ後ろを振り向くと左手の親指を突き上げた。
『うえ、上見ろ』
「え?」
俯いてばかりだった顔が上がると夢想の景色がカンナの視界にいきなり広がった。まるでその先に待ちわびているのが幸せを彩るように、桃色に色を付けた遅咲きの桜の木々がレンガ造りの道を挟んで立ち並んでいる。
『……すごい』
落ち行く花びらの一枚が片手を離したカンナの掌に舞い落ちる。
『三本道の一つ春道だ。今年は例年より遅かったからなこれが見れただけでも運がいいと思うぞ』
悩みが掠れ、カンナの目には桜の花びらに埋め尽くされていく。
『ははは、そうかもね』
自慢げに見せたその光景に、聴こえてくる明るい声は椎哉を満足させる。その光景を少しでも長い時間見せる為にアクセルを緩めた。
ゆっくりと流れ落ちる桜の花と違い、春道を通り過ぎるバイクは早くに道を通り過ぎる。
『ああ、終わっちゃう』
カンナのため息交じりの声に、
『機会があればまた見れる』
期待と希望を含ませながら、未来を見せるように椎哉が言う。
『うん』
さっきまでの憂鬱な独り言を一瞬で消し飛ばしてくれた景色に、これから待ち受ける日常にカンナは元気を出して返事を返した。
気持ちを新たに切り替えたカンナは、さっき聞けなかった質問をもう一度してみる。
『さっきも聞いたんだけど、どこに向かってるの?』
『あ? んなもん屋敷に決まってるだろ』
『屋敷?』
てっきり国かなんかの広大な公園だと思い込んでいたカンナの思考に再び疑問が蘇る。バイクで走るような敷地に屋敷とはなんなのか。
『あれ』
その意味も指差した椎哉の言動で、
『…………家?』
カンナは混乱を極めた。
『はぃいいいっ! 家っ!? デカッッッ! 屋敷ぃいいいいいい!!』
『ぎゃぁああああああああ耳がぁあああああああああああ!!!』
広大な敷地の中心、少し山なりになった丘の上に椎哉が屋敷と呼ぶ常識の範疇を超えた建物があった。
門の外にあった高級住宅が家臣のように跪くが納得できてしまうほど、存在感たっぷりなお城のような建物が。