ミミガァッッッッ
バイクは定員を乗せ颯爽と敷地内の道路を駆け走り出した。
「ど、どこに向かってるのよ」
「何っ?」
バイクのエンジン音と勢いに任された風切音が二人の会話を遮り、少年は声大き目に聞き直す。
「ど こ に 行ってるのよ!」
少女も言葉を区切りながら大きめに声を発したがやっぱり聞こえず、バイクは速度をみるみる落とした。
計画の途中ともあって早めに帰りたい気持ちを少年は持ちつつ、それでも急な展開とお互いまだ名前も知らない間からも合わさって、聞き流したままにしておくわけにもいかずバイクを完全に停止させてから後ろを振り向いた。
「聴こえねぇって、メットのインカムの音量上げてくれ」
少女は「どこよそれっ」と言いながら、バイクに乗りながらでも普段の声量で会話ができるヘルメットに装着されたインターコムの音量調節を指で探し「あったこれね」と、少年の声をテスト代わりに音量調節を済ませていく。
『これで大丈夫だな』
『大丈夫みたい』
お互いに再度ヘルメット内のスピーカーからの音を確認してからバイクは再び走り出した。
『訊き忘れていたけど、あんた名前は?』
『そ、そういえば名乗ってすらいなかった……。危機的状況に置かれたからってここまで周りが見えなくなるなんて』
『……よくわかんねぇけど、名乗ろうぜ』
『そ、そうね。瀬角カンナ。あんたは?』
『カンナか、俺は箸方椎哉だ。まぁ苗字はもらいもんだけどな』
カンナは頭を傾げながら、
『そりゃそうでしょ。親の苗字なんだし』
『まぁ……そうか』
歯切れの悪い答えにカンナはもう一度頭にハテナの浮かべ、適当に流されたことで大したことではないと聞き流した。
互いの自己紹介からは椎哉が目的とする場所に移動する間、沈黙の間が出来上がる。バイクに乗っていると、スピーカーからは声を発しさえしなければ自動的に電源のオンオフが自動で行われ、オフ時には風の音が占領していく。そのため特に会話のないことは気まずい雰囲気を作ることはない。
むしろ余裕さえあるこの状況がカンナの不幸体験を振り返させ、ネガティブスイッチを入れてしまう。
『初日から意味わかんない状況になるなんて、どんだけなのよ。まぁ、悪くない感じに状態は変化してるけどさ』
『んぁ?』
スピーカーから漏れ出す声が椎哉の耳に届く、さすがに独り言の声量を拾え切れずに何を言っているのかまでは聴こえていない。
だから、椎哉は話しかけられたと勘違いで声を出してみるが、
『これからどうなるのかなぁ。だいたい使用人ってメイドの事よね。察するに箸方のメイドさんになるってこと、なんか現実離れしてきている気がするなぁ、でも働くに越したことはないし、住み込みなんて都合の良い状況って早々ないだろうし、早い段階で学香にも連絡しておかないと心配するだろうしなぁ。って携帯使えない!』
『ぎゃぁ!? いきなり大声で喋るな!』
『え、あ、ごめん』
一人突っ込みに椎哉の声でカンナは我に戻る……が、
『アドレスは残っているとはいえ、契約が止められた携帯は使えない……。あれ? そういえば、メイドさんって、もしかして敬語とか使わなかきゃいけないんじゃ……。最初の勢いでため口で話してるけど……、でもなんにも言ってこないし…………』
一度漏れ出したネガティブスイッチは中々切られない。初めから漏れ出しているカンナの独り言はあちこちに思考を飛ばしながら続き、その声が次第に大きくなってきている。
『おい、聴こえてきてるぞ』
『もうっ、なんでこんなことで悩まなきゃいけないのよ!』
『って聴こえてねぇのかよっ! もはやその声の大きさじゃ話しかけてるレベルだろ!』
『だいたい家が無くなったのも、私だけ一人なのも全部お父さんの所為じゃない! まぁ、親に頼りっきりってのはあったかもしれないけど、それにしても――』
二人乗りで腰にはさすがに回されず、椎哉の肩に伸ばされた手に徐々に力が込められていく。
『お、おい! 肩、力を入れすぎるな』
『――これじゃ捨てられたのとおんなじじゃない!!』
『ぎゃぁああああ!! 耳がぁあああああっ!! 肩がぁあああああっ!!』
カンナの怒りで張り上げられた声が耳を、力の限り掴まれた手で肩が殺されていくのに椎哉は悲鳴をあげた。