カンナ家をなくす
昔に書いた作品のようですが、ご感想お待ちしております。
「まだマシ」そんな言葉を何度も使ってしまうほど、その日は最低な日だった。
陸上部次期キャプテンなんて噂をたてられ満更でもない気持ちが嘘のように、お金持ちでも貧乏でもない一般家庭が嘘のように、瀬角カンナは元我が家を目の前に呆然と立ち尽くしていた。
発表があったのは一週間ぐらい前の出来事、父親が学のない投資活動なんてものをしてしまいそれは失敗に終わる。突然のチャイムが鳴り響き見ず知らずの人間たちが家の中へと侵入していたと、友達と笑いながら家に帰ってきたカンナは近所の人たちに聴かされた。
家族会議が開かれる間もなく母親は姿を消し、我が家を失おうとしているけど借金が残らなかっただけ「まだマシ」なのかもしれない。
目の前の家の中は『差し押さえ』のテープが至る所に貼られ、持ち物を最低限選び抜き早朝を持って瀬角家は他人の手に渡った。
「そんじゃまぁ、これから必死になって生き残ってほしい」
父親のそんな能天気な声にカンナの顔が引きつる。せめてと一泊だけが許された元我が家を早朝近所の人の目を掻い潜り夜逃げの如く立ち去るのだ。
「お父さんは母さんと一緒に何とかしてみるから、それまで頑張って」
なぜ一人この街に取り残し去っていこうとしているのか、二人で行くのなら私も連れて行けよ、とカンナは心中で何度も呟いた。本当なら父親、またはいなくなってしまった母親から一緒にいようと言われるであろうと思い、悲しみもこれからの苦労も必死で我慢してきた。それなのに、こうなる日が来るまでそんなニュアンスを含む言動を父親とされている男の口からは一度として発言されることはなかった。
「友達の家にでも事情を説明して助けてもらって」
言えるわけがない。家の恥を発表して平穏な学生生活が続くなど想像すらできない。だいたい親戚なりなんなり、親として連絡はできなかったのだろうか。
「おっとご近所さんに見つかると気まずいからそろそろ行くね。あ、母さんは先に海外に逃亡しっちゃったみたいだから、お父さんがんばって探すから心配しないでね。……そんな俯いてないで次期キャプテン候補!」
もはやそんな立場はすでに無くなっているが、とりあえず母親は借金がないことを知らないらしい。でも、母親もカンナを置いて逃げた。だから、この憎しみは目の前のこの人に渡しておこうとカンナは思う。母親には間接的に届くことを願い。
「それじゃあ、元気で」
別れの最後の言葉を残し去ろうとする父親は笑顔だった。
カンナは血が滲むんじゃないかってほどの力を拳に分け与えた。
「ちょっとまって」
今までカンナが黙秘を続けてきたのは悲しんでいたわけじゃない、怒りを我慢していただけだ。
「なーに、いつだって私たちは――――」
この一発を打ち込むために、
「死ねぇええええっっっクソオヤジッッ!!」
「――かぞぐぅううううう」
クソオヤジの顔面に元陸上部キャプテン候補の拳が炸裂したこの日。
瀬角カンナ十七歳にして我が家と家族を失くす。
2010/6~2010/8に書いたようです。