Stagione
『なつ【夏】
四季の一つ。春の次、秋の前で、現在一般には6・7・8月の3ヶ月。(出典・広辞苑)』
「……らしいけど? ライガット」
「知るか」
「…………あんた、ねえ……」
河川敷の広場、そこには4人の少年少女がいた。そのうちの一人――ルーティス=アウトゥンノは大きくため息をつく。そして持っていた分厚い辞書を、ライガットと呼ばれた少年――本名・ライガット=エスターテに投げつけた。
「あっ、危ねえ! 何すんだよこの乱暴女!」
「うるさい! 『夏』がいつまでもいつまでも居座るもんだから、『秋』の出番がどんどん遅くなるんでしょうが!!」
「いいじゃねえか、いつまで仕事してたって俺の勝手だろ!」
「あーもう話の通じない奴! ねえ、エリューシオンちゃんもそう思うでしょ?」
「あーヨシュアさん、あの制服すっごい可愛いですよー! どこの学校でしょうか、憧れますー」
「……肯(訳・そうだな)」
「「……聞けよ」」
ライガットとルーティスの喧嘩を華麗にスルーして、道を通る学生の制服の話で盛り上がる、エリューシオン=プリマヴェーラとヨシュア=インヴェルノ。そのあまりのスルーっぷりに、何となく二人の怒りもぶつけどころを失ってしまった。
今日は4月の初旬、河川敷にも桜が咲き乱れており、学生たちも真新しい制服を着ている。入学式の帰りなのか、保護者らしき人と一緒に歩いている子もいた。
「最近、卒業式には雪が降ってたりとかするんですけど、やっぱり入学式シーズンには桜が咲いてないとですよねー。『春』の仕事が間に合ってよかったですよ」
「……謝(訳・すまない)……」
「いえいえ、ヨシュアさんが謝ることはありませんって」
「うーん……そうは言っても、私とエリューシオンちゃんの出番が減ってるのは、やっぱり『冬』の影響もあるのよね。大体、ライガットもヨシュアも、何で最近そんなに長く仕事してるわけ?」
「気分」
「……あ、そう」
ルーティスは再び大きくため息をついた。そして本を開き、さっきエリューシオンから貰った桜餅を頬張る。読書好きと食欲旺盛、ルーティスの特徴を一言で述べるとしたらそうなるだろう。
「そんな食ってると、また太るぞー」
「年がら年中アイスばっかり食べてる奴に言われたくないわよ」
「確(訳・もっともだな)」
「……よし上等だヨシュアの野郎。台風呼んでやろうか」
「……応(訳・なら俺は吹雪呼ぶ)」
「いい加減にしなさいよあんたら!! 台風も吹雪も呼ぶな! そして下らないことで喧嘩しない!!」
叫ぶルーティスとは対照的に、エリューシオンはオロオロし出す。
「な、何で今の流れで喧嘩になるんですか……?」
「そういう奴らなのよエリューシオンちゃん。喧嘩するのにはっきりした理由なんてないの。口実さえあればすぐ始めるんだから」
「ふああ……でも、本当に台風も吹雪も呼ばないで下さいぃぃ……せっかく咲かせた桜が散っちゃいます……」
エリューシオンの上目遣い攻撃が発動した!
……ライガットとヨシュアの親族には、許されない恋に落ちた、というルーティスが好きそうな物語のような関係の二人もいた。『夏』と『冬』だ、相容れないとはいえ、憧憬から恋愛に発展していくこともあるのだろう。
……だが、ライガットとヨシュアはと言えば、とにかく顔を合わせれば喧嘩しているのである。夏に台風やゲリラ豪雨などが突然襲ってくるのは、ヨシュアがわざわざちょっかいをかけに来て、ライガットが応戦しているからだとか何とか。
「『相容れない』って言うんだから、こっちの方が正しいだろ」
「あーもういいもういい! 屁理屈言わない!!」
「喧嘩はやめて下さいよー……」
エリューシオンが泣きそうになっている。というか、もうほとんど泣く寸前だ。ルーティスも人のことは言えないのだが、エリューシオンはとにかく涙もろい。そして争い事が嫌いなので、ライガットとヨシュアが喧嘩しているのは心苦しいのだろう。
そんな『春』の心情に呼応するかのように、空が暗くなっていく。そしてついに、エリューシオンの瞳から涙が零れ落ちると同時に、雨が降り出してしまった。
「! ちょっと馬鹿二人、エリューシオンちゃんが泣いちゃったじゃない!」
「知るかよ! ヨシュアの野郎が悪いんだ!」
「怒(訳・非を認める気は一切ない)……」
「ったく……喧嘩するのは勝手だけどね! せめてエリューシオンちゃんのいない所でやってよ! 今は春なんだから、エリューシオンちゃんが泣いたら雨が降るでしょうが!」
「……む……」
「…………」
ライガットとヨシュアは、不満そうにではあるがお互いの顔を見る。そして仕方ないと言わんばかりにため息をついた。正直、この状況で一番ため息をつきたいのはルーティスだ。
「お、おい、エリューシオン」
「はい……?」
「その……悪かった。もう喧嘩しないから……」
「……詫(訳・すまなかった)……」
「……い、いえ! 仲直りして下さったんならいいんです」
エリューシオンは泣き止み、空も少しずつ明るくなっていく。春の天気が変わりやすいと言われる所以だ。悪く言えば単純なのかもしれない。
「……本当に、喧嘩、しないんでしょうね……」
「悪かった……謝るから、そんな鋭い目で睨まないでくれ……」
「絶対よ?」
「……分かってるから……」
もっとも、ここで約束させたところで、また次に顔を合わせれば喧嘩するのは目に見えているのだが。だってこの一連のやり取り、もうこれで136回目。
「まーったく……まあいいか。もうお昼だし、お腹空いたから何か食べに行かない?」
「お前、まだ食うの? さっき本読みながら桜餅食ってただろ」
「叫んでたら疲れたのよ。お金がもったいないと思うのなら、責任は主にあんたたちだからね」
「極悪非道だ……こいつ……」
「何か言った?」
「……いや……」
「私、いいお店知ってますよー。この間ヨシュアさんと行ったんです」
「憶(訳・あの店か)……」
「よーし、じゃあ案内して!」
「はいっ!」
四者四様の彼ら。はっきりとした『季節』が存在するのも、なかなか悪くないかもしれない。
風に吹かれて、一枚の桜の花びらが静かに川へと落ちた。川は春の優しい風の光を受け、きらきらと透明に輝いていた。




