1ページ目『予兆』
カルガモ出版に入社して約一年。
新人という枠からようやく抜け出した頃、
俺は編集長の案で担当を持たせていただくことになった。
担当になる作家はなんと
俺が小さい頃から知っている人物で
俺の最も大事にしている本の作家だった。
それを知っての決定かどうかは知りかねるが
とりあえず初めての担当作家が憧れの人とあって緊張は隠せない。
初日挨拶として今日はまず、顔合わせという名目で待ち合わせをしていた。
場所は向こうの意向で駅近くの喫茶店だ。
俺がここに着いたのが集合時間一時の約30分前。
因みに現在は1時50分…。
遅い……。
いや確かに約束の時間30分前に着いているのもどうかとは思うが…
にしても遅すぎやしないか?
いや待て待て待て!先生は仮にも作家。
大ブレークこそ無かったが自分が心底惚れ込んだあの『深海の時間』の著者ではないか!!お忙しくしておられるのだ。……きっと…。
結局先生が到着した頃には2時をまわっていた
「いやぁ~すまない遅れてしまって。寝坊というやつだ」
ここで帰らなかった俺を誉めて欲しい。誰にだ…誰かにだ。
「なるほど…。君が神谷琢也君か」
井上先生はまるで商品を見定めるように俺を見、右手を差し出した。
「今度は真面目系のやつか…ったく…愛のやつ、社員の教育位自分の会社でしやがれってんだ…。」
煙草をくわえたまま放ったのは意味深な言葉。愛とは確かうちの編集長の名前だ。だがどういう意味か訊く前にほぼ間髪をいれずといった感じで井上先生が口を開いた。
「おっとすまない…。気にするな。こっちの話だ。それより…君は僕の事を以前から知っていると伺ったんだが…。」
誰だ話したのは!内心愚痴ったが井上先生に罪はない。少々恥ずかしいが中学生の時に本を読んだと話した。
「それで…その時からファンでして…」
「へぇ~こいつぁ驚いた。あの本を知ってくださっている方がいたのか。」
そんなに売れなかったのか?
思ったことを察したのだろう井上先生は応えた。「まぁガキが書いたもんなんざ誰も相手にしてくれないよ。」
苦笑する先生に吃驚する俺。
ガキが書いた?
「ん?ぁ、知らない?あの本書いたの俺が確か16歳位の時だよ。」
*
それから先生と別れた俺は一人、動揺していた。
中学3年の読んだ大好きな本を書いたのは自分より僅か1歳程年上なだけだった。
驚きと感動と疑問が頭のなかを循環していた。
一番気になるのはやはり何故あの本は売れなかったのかということだ。
ガキが書いたものなんて相手にしてくれない?
いやむしろガキが書いたなんて世間は余計に騒ぐだろ…。
きっと…あるんだ…
あの本にはまだ何か深い事情が……。
その時俺は初めて人を"知りたい"と思った
いつか見付けたい。
あの本の秘密を……
次話も宜しくお願いしますm(__)m