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春一は、愛車である白いボディのFCで東名高速道路を走っていた。さっきからずっと追い越し車線を百四十キロで走行している。
「ハル、もう少しスピード落とせませんか?」
「一応落としてこの速度なんだけど」
助手席に座る夏輝は、全てを諦めてシートに体を埋めた。後ろの席では丈と琉妃香が遠足気分でお菓子を広げている。
「ハル、あーん」
「あーん」
琉妃香がチョコレートを春一の口に放り込む。春一は基本的に片手運転だから左手で受け取れるのだが、そのカップルもどきのやり取りが楽しいらしい。
「はい、夏兄も」
「あ、どうも」
「あーん」
「……自分で食べます」
「つれないな~」
琉妃香は夏輝にチョコレートを渡した。夏兄というのは彼女なりの夏輝の呼び方である。本当の兄ではない。
「ごほっ!げほっ!」
夏輝がいきなりむせだした。春一がちらりと横目で彼を見ながら、「どうした?」と聞く。しかし夏輝はむせるばかりで物が言えない。
「夏兄ノリが悪いからお仕置き。それね、ハバネロ入りの激辛チョコ」
琉妃香が種明かしをすると同時に、春一と丈が大声で笑いだす。夏輝は目に涙を浮かべながら後ろを睨んでいる。
「ナッちゃんドンマイ」
「まぁ、生きてりゃこういうこともあるさ」
笑いを押し殺せていない二人の言葉に、夏輝は二人を睨んでからペットボトルのお茶を流し込んだ。
車は、いくつもの市を越えた。ずっと東に車を走らせると、目的地である市の看板が見えた。
静岡県伊豆市。全国でも有名な温泉地として知られるこの場所には、いくつもの温泉旅館がある。それだけでなく、伊豆シャボテン公園やわさびの里、萬城の滝などの観光地も多くある。
春一達は高速道路を下り、いくつかの観光地を回った。途中で土産物を買ったり、写真を撮ったりした。
「よっし、そろそろ旅館に行くか」
夕方の四時半を過ぎたところで、春一が腕時計を見ながら言った。他の面々もそれに頷いて、車に乗り込んだ。
泊まる宿は、値段の割に良かった。清潔だし、サービスもいい。寛げる。個室の風呂はないが、地元の野菜や魚を使った料理は絶品だった。
「風呂行こうぜ。露天風呂あるらしいからさ」
「待ってましタ、露天風呂」
「行こう行こう~」
バタバタと部屋から出ていく三人に、夏輝はその後を追った。
風呂は、二種類あった。屋内の大浴場と、外の露天風呂。露天風呂は周りをごつごつとした岩が囲んでおり、いかにも風情がある風呂といった感じだ。三人はその露天風呂につかりながら、ほっと一息ついた。今の時間、男湯には三人しかいない。
「あ~、疲れた~!」
「運転お疲れ様です」
「おう、ハル、サンキューな。風呂出たら牛乳おごってやんゼ」
「マジか!ジョー最高」
ひとしきり温まった後で、春一と丈が視線をちらりと横に向けた。そこには、竹でできた壁。その向こうには女湯がある。
「ジョー、ここはやっぱ、男としてやっとくべきだよな」
「当たり前だゼ、ハル」
「……ハル?丈君?」
嫌な予感を感じ取った夏輝が、二人を窺い見る。その二人の視線は既に女湯とこことを隔てる竹の壁に注がれている。
「どの作戦で行く?」
「あんくらいの壁なら、鏡の前に立ってジャンプすれば何とかなるだロ」
丈が言うのは、蛇口やシャワーが取り付けられているところの鏡の前だ。そこはシャンプーやボディーソープが並べられていて、足をかけられるだけのスペースがある。
「覗きはだめですよ!」
「馬鹿、夏、聞こえるだろ!」
「そーだよナッちゃん、聞こえたら作戦がパァだぞ!」
この二人に舌戦を挑んで勝てるわけもないが、このまま覗きを奨励するわけにもいかない。
「ですが……」
「夏、すまん」
「え?……ぐっ」
鳩尾を殴られた夏輝がそのまま意識を失う。
「よし、行くぜ、ジョー」
「よし来た」
二人は鏡の前に立って、竹の壁に手をかけた。そこから懸垂の要領でそっと頭を出すと、琉妃香の姿が見えた。その体は、見事にバスタオルに包まれていた。
「あっ、琉妃香テメー、隠すんじゃねーよ!」
「温泉でタオル巻くんじゃねーヨ!」
二人は声を上げてから、こちらを振り返った琉妃香の表情を見て事の重大さを知った。顔こそは笑っているが、顔中に怒りマークがついている。
「テメーら……覗いた揚句文句垂れるなんていい度胸じゃねーか……?」
「すみませーん」
「失礼しましター」
そのまますごすごと引き下がろうとする二人の顔面に、桶が直撃した。