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世界は広いようで狭い。アメリカの西海岸と東海岸に住む人を一人ずつ選び、その人たちが何人の人を介して繋がっているか(例えば友人の友人、その友人の親戚という関係をたどっていく)を調べた実験がある。その結果は七人。つまり、赤の他人は七人介せば知り合いになるのだ。そんな実験を思い出しながら、春一は目の前の彼女を見た。
身長は百六十センチもないだろう。小柄で華奢。男性が「守ってあげたい」と思うような若い女性である。髪は肩に届くくらいの長さで、顔は小さく目が大きい。化粧によってそれが強調されている。
「まさかこんなところでお会いするなんて……。偶然ですね」
「そうですね。俺もびっくりしました」
春一はテレビを消して、ソファを彼女に勧めた。夏輝が飲み物を聞くと、彼女は紅茶をリクエストした。
「改めまして、こんばんは。俺は店主の四季春一です。えーと、お名前は?」
「ミミです。美しい海と書きます」
「良いお名前ですね。ではまず、書類に一筆いただけますか?」
春一はソファから立ち上がって、リビングにあるキャビネットからファイルを取り出した。そしてその中から一枚の紙を持ってきた。
「まあ、あくまで便宜を図るもので、形而上のものですから。そんなに考え込まず、さっと目を通してください」
春一に言われた通り、美海は流し読みをしてそこにサインをした。春一はそれを確認して、書かれた事項を確認した。
「どうぞ、ダージリンです」
夏輝が美海の前に紅茶のカップと小さいクッキーが入った皿を置く。
「まぁ、どうぞ。お召し上がりください」
「ありがとうございます。あの、春一さんが乗ってるバイクって、ドラスタですか?暗くてよく見えなかったんですけど」
「ドラスタですよ。クラシックじゃない、普通のやつ。400です。SRもいいバイクですよね」
「はい。あまり大きいと取り回しとか足つきに不安がありますから。見ての通り、力もないし背もあまり高くないので」
「女性はやっぱり足つきの問題がありますよね。でも、SR乗ってるなんてカッコイイっすね」
「ありがとうございます」
美海の表情が和らいだところで、春一は自分のカップを置いて話を切り出した。
「それで、ご用件は?」
美海は不安そうな顔をして、カップをソーサーに置いた。
「私、最近親元から離れて一人暮らしを始めたんです。そしたら、その……信じてもらえないかもしれないんですけど、部屋から笑い声が聞こえるんです。誰の声かはわかりません。小さい女の子のような声で……。姿は見えないし、最初は幽霊かと思ったんです。でも、除霊師の人に頼んでも変化ないし、それで困ってここへ」
「笑い声はいつ聞こえますか?定期的?不定期?」
「お風呂とかトイレにいる時は大丈夫なんですけど、部屋にいる時とキッチンにいる時は聞こえます。不定期です。一日を通して、特にこの時間帯、ということはありません」
春一は顎に手を当ててふむ、と頷いた。こめかみを人差し指で掻いて、記憶の想起を試みる。
「俺の知っている限りでは」
春一は下を向いたまま言った。それから焦点を美海に合わせる。
「人の部屋で笑うという種族はいない。そして、霧化したり一時だけ姿を消せるものはいるが、恒常的に姿を消せるものはいない。考えられる可能性としては、何か理由があって笑っている、あるいは美海さんを怖がらせようとしている。その妖怪は、極めて小さく、容易に視認できない種族。とかかな。とにかく、美海さんの部屋に行ってみないとわからない。今日はもうすぐ九時だ。明日、部屋にお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、はい。構いません。明日なら土曜日だから仕事も休みですし。いつでもどうぞ」
「では、明日の午後一時にお伺いしましょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」




