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ネルロの腕を掴んだまま、春一は不敵な笑みを彼に向けた。ネルロは固まってしまって動けない。
「な、何のことです?僕が……フレイムって?」
「ああ。俺は事実を言ってるまでだ。お前はフレイム。それが事実であり、真実だ」
「参ったなぁ……。僕はただ春一さんにも水を勧めようと思っただけなのに」
「じゃあ、これは何だよ?」
春一はそう言って、落ち葉で埋め尽くされている地面を足で払った。すると、そこには長剣が横たわっていた。
「お前は俺が目を閉じてる隙に、この長剣で俺を刺すつもりだった。もう、言い逃れはできねーぜ?」
春一が口の端を上げてみせると、ネルロ―いや、フレイムはため息を一つ吐いた。
「いつから、ですか?」
「おかしいと思う点は多々あった。夏からの話を聞いた時が最初だ。お前、夏に言ったそうじゃないか。フレイムは以前人間と一緒に仕事をしてたことがあるって。そしてそれが平良だと」
「それが、何か?」
「俺が贔屓にしてる情報屋がいるんだが……そいつにフレイムの情報を頼んだんだ。そしたら、お前と同じことを言ってた。でもな、それっておかしいことなんだよ。奴は一流の情報屋だ。普通の奴が知らない情報を持ってて、それを俺に教えてくれる。それなのに、お前は情報屋と同等の情報を既に持っていた。何でこいつはそんな情報を知っているんだろうと疑問に思ったのがまず一つ。そして二つ目は、俺がフレイムの目撃情報を聞いた時だ。俺にボディガードを頼むくらい怯えてるなら、あんな冷静に受け答えはできない。怖くなった割には、仔細に容姿を覚えてた。そこが気になったんだ。三つ目は、顕著性ヒューリスティック」
「顕著性……ヒューリスティック?」
「例えば、飛行機事故に遭った人は、飛行機について実際の可能性よりも高く危険性を見積もる。その結果、飛行機での移動を避けるようになる。それが顕著性ヒューリスティックだ。お前の場合、それは車だった」
フレイムの眉間に皺が寄る。春一に掴まれている右手がピクリと動く。
「お前は以前、車で事故に遭っている。左手がうまく動かなくなるくらいの事故だ。それはお前の記憶に鮮明に残り、車での移動を避けるという行動に表れた。だから、俺が車で送っていこうとしたとき、お前はそれを拒んだ。そこで、気が付いた。お前がフレイムであれば、全ての説明がつくってな。勿論推論でしかない。さっきまではただの仮説だったんだ」
「左手のケガはうまいこと隠したつもりだったんですがね……」
「ああ、隠せてたとも。だが、他にももっと気を配るべきだったな」
「仰る通り」
そこで春一は、視線をフレイムからずらした。首を捻って後ろを見る。つられてフレイムも春一の後ろを見ると、木の陰から人影が現れた。
「た、平良!」
さすがにこれにはフレイムも驚いた様子だった。それはそうだろう。チームを組んでいたはずの平良が、夏輝に連行されているのだから。
「実は俺、別口で平良を追ってたんだ。そして、その平良が仕事を抜け出してこちらに向かっていると、見張っていた夏からさっき連絡が入った。そこで俺は、お前と平良が俺のことを挟み撃ちにしようとしてるんじゃないかと踏んだ。そこでお前がフレイムだという確信が持てた。だから夏に平良を捕まえてもらって、俺はお前の猿芝居に付き合ったわけだ。Okay?」
ぐうの音も出ないフレイムは、顔を醜く歪めた。そして、力任せに春一に掴まれている腕を振りほどく。そして素早い動きで地面に寝かせてあった長剣を手に取り、柄を掴んだ。
その瞬間、地面に叩きつけられる。一瞬息が詰まった。春一が鞘を捻り、フレイムの首元に剣を押し付けたまま彼を倒したのだ。
「テメェは枢要院に突き付ける。せいぜい罪を償え」
春一のその言葉に、フレイムは静かに目を閉じて負けを認めた。
「夏、コイツ縛って」
夏輝はこちらに歩み寄って、平良を春一に引き渡した。そして、細いロープのようなものでフレイムの腕を縛った。これは呪符を捩じって作った紐で、妖怪用のものだ。どんなに膂力が強い妖怪でも、この呪符の前では抗えない。これと同じ素材で作られた呪符を、春一は手に巻きつけて使う。そうすると防御力が高い妖怪相手でも肉弾戦が通用するからだ。
「さて、平良」
フレイムを縛った夏輝と春一に見下ろされて、平良は歯を食いしばった。平良は人間なので、呪符ではなく頑強なロープで後ろ手を縛られている。
「お前も警察にパクられろ。もうすぐここに知り合いの刑事が来る。お前は監獄行きだ。せいぜいロックでもしてろ」
「ハル、そのネタは私達の父親世代ですよ」
「小せぇこと気にすんな。姑か、お前は」
そこに、藤がやってきた。丈と琉妃香も一緒である。
「おやっさん、ナイスタイミング」
「春一!話が読めんぞ!俺にも説明しろ!」
「えーと、とりあえず今おやっさんに説明してる暇はないから、後でね。丈、琉妃香、おやっさんをよろしく」
「リョーカイ」
「任せて、ハル」
「おい!どういう意味だ春一!……って、こんなことやってる場合じゃねぇか。平良、来い!テメェは今日からまずいメシ食うんだよ!」
「うっわ、おやっさんその台詞古いよ」
「さすが生きる化石だネ」
「うるせぇ!」
琉妃香と丈を一喝して、藤は平良を連れて道を戻って行った。それと入れ違いで、枢要院の妖怪達がやってきた。彼らはフレイムの身柄を拘束し、連れて行った。
「四季さん」
帰ろうとする春一達に、枢要院の妖怪が声をかけた。春一は垂れ下がった目を彼に向けて、無言で続きを促した。
「長老からの伝言があります」
長老というのは、枢要院を仕切っている三人の妖怪のことだ。
「何?」
「『リアルが再びお前を狙っている。気を付けろ』とのことです」
「リアル……」
リアルとは、世界を統べることを目的とする妖怪である。コバルトという犯罪集団の首領でもある。春一のことを敵対視しており、彼を消そうと目論んでいたが、逆に返り討ちに遭って今は枢要院に捕まっている状況である。
「伝言は、以上です」
「ありがたくて感涙ものの伝言だったと言っといて」
「了解しました」
枢要院の連中も去ったところで、春一は夏輝と目を合わせた。
「リアルが、また」
「ああ。牢屋の中からどうやるかは知らねぇがな。……望むところだ、かかってこい」
春一はにやりと笑って、宣戦布告を受け止めた。




