10話 癒やしの歌
――――見渡す限り何も見えない。上下すらわからない暗闇の中、ふとどこかから声が聞こえる。
『ヤッパリお前も戦鬼だったんダナ~。あんなに殺しちまってヨ。どんなにスカしてても結局お前には鬼の血が流れてるんダヨ!』
「違う、殺したくて殺した訳じゃない。仕方なかったんだ」
『違わネェーヨ、お前は愉しかったんダロゥ、鍛え上げた力量を実践するのが、憎い相手をバラバラにするのが、楽しくて愉しくて、笑いが止まらなかったダロウ』
「違う、違う!!」
『認めろヨ、楽になるぜ~。い~じゃね~カヨ。短い人生、自分を押さえ込んで生きても楽しくネ~ヨ。何をそんな我慢してんだヨ。お前の本質は己が狂気のままに闘いを求め、殺し、犯し、喰らう、血に飢えた獣なんダヨ』
「違う、俺は人間だ。お前は何なんだ。俺の何を知ってると言うんだ・・・」
『なんだ、まだ気づいてないのか?悲しいネ~』
ふと目の前に人があらわれた。
『俺はお前だよ』
そこには返り血に染まった自分がいた・・・・・・
「うわぁぁぁ!ハァ、ハァ、ハァ、夢か・・・くそっ!なんて夢だよ」
まだ月は真上、真夜中のようだ。全身にかいた汗が気持ち悪い。焚き火に木の枝を投げ込み立ち上がる。
「はぁ、水浴びでもしてくるか・・・」
月明かりは煌々として足元をしっかりと照らしてくれる。
河川敷にたどり着くと、そこには女神が水浴びをしていた。
「・・・誰かいるんですか!?」
「ご、ごめん」
急いで後ろを向く。そこには一糸まとわぬ姿で水浴びをするアプリがいた。
「ちょっと待って下さい。今服着るので、お話しませんか?」
後ろでゴソゴソと服を着る音がしたと思ったら隣までアプリが歩いてきた。
「どうしたんですか?こんな夜中に・・・」
「気持ち悪い夢見ちゃってね。水浴びしてサッパリしようと思ってね」
「そうなんですか、どんな夢だったんですか?」
「・・・よく覚えてないよ。まぁ・・・ただの夢だ」
「・・・私は、盗賊達に襲われる夢を見たんです。それで怖くなって、気持ち悪くって、あいつらに触られた感触が残ってるみたいで、嫌で嫌で・・・体中を洗いたくて仕方なくなったんです。でもあの時ジャンが助けに来てくれて、今日も怖くて仕方なかった時にジャンが来てくれた。それで私はとても安心できたんです。だから・・・私もあなたの力になりたいんです。話してくれませんか?」
こちらを真剣に見つめてくる瞳が軽く潤み、艶やかな黒髪は水をはじき、月明かりを反射して幻想的な光を放っている。
思わず見とれそうになり、とっさに頭を振る。
「・・・俺は今日、俺の中の狂気に負けそうになった。あんなに修行を重ね、完全にコントロールできたと思っていたのに、俺の中にはまだ鬼がしっかりと住み着いていた、俺は俺が怖い。次は自制が聞かず、周りにいる人を皆殺しにするかもしれない、そして仲間を家族をこの手にかけるかもしれない」
思わず頭に手を当てながら呻く・・・蘇ってくるのは返り血に染まり、鬼となった自分自身。
「詳しく、話してくれませんか?」
「俺は戦鬼なんだ・・・」
それから俺はこれまでの事を話した。戦鬼の隠れ里で育ったこと、里が傭兵くずれの夜盗に襲われ1人助かったこと、拾ってくれた両親、フェブと出会い修行に明け暮れた幼年期、マーチが生まれたこと、そして今回の旅と盗賊達のアジトであったこと、夢の内容を話した。
アプリはじっと目をそらさず、時々相づちを打ちながら最後まで聞いてくれた。
「俺は力が欲しかった。二度と奪われないために、大切なものを守れる力を・・・でもこのままじゃ自分で大切なものを壊してしまいそうで怖いんだ・・・」
自分の手をじっと見つめる。すでに血に汚れた手、大切なものを簡単に引きちぎれる手。
「でも、私を絶望から救ってくれました」
隣にいたアプリが頭をギュッと抱きしめて、言い聞かせるように呟く。
「あなたがいたから私たちは今、こうして安心して夜を迎えられたんです。確かにあなたの中には鬼の血が流れているのかもしれません。でもあなたはあなたです。私たちを助けようと行動してくれたのはジャン、あなたなんです。・・・それに私こう見えても、そこそこ強いんですよ。暴走しそうになったら私が必ず戻してあげます」
そう言うとアプリは歌い始めた。
「ラ~~ララ~~~ラララ~~・・・」
それは何処までも透き通った歌声で穏やかな気持ちになる。
「綺麗な歌だ・・・なんだか心が軽くなってくる」
「どうですか・・・少しは楽になりましたか?」
「ああ、どうなってるんだ?」
「魔歌です。私は他の魔女みたいに攻撃魔術などは苦手で・・・そのかわり魔力を歌にのせることで精神や肉体に作用する魔歌を得意としています。これを使ってジャンが暴走しそうになっても引き戻してみせます。だから・・・私もあなた達のパーティに加えていただけませんか?」
「・・・俺が忌むべき戦鬼だとわかってもそう言ってくれるのか?」
「私は私を助けてくれたジャンだから・・・戦鬼とか忌むべきとか関係ありません。ジャンの力になりたいんです」
「・・・わかった。これからよろしく。アプリ」
握手を交わしたらなんだか照れくさい気持ちになりつつ、他の人の所へもどった。
こうして新しい仲間、魔女(魔歌使い)のアプリがパーティに加わった。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
こんな作品でもそれなりに読者がいるというのは嬉しいものですね。