少女、狙われる
プルルル、プツン
『はい、ウェンスおつかれさま。キルシアちゃんがなにかしたかい?』
「銃器を保持していたヤツを捕まえた」
受話器を肩で挟み、のびているドワーフの男を麻袋につめこみながら少年は話し出す。
「正直かなり働いてくれてる。過保護に育てられて、走ったこともなさそうなお嬢様がたとは大違いだ」
そういって、お偉方の一人を思い浮かべた。
『結構気に入ってくれてるみたいだね』
少年はそんなわけあるか、と反論したかったが、下手にいってもからかわれるだけなので止めておく。代わりに、ハアと大袈裟にため息をついてみて、伝えるべきことを切り出した。「それより、その銃器の持ち主だが、街のやつじゃねぇよ」
いくらドワーフとはいえ、材料を集める、また、それを加工する道具を用意するのは至難の業だ。そこまでして銃が欲しいのは、一部の酔狂な輩だけだ。
「推測でしかないが、【魔女】が一枚噛んでるかもな」
無言の父に、確信へ変わりはじめる。
『……わかった。レテに伝えておこう。何をしようと勝手だけど、キルシアにバレないように』
聞き飽きた台詞の後、一方的に通話が切れた。
面倒なことになったものだ。男を詰め込んだ袋を持ち上げると、少年は呪文を唱えて消えた。
ーーーー
「キルシア様、オーレをお持ちしました」 ワゴンを引き、レティはテーブルにカップを置くと、そこに優雅な手つきでオーレを注いだ。
「くるしゅうない」
(使い方間違ってるよ)
いつものように口を出してきたαをガン無視。レティにお礼を言い、カップに入った乳白色を飲み干した。「やっぱおいしいねぇ」
今日はミックスのようだ。
(何度も言うけど、よくそんなものが飲めるね)
この美味しさがわからないなんて、絶対αは人生損してる。哀れむ気はないけれど。
久しぶりの休日に、くつろぐわたし。こうしてられるのも、バレンシスさんがつけてくれた、レティのおかげだ。大きいお屋敷を、ほぼ一人で切り盛りしているのだから。いくら給料を上げると言っても聞かないし。そう考えていると、からっぽになったカップに、再びオーレが注がれる。
「ありがとう、シオン」
明らかに小さいその子の頭を撫でれば、びくっと肩がふるえた。始めにちょっと虐めすぎたかな、やっぱり。
(ちょっとどころか、トラウマものだろうね)
だまらんか。シオンは、この前にわたしから財布をすったあの子供だ。こいつのせいで財布も、中のお札もグシャグシャになってしまった。
こうなったら弁償してもらうしかないので、こうやって肉体労働をしてもらっている。
(この子のおかげで残業代出たんだから、許してあげればいいのに)
ケチ、と呟くα。甘い、甘いぞ。若いうちに世間の厳しさを教えなければ、ダメな大人になってしまう。というのは口実だが。
「お、お嬢様……」
「なあに、シオン」
シオンの震える声に、なるべく優しい声色で答える。
「お嬢様、雇って頂いているのに申し訳ないのですが」
シオンは、スカートのすそをちょんとつまんで見せた。
「ぼくはどうしてメイド服なんでしょう」
「なんでって。可愛いからでしょ」
当然だ。横で控えていたレティも、うんうんと頷いている。発案者は彼女だしね。
シオンは顔を真っ赤にすると、大きな声で抗議した。
「オレは男だし、こんなスカートなんか着てられるか!」 睨んでくるものの、わたしには愛らしくしか見えない。それはレティの方も同じらしい。
(二人とも悪だね。ぼくもかわいいと思うけどさ)
αは少し不満げだが、彼の主張が通るはずもないので、実質2対1。わたしたちの勝ちだ。
「世の中でかわいさに勝るものは、愛と勇気とお金くらいよ」
「そうです。さらに言わせていただくと、あなたにサイズが合うのは、メイド服以外の洋服は、この屋敷にはありません」
わたしとレティの主張に、シオンは少し、たじろいだが、むきになって反論し始めた。
「わけかんねぇよ。大体お金ってなんだよ、友情はどうしたんだよ」
「友情はお金で買えるわ」 ふんと胸を張って言えば、αがめもめも、とか呟いた。
「ふ、服だって今までのでよかったし……」
少し小さくなった声を遮るようにして、レティは言った。
「服? あのボロ布が? ここがどこだと思っているんです」
びくりとシオンの肩が揺れた。ギュッと唇を噛んで俯いている。
「えーと、レティ、それは言い過ぎなんじゃない?」 そろっと注意したわたしに構わず、レティは話し続ける。
「バレンシス様より預かった、キルシア様のお屋敷です。あなたは盗みを働いたにも関わらず、キルシア様の御慈悲で働かせてもらっている身。罪人にはすぎた待遇だというのに、抗議するとはなんたること。恥を知りなさい」 つらつらと言葉を並べるレティに、あいた口が塞がらない。
(キルシアしっかり。シオン君をフォローして!)
αの言う通りだ。まだまだ説教を続けているところに、口を挟む。
「レティ、もういいわ。それくらいにしてあげて」
ね、と半ば強制的に言ってみたのだが、レティは首を振る。
「いいえ、それは聞きかねます。彼はあなたの使用人です。立場を弁えてもらわないと困ります」
「わたしだって、レティの言ってることは正しいと思う。でも、今回はわたしに否があるわ」
ちらりと視線をずらすと、涙目でぷるぷる震えるシオンの姿があった。やっぱりいじめすぎちゃったな。メイドは諦めよう。(当然だろうね)
なぜだかαは満足そうに笑った。
「シオンはれっきとした男の子だし、いくら使用人といえど、これ以上はわたしのルールに反する」
ルールなんてものはこれっぽっちないが、これくらい言わないとレティは止まらない。そして最後に一つ、決定打を入れた。
「それにわたし、ショタ執事っていうのもいいかなって」
「キルシア様がそうおっしゃるなら」
即座に答えるレティ。想像したのか、さりげなくじゅるりと唾液を啜ったレティは、もうシオンを攻撃する様子はない。今回ばかりは利用させてもらったが、ショタコンは大概にしてもらいたい。
ほっとしてシオンに向き直ると、しゃがみこんで頭を撫でてやる。
「嫌なことしちゃってごめんね。ある程度のことは直してもらうけど、こういう三人だけのときは、オレって言っていいから」
ズルッと鼻をすすり、ようやく顔を上げたシオンは、予想通りほほを濡らしていたが、わたしの目を見て、口の端を吊り上げた。
「あり、がと。キルシア様」
「ありがとうございます、ね」
訂正すれば、シオンはちゃんと言い直した。なんだ、できるじゃん。
(一件落着だね。よかった。ぼくっこなんてキャラかぶりだからね)
(あんたみたいなのが二人いてたまるか。それより、そんなこと考えてたなんて)
珍しく他人を気遣ってると思えば。やっぱりか。いい雰囲気がぶち壊しだよ。(やだな、ちゃんと気遣ってたって。シオン君、昔のキルシアに……危ない!)
バン
ぐっと意識を引きずり込まれたと思えば、『わたし』はシオンを押し倒していた。それより!
(今の、銃声?)
最近聞いたことのある音。間違いであることを願って聞いたが、残念なことに、αは首を縦にふった。
(うん。正解。敵襲ってところだね)
最悪。休日を邪魔されたわたしの頭には、それしか浮かばなかった。




