少女、世の厳しさを知る終
「はあ」
なんだかとても疲れてしまった。詳しい描写はするだけ無駄なので割愛させてもらいます。
(キルシア、なんで店から出たの? ケーキまだ残ってたのに)
話が違うと腹を立てるαに反論する気も起きない。(週刊まじかるの最終ページは、魔女っこ向けのゲテモノしか載ってないのよ)
いまどき魔女だって、見るからにゲテモノですって主張しているものを食べたりしない。それ以前にわたしは人間だ。
(人間じゃないでしょー)
わたしは人間だ。まあ、つまりそういうことだから、深く考えない方がいいと思う。
(つまりとか訳わかんないよ。ぼくのケーキ!)
(黙らっしゃい。元はあんたのせいなんだから、一週間甘味禁止)
なんでだよお! という叫びは無視して、王通りを歩く。こういう華やかな、人でごった返したところは窮屈だ。
仕事は主に寂れた地区でのことが多く、発展が遅れていて治安も悪いが、そちらの方が性に合う。
元より人との無意味な接触は大っ嫌いだし。 キイキイ喚くαを一喝して、自宅に進路を変えたその時だった。
(帰りにまじかる買ってこー)
ドンッ
「ごめんなさい!」
わたしの腰くらいの子が、強くぶつかって走り去っていった。
「元気だなぁ」
柄になくしみじみ呟くと、αが不思議そうに言った。(キルシア、あの子追い掛けなくていいの?)
追い掛ける訳無いでしょうが。変質者じゃないんだし、怒ってもいないよ。
(そうじゃなくて、お財布すられたよ、さっきぶつかったときにさ)
言われてみて、ハッとした。慌ててワンピースのポケットを確かめれば、元からなかったかのようにわたしのお財布がなくなっていた。
「ない、お財布が……」
わたしの全財産が。明日のごはんが。いろいろなことが頭に巡ったが、今は固まってる場合じゃない。
「待ちやがれこのクソガキィ!」
子供が行った方向へ全力ダッシュ。
(大人気ないな。身分証明書は入ってないんだし、財布の一つや二つあげたっていいじゃん)
(バカ。あれはわたしたちの全財産なのよ。明日オーレ一杯のめないどころか、ごはん抜き、ケーキだって食べれないのよ)
金があっても食べないけど。ケーキという言葉に反応したのか、αは急に怒りをあらわにした。
(それは許すまじ、だね。そういうことなら全力で追跡するよ)
(任せた相棒!)
探知の呪文で場所を把握したαの指示に従って、自分の出せる速度限界で走り抜ける。
(キルシア、もっとスピード上げて)
(出来たらやってる)
さすがに、スピードを落とさず入り組んだ細い道を曲がったり、階段を上ったりはキツイ。
(どんどん離れて行っちゃうじゃん。……あれ)
(どうかしたの?)
ズザザザッと靴を地面に滑らせ方向転換。(いや、なんかターゲットが止まったから)
それはチャンスだ。力を振り絞ってラストスパートをきった。すべては明日の生活のために。そうして最後の角を曲がり、ビシッと指を突き付けてやった。
「わたしのお財布を渡しなさい!」
しかし、わたしの指の先にいたのは、その子供だけではなかった。
「アア?」
鋭い目つきでガンをつけてくる、ずんぐりむっくりなおじさん。ガキはなんだか知らないけれど、目を輝かせてこちらを見つめてきた。
「お姉さん、来てくれたんだね!」
お姉さん? 後ろを振り返ってみたが、誰もいない。首をかしげたら、αが面倒そうに言った。
(キルシアのことだよ)
「わたしぃ!?」 驚いて自分を指指してみれば、子供はこくこくと首を縦にふった。
「お姉さん、助けて!」
子供はおじさんたちに腕を掴まれているらしい。どうでもいいから、さっさと財布を返せ、と言おうとすると、いきなりなにかが飛んできた。
「おっと」
反射で軽く頭を動かすと、おじさんはチッと舌打ちをした。その手には銃という代物が収まっていて、煙をふいている。
(じ、じゅーだよ。この国じゃ使用禁止じゃなかったっけ)
銃器および銀製の危険物は持ち込み禁止のはずだった。
(おじさんはドワーフみたいだし、材料を調達して自分で作ったんじゃない?)
バカだねーとαは笑う。(よりによって、ここでつかっちゃうとは)
「お前、このガキの命が惜しけりゃ、おとなしくするんだ」
わたしに向けていた銃口を、今度は子供に突き付ける。
まったく話を聞かないおじさんだ。わたしはアイツに財布をすられ、命が惜しくもなんともないんだが。しかし、法律違反をおかしたおじさんを一発殴るのもわたしの仕事だろう。
(ほんと素直じゃないよねぇ)
αの言葉を無視し、手をひらひらふりながら、わたしが一歩近づくと、おじさんはさらに強く銃口を子供の頭に減り込ませた。
「止まれ! コイツがどうなってもいいの……」
か、と口にした瞬間に、αと替わり、グッと強く踏み切った。
「ヒッ」 引き金を引く前に、もう一度わたしに替わって頭に一発食らわせてやる。
うめき声をあげて、おじさんは倒れ込んだ。そこにすかさず腹を蹴りあげてやれば、痙攣した後に動かなくなった。
「お仕事終わりっ」
(おつかれさま〜)
パンと両手を合わせて、ふう、と息をつく。わたしも殴るのが様になってきたかな。
(後で残業代請求しないとね)
がめついなぁとαが笑った。
さて、お金ということで、当初の目的を果たそうか。そぅっと逃げ出そうとしていた子供の肩をガッと掴んで、こちらを向かせる。「さあて、わたしのお財布、返してもらおうかな、このクソガキ」 なるべく優しい声で言ったつもりだったが、子供は顔を青くしてガタガタふるえていた。これではわたしが虐めてるみたいじゃないか。
(クソガキが余計なんだよ) とαが言っていた。しかしそういう問題ではないだろう。多分。まあめでたく、その子は半泣きでしっかり(握りしめてグシャグシャになった)お財布を返してくれたのでした。ちゃんちゃん。
ーー一発殴ってやろうかこのガキ。