少女、世の厳しさを知る
書いててすごく楽しかったです。
襲い掛かってくるゴロツキに、制裁という名の蹴りを食らわせ、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
こんな積極的に戦闘するのはまだ慣れず、かなり緊張している。
(キルシアお見事! 低級人狼に押さえつけられて、助けを求めてた女の子とは思えない、いい蹴りっぷりだったよ)
(それはあんたが寝てたからでしょ。呼んでも起きないし)
(ふへへへ)
気持ち悪いくらい機嫌の良いαは、そういいながらほかに気が向いていた。
期待に応えてさっき蹴り倒したヤツに手をかざし、精神を集中すれば、すぅっと力が流れ込んでくるのがわかる。けれど、すぐにそれは、違うところへ流されていってしまう。
(ウヒャー、キテるね。微弱だけど、塵も積もればなんとやらだね)
力を食ったαの充実感が、わたしにもほのかに伝わってくる。こういう感覚は共有してないんだけど。そんなにお腹すいてたのかと、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
(満足した?)
(ぜーんぜん。ま、今日はこれくらいでいいかな)
口ではそういうものの、久しぶりの食事が空腹を満たしているのは確かなようだ。
ポケットから小さく畳んだメモを開いて、今日のノルマを確認する。
「今日はもう終わりだね」
そう言えば、αは不服そうに呟いた。
(まだ昼なのに)
(帰りに喫茶店寄るから)
αは甘党だ。食い足りないという文句を、甘味を食べに行くということでなだめていると、ジャケットのポケットがブルブルと震えた。
「はい、キルシアです」 ウェンスに渡された連絡機器をとる。
『お疲れ様、キルシー。ノルマはクリアだな』
労いの言葉をかけてくれたのはウェンスだ。
「ナイスタイミングね、どっかで見てるの、ストーカー?」
機械からくつくつという笑い声が届く。
「まあ、見てるっちゃ見てるかな」
「マジか」
冗談で言ったのに、まさか現実とは。軽くカルチャーショックだ。
「ものすごい顔をしてるな、女子のくせに」
そこまでわかるとはお主、やり手のストーカーじゃな?
(ストーカーじゃないよ。ただの監視員。ぼくらがちゃんと仕事してるか見張ってんの)
呆れ果てた声で訂正され、カァッと顔が熱くなった。
「ふ、ふざけただけだし!」 慌てたせいで声を出してしまった口を、慌ててふさぐが、時すでに遅し。
『どういう意味だ?』
「なんでもない! あんたがストーカーじゃないことなんか分かってるんだから」
一息で言い切ると、納得したようにそうか、と笑いながらウェンスは言った。『元気ならよかった。今日はもういいから、ゆっくりしてろ』
ブツン、ツー、ツー。
一方的に切られてしまっては、弁解することは不可能だ。かけ直すのも恥ずかしいし、それ以前にこの機械は受信専用なのだ。
(どうしよう、α。わたしもうアイツと顔を合わせられない)
結構真剣に聞いたのに、αはまったく興味なさ気にわたしをあしらった。
(自業自得でしょ。それよりおやつ〜)
ケーキがいいなぁ、なんて言うαは、もうそれしか眼中にないようだ。
(わかった。ケーキね)
懐は比較的暖かいし、今日は食いまくろう!
「レアチーズとチョコレートとシフォンケーキを一つずつ」
(いちごタルトは?)
「あ、いちごタルトもおねがいします。飲み物はオーレで」
わたしの注文に、隣の席のフォーマルだけどあやしげなおじさんは目を丸くしている。向かいの壁際の席の人は、なにか哀れむような目でこちらを見ていた。別に失恋じゃないのでみないでください。
(ヤケ食いって点は同じなんじゃない?)
懲りずにちょっかいをだしてくるαを、フンと鼻で笑ってこちらもからかってやる。(あら、それじゃあもう、甘いものは食べてあげないよ?)
それはそれで厳しい自分との戦いが待っているが、ダイエットになるので、わたしにとってはそれほど苦痛じゃない。
けれど、大抵の欲求や五感を共有しているαとしては、たまったもんじゃないらしい。
前にケンカして、嫌がらせついでに断食してみたところ、弱々しい声で謝罪してきた。
(ご、ごめんよ。ちょっと言ってみただけじゃないか)
必死に平静に見せているけれど、明らかに声が震えている。
(冗談よ。わたしだって堪えられないし)
今日のところは許しておいてあげましょう。相棒を虐める趣味はないし。まあ、わたしったらなんて優しいの!
(……うん、やっぱりキルシアは優しいよ。君が宿主でほんとよかった!)
ツッコミを入れなかったことは褒めてあげよう。
「オーレとレアチーズケーキをお持ちしました」
そんなこんなで、ようやく運ばれてきた甘味に、αは感嘆の声をあげる。
(おおっ! 流石は全国クラスの雑誌に載ってたことはあるね!)
雑誌って……わたしの週刊まじかる読んでたのか。 わたしにはただのケーキにしか見えないけれど、コイツ侮れん。ともかくうるさいくらい喚くので、銀のフォークで細い方の先っぽを刺し、口の中に放り込んだ。
「んんっ!?」 今、口の中に衝撃が走った。
(うにゃあーん)
αが奇声をあげる。相変わらずキモイ。けどそのリアクションも頷ける。
(んまい。このレアチーズマジでんまい!)
フォークを刺したときにはちょっと固いかとおもったけれど、別にそんなことはなかったぜ。しっかりした生地に、回りに塗られていたチーズの部分が混ざりあって、お口の中がすごいことになっている。
いまだほにゃあとか言っているαに声をかけた。
(おいしいね、このケーキ) とりあえず落ち着こうとオーレのストローをくわえると、αははっと我に返ったようにわたしの脳をゆさぶった。
「ぐへ」(どうしてそこでオーレを飲むのさ。ぼくそれ嫌いなんだよ。人工的な甘さが)
そこがいいんでしょうが、と反論したかったが、それよりも今浮かんだ疑問をぶつける。
(ここって、雑誌に載るくらい有名なのよね。)
(そうだよ)
(じゃあなんで、こんなに店が空いてるの?)
わたしとしては、人気の店というのは、何時間も路上で待って、やっと入れるというイメージがある。少なくとも、わたし含めて三組なんていうことはないんじゃないか?
もう一口味わって食べてみる。一度疑念がわくと、すべてが疑わしく感じる。美味しいのは確か。けれど、チーズにしては、独特のものがなく、どちらかといえば、こう……どこかで食べたような。主に森とかで。
そこまで考えて、わたしは気づいてしまった。まさか。
(あのさ)
(なあに?)
呑気な態度が羨ましい。αはわたしの体勢に首を傾げた。
(なんで口に手ぇ添えてるの?)
(そんなこと、どうでもいいから、あんたが見た記事、雑誌のどこらへんだった?)
一筋の希望をのせて、尋ねる。
(えっと、一番最g)
言い切る前に、わたしは吐きそうになりながらお手洗いへ全力疾走した。




