少女、帰還2
ぐだくだです。軽く流してやってください。
『俺、ウェンス。お前はなんていうんだ』
なんとなく昔を思い出していたら、忘れもしないあの子のことが気になった。 ウェンス。多分同年代で、唯一の友達だった気がする。
お母さん譲りの金髪を、ひよこ頭とバカにされたり、いつでも上から目線で、わたしを連れて誰かに悪戯を仕掛けたり……最悪な友人だな。
わたしもフェンスって呼んだりしたから、人のことは言えないけれど。
あの子、どうなったんだろうな、いつの間にかいなくなってた感じだし。
そういえば青っぽい黒髪を天パっていったときが一番怒ってたな、なんて思い出して吹きそうになった。ヤバイ、もし再開したら笑いをこらえられなくなりそうだ。
六歳までしかいなかったけれど、案外覚えていることが発覚した。思い出さないほうがその子のためだったとかはいわないでほしい。軽くにやけていたら、風船が割れたようなショックで、急に視界がクリアになった。
(着いたよ〜って、なににやけてんの)
み、見られた……よりによってαに見られてしまうとは。
「な、なんでもないからっ。ここがどこか説明しなさい」
(声出てるし、動揺してる、おもしろーい)
うぜぇ。わたしとしたことがなんという失敗だろうか。αはあの友人よりさらに二十周りくらいいやらしというのに。
また変なことを言い出さないうちに、さっさと話題を変えなければ。
(そんなことはどうでもいいから。で、前に建ってるのがバレンシスさんのお屋敷なの?)
正直その家はかなりでかかった。正にお屋敷。周りも貴族街だからか大きいけれど、これは群を抜いて素晴らしい。ああ、もっとわたしに表現力があれば。
とにかく、わたしの前には門をそのままちっちゃくしたような玄関があった。
(そうだよ。キルシアも昔来たことあるでしょ)
一仕事終えて、のんびり答えるαは、とんでもないことを言い出した。
(わたしこんな豪華なお屋敷に入ったことなんてない、と思うよ)
(おかしいなぁ、だってウェンスくんと遊んだじゃん、覚えてなあい?)
顔は見えないけれど、なんとなく馬鹿にされて笑われている気がする。被害妄想? それが現実だから妄想とはいわない。
(わたし、ウェンスのこと話したっけ)
根本的な質問をしてみれば、あっさり否定された。
(話してくれるくらい素直じゃないことくらい自覚してるんじゃないの)
じゃあ何故知っている。聞いても無駄か、と自己完結したところで、ようやく落ち着いてベルをならした。チリリリン、リリン。
かわいらしい音が響きわたった。しばしの沈黙。
(ねえ)
(なんだい)
(こんな広い屋敷なのに、こんなベル一つの音で聞こえてるのかな)
(黒楽園を甘く見ちゃいけないよ)
全く答えになっていない。しばらくソワソワして待っていると、ギィと扉が開きはじめ、中から穏やかそうな表情をした若い男の人がでてきた。
服装からして多分使用人。彼は深々と一礼した。
「お待たせして申し訳ありません。キルシア様とそのお連れ様でいらっしゃいますね」
「あ、はい」
つらつらとこうも言われると、慣れなくて返事するのもどもってしまった。
「わたくし、使用人のシュンランと申します。どうぞ、我が主がお待ちです」
先導するするシュンランさんに着いて屋敷の中に入れば、ひとりでに扉が閉まった。
中は外見と違えぬ豪華な造りで、置かれている壷とかも、「わたし高いですよ!」と主張しているように感じる。
(ねえキルシア、この使用人、人狼だね)
(わんこじゃないの? さっき見たのとは全然違うけど)
シュンランさんはけっして毛むくじゃらではなく、ちゃんとした人型をしている。ふさふさの白いしっぽがあれど、そこさえ無視したら普通にイケてるメンズに分類される容姿だ。
(人狼がどれも同じとかありえないし。格の違いってやつだよ)
流石に貴族の使用人ということか、そこらのゴロツキとはわけが違うってことですね。勉強になりました。 歩を進める度にゆらゆら揺れるしっぽを、もふもふしたいという不純な感情を持って見つめていたが、彼はついに足を止めた。しっぽも止まる。
「こちらです」 案内された先は、書斎のようなところだった。
ーーなんというか、今まで通ってきたとこと比べると地味。これがスタンダードなんだけど、ちょっとひょうしぬけしてしまった。
「アシュオン様。キルシア様をお連れいたしました」 ピンと背筋を伸ばして、シュンランさんは紙束やら本やらが山積みになった机の向こうに呼び掛けた。
「んんっ」
「あ!」
くぐもった声が聞こえたとたん、詰まれていたものがドザザザッと雪崩落ち、おもわず声を出してしまった。
それを見て、シュンランさんは慌てて駆け寄る。
「アシュオン様、ご無事ですかっ」
(やれやれ、お互いバカな主人を持つと苦労するねぇ)
(それって喧嘩売ってる?)
放っておくわけにもいかず、シュンランに協力して、救出は成功した。が、なんとなく雰囲気が重い。
「ごほん。まあ、約束通り立ち寄ってくれて有難う。礼を言わせてもらう」
意外にも、話しを切り出したのはアシュオンだった。ついさっきドジを踏んでしまったからか、やけに大きく咳ばらいをしたが、気にしないであげよう。
「本来ならば当主である父が迎えるべきなんだが、生憎急用で留守にしている。代わりに俺が会うことになった。まあ……」
照れ臭そうに前髪をかきあげるとアシュオンは続けた。
「アシュオンとかかたいこと言わずに、ウェンスでいいから。よろしくな、キルシー」
手を差し出してくる彼に、わたしは固まった。え、あれ、アシュオン=ウェンス?
(今更気づいたかんじ? 友達の本名しらなかったの)
ウェンスが本名じゃなかったんだ! 知らなかったよ。
新発見を心の中で叫びながらも、表面は冷静を装ってその手をとる。
「よ、よよよろしくっ」
(装えてないじゃん)
αから痛いツッコミを喰らったものの、ウェンス本人は、『面白い奴』くらいでスルーしてくれたみたいで助かった。
「いつまでも立ってるわけにはいかないし、窮屈だろうがそこのソファを使ってくれ」 すすめられた通りに座ると、柔らかいそれがわたしの身体を包みこんだ。癒される。まったく窮屈じゃない。
ウェンスも向かい側に座ると、わたしを見て軽く吹き出した。
「ぷは、お前どんだけ庶民なわけ」
失礼な。どうせわたしは庶民ですよ。ふんと突っ張って見せたら、悪い悪いといい加減に謝られた。
「ほんと悪かったってば。そろそろ本題に入っていいか?」
ひとしきり笑って、場が和んだのを見計らって、ウェンスは切り出した。
「ええ、もちろん」