少女、帰還
初投稿になります。ゆるゆる更新していこうと思うので、よろしくお願いします。
そびえ立つ黒い門。一番上が見えないほど大きいだけでなく、細やかで美しい彫刻がされている。
「キルシア様でよろしいですね。どうぞ、御入国ください」
渡された紅い石をにぎりしめれば、門はゴゴゴゴと地面の石畳を削るようにして開いていく。わたしのために。
すうっと深呼吸した。十二年ぶりの故郷。
ただいま、と小さく呟いてみた。わたしは、帰ってきたのだ。
魔の住まう街、黒楽園へ。 再び閉じてしまった門を振り向くことなく、足取り軽く歩きだす。 古めいたレンガ造りの建物も、行き交う様々な外見の住人たちも。なにもかもわたしの幼いころの記憶のままだった。
(起きなよ、せっかく帰ってきたんだから)
中で眠る『彼』に話し掛けてみたが、返事はない。まあ、起きないならそれでなんの問題もないし、むしろ永眠してもらいたいから構わないけれど。
大体街の様子を見学したところで、ポーチから地図をひろげた。 身元引受人になってくれた、父の友人の家に寄って行かなければならないのだ。
今いる場所は、『中央区王通り』。そこを始点にして目的の家をさがした。メモ通りの住所を見つけるべく、地図の上を指でなぞっていく。
「うはあ、遠いなもう」 思わず小さく一人言をいってしまうほどに、そこは遠かった。
北区を通って貴族街までいかなければならない。これはもしかして一時間近くかかるのではないか。
(前言撤回。やっぱり目ぇ覚ましてよα[アルファ]!)
それでもやっぱり、ヤツが起きる気配はなかった。
結局歩いていくしかないのね。役に立たないヤツと心のなかで悪態をついてやりながら、歩を進めた、その時だった。
「うひゃっ」
誰かに羽織っていたフード付きケープを引っ張られ、細い道のほうに引きずられた。
「ちょっと、なんなんですか!」
本気でムカついて、振り向き様に怒鳴ったあと、後悔した。
「お嬢ちゃん、一人かい」「言葉遣いには気をつけねぇとなぁ」
わたしを引っ張ったのは、二人の大柄な獣人だった。見た目からして、獣人の中でもポピュラーな狼人に違いない。
生で見るのは初めてだぁ、と感動している場合ではなく、無意識にでた謝罪の言葉は、そのうちの灰色の行動に遮られた。
いきなり、フードを引っぺがしたのだ。
「あわわわわ」
まさかそんなことをされるとはおもわず、いみのない文字の羅列が口から飛び出る。
「へえ、顔はなかなかいいじゃないか」
値踏みするようにねっとりと全体をなめ回すように見られる。気持ち悪さに身がすくんだ。褒められるのは嫌いじゃないけれど今のは絶対に意味が違う。
「金髪に赤眼ーーまさか吸血鬼か?」
わたしは人間だ! しかし好都合。人間と思われて舐められるよりは、吸血鬼だと偽ったほうがことがうまく運ぶ、はず。
「ええ。わたしは吸血鬼よ」
動揺を押し隠し、胸を張って言い張る。親譲りの色に感謝。
「へぇ、貴族のお嬢様がこんなところになんのようだい?」
ニヤニヤと笑いながらにじり寄ってくる人狼に、おもわず後ずさってしまう。
「本当に、こんな柔肌の、とってもアレじゃないか、相棒?」
「そうとも、貴族さまは、手厚くもてなして差し上げようじゃないか」
じゅるり、と黒いほうが舌なめずりをした。まさかこれは、かなりピンチじゃないか? ゆっくりと壁づたいに王通りに出ようとしたところを、あっさり壁に手をおかれ断念する。
「おっと、どこへいくんだい、お嬢様」
手をわたしの手首に添え、黒が笑う。
「俺達、平民なもんだからよぉ、無礼な真似しちまうだろうけど、勘弁してくれよ」
少し下がったところで灰色が言った。
ハアハアと荒い息遣いが近づく。やばい、まじやばいっ!
(α!!)
その時、ふっと意識が沈んだ。水に浸かったときのような感覚のまま、勝手に身体が動き出し、手首を掴んでいた手を力任せに振り払った。
「い、いてぇ!」
「てめぇなにしやがる!」 転がった黒を支え、灰色が爪をのばし威嚇する。
それを全く気にすることなく、『わたし』は悠々と肩をはらった。
「貴族さまに何してくれるんだ。おまえたちのせいで肩が汚れた」
「なにぃ」
ふんと鼻で笑った『わたし』に腹をたて、ついに灰色が襲い掛かる。しかし、『わたし』は振り下ろされた毛むくじゃらの腕を軽く受け止めると、ゴミ目掛けて放り投げた。
ガシャン、ガラガラガラ。凄まじい音でゴミの山が崩れ落ちる。一連の動作をただ見ていた黒は、目をまるくしてポカンと口を開けたままになっていた。
「はあ、だから獣人は嫌なんだ。ノミやらなんやらがついて、不衛生窮まりないよ」 ズバズハと厭味をいってのける『わたし』に、黒は震えながら恐る恐る尋ねる。
「あんた、さっきはあんなに……」 彼はわたしのことをいいたいようだが、いまは『わたし』だ。『わたし』は吐き捨てるように言う。
「おまえのような愚民が」「ぼくの邪魔をするんじゃないよ」 くるりと踵を返し、王通りに戻った『わたし』、いや『彼』に礼を言っておく。
(あ、ありがとね、α)
(どーいたしまして。早く起こしてくれればよかったのに)
あんたが起きなかったんだろーが! ばれない程度にこっそりツッコミをいれた。
(バレンシスくんのうちは遠いみたいだね、ぼくが走っていこうか)
(よろしく)
フードは被ってねとお願いするまえに、『彼』は無視して走り出した。
ビュンビュンと目が回ったときのように過ぎ去っていく町並みに呆気にとられてしまう。
(ちょ、ちゃんとフード被ってよ!)
慌てて抗議してみても、気にした様子もなく、
「このスピードなら見えないって」とぬかす『彼』に腹が立つ。そんなスピードだしたら、わたしの身がもたないっての!
わたしの中にいる『彼』と付き合いだしたのは、大体十歳くらいのとき。八年という長い時間を一緒に過ごしてきたけれども、『彼』に協調の二文字はない。
こうしてたまに身体を乗っ取ってみては、わたしのいうことなんかきいてくれないことは茶飯事だった。
めまぐるしく通り過ぎていく町並みを眺めて、ため息を付きたい気分になる。
(どうしたの、元気ないねっ)
(誰かさんのせいでね)
今、わたしに身体があったら、おもいっきりヤツを睨んでやるところだ。(そんなに怒らないでよ。せっかく帰ってきたんだから、ぼくは気にせずゆっくり思い出に浸れば)
この風景見ながらそんなことできるか。
それ以上はαもなにも言わず、ただ黙って街を走り抜けていく。身体を替わる様子もない。
いうとおりにするのはしゃくだけれど、少し思い出に浸ってみてもいいかもしれない。それしか退屈を紛らわす術が思い付かない。
ゆっくり、ゆっくりと、わたしは現実から意識を切り離した。