流星火花
空には星空が広がって新年にふさわしい清々しい空気が流れていた。そのなかで、男と女は神社に歩を進めていた。
「まさか大晦日の日にまで仕事しているなんて思わなかったよ」
「それ私のセリフだって。クソ、あの部長、自分が家族旅行を満喫したいからって……」
「うん。ごめん。話振った俺が悪かった。だから殺伐とした空気収めて、ね?」
他愛もないことを言いながら鳥居をくぐりぬけ、歩みを進める二人。周りは参拝客であふれかえり、ごったがえしていた。店の怒号、人々の喧騒と笑顔の中を二人は進んでいく。
「やっぱり静かなほうが好きだな。こう人が多いと疲れない?」
「あらそう? 私は好きだけど。みんなたのしそうで」
彼女は目を細めて笑った。その笑みはどことなく寂しげである。彼はそんな彼女の笑みに心当たりがあるようだが、少し目を伏せて、努めて気がつかないふりをした。
「あ、リンゴ飴だ。買っていい?」
「いいよ。ホント甘いもの好きだねー」
彼は笑って店のほうへ流れた。
彼女もついて行った。そしてふと横目で流れていく人々をみた。
なんて幸せそうなんだろう。誰もかれもが夢を追いかけたり日々を楽しんでいたりするのだ。そうでない人もこの日ばかりは羽目をはずして酒を浴びるように飲んだり、友人や恋人と団欒を過ごす。しかし、自分たちはどうだろう。楽しめているのだろうか。
彼女はそんな疑念を胸に秘めながら、呆けていると焚火に目がいった。あたりの喧騒もその周囲だけは音が消えたように思える神聖な空気が漂っている。火花が散って踊って、まるで舞踏のようバチバチと音を立てながら舞っている。
そこに幾線、光がさした。良く目を凝らしてみてみると素早い光が向こうで飛んでいる。
「え、嘘! ね、あれ見てよ」
彼がちょうど飴を二つ手に持って、一つを口にくわえたときだった。
「え、いきなりそんなはしゃいでどうしたの。……焚火好きだったの?」
「違う! 見えないのあれよあれ、って、あ!」
忙しく騒いでいた彼女は、いきなり黙り込み、うつむいてしまった。彼は不審に思って彼女を観てみると耳が赤く染めあがっていた。何が恥ずかしいことでもあったのか問いただしても彼女はそっぽを向いたまま「別に何も!」と言うだけで一向にこちらを見ようとしなかった。彼はそんな彼女にため息を吐き、少し怒りを露わにしつつ言葉を放った。
「君、ちょっと今日はちょっと勝手すぎやしないか? 付き合い始めた当初はそんなじゃなかったのに。やっぱり執筆やめたのが原因じゃないよね? あ……ごめん」
彼はさっきまでの怒りが嘘のように萎縮してしまった。それに彼女は困った顔で笑いながら、こちらを向きなおした。羞恥と悲哀が織り交ざった表情だった。彼女は少し間をおいて、やさしく言葉をこぼした。
「あなたが謝ることじゃないよ。こっちこそごめん」
彼のほうも困り、若干の静寂が二人の間に訪れた。そのあと、お詣りをして適当に境内を回っていたとき、彼が思い出したように聞いた。
「そういえば何お願いした?」
「え、そういうのって言ったら意味無いんじゃないの?」
「いいからいいから。気はもちようだよ。ちなみに僕は君のプロジェクトが成功しますように」
彼女は満天の星空を少し見て、彼の方へ向いた。
「火花じゃなくて流星になれますようにって」
「それ、どういう意味?」
彼女は少し照れつつ、もったいぶって話始めた。
「さっき言えなかったことなんだけど火花が高く速く上がってて流れ星だって思ったんだ。で、あなたに説明しようとしたとき火花だって気づいて。でもね、今みたいな綺麗で暖かい時間を過ごすより、苦しくても本当に輝ける時間過ごしたいなって、笑わないでよ!」
「いや、ごめんごめん。やっぱりセンスいいなと思ってさ。ついさっきだって君、周り観察してはいくつかネタ思いついてたんじゃない? 僕はそんなおいそれとアイデア浮かばないし、火花は火花にしか見えなかったから。君の感性が少しうらやましくて、誇らしくて、嫉妬しちゃうね」
「それは、作家として?」
「作家としても、彼氏としても。君は才能ないって思ってるみたいだけどそんなことない。現に、君の言葉に惚れたんだから」
彼の真っ直ぐな言葉。昔周りの作家だけが売れていた頃、彼女が作家を止めると言い出したときにも聞いた言葉だった。そのときは追い詰められていて、売れっ子だった彼の言葉は皮肉にしか聞こえなかったが、今の彼女には違った。
彼の気持ちにやっと気づけたと思った途端、涙と笑みが込み上げてきた。
「ごめんね。でも、そこは性格とか顔にも惚れたって言って欲しいな」
「いや、勿論その他も好きだよ。ただ一番が言葉なだけ」
彼は優しく彼女を寄せ、強く強く抱き締めた。周りの客がとやかく言っているが二人は気に止めなかった。
久しぶりに二人の気持ちが揃って輝く、記念すべき日。
空で一筋の光が走った。